深夜の攻防
年齢が分からないとは、一体どういうことなのだろう。他に何かこの男性の素性について聞き出せることがないか、マナミは思案を巡らした。
ところが、いくら住所や家族構成、職業などについて触れてみても、男性は相変わらず何も答えない。
とうとう根負けしたマナミは、それ以上この男性について掘り下げるのを諦めた。どのみち、今日だけの関わりなのだ。聞けたところで何がある訳でもないのだ。
「ええと……もうこれ以上は聞かないことにする。色々根掘り葉掘り聞いてごめんなさい」
男性はさして気にしていないという風に首を振った。
時刻はとうに零時を過ぎている。
「もうこんな時間か。洗濯終わったわね、ちょっと待ってて」
マナミは男性のスウェットを取りに風呂場へ行った。
洗濯機は既に乾燥まで終わらせていた。取り出すと、仄かに柔軟剤の香りが漂う。もう一度破れた部分を確認すると、ズボンの泥に隠れて分からなかった部分に大きな鉤裂きがあるのを見つけた。
「これは縫わなきゃ駄目ね」
今夜は寝るのが遅くなる、と欠伸をしながらリビングに戻る。
すると、男性はこの少しの間にソファーの上でマロを抱きかかえて眠っていた。傍らには、マナミが風呂上がりに飲むつもりで冷やしておいたはずの缶ビールが、空き缶になって転がっている。
「ちょっと! 起きて!」
酔いが回っているせいなのか、それとも狸寝入りなのか。ともかく男性は地蔵のように動かない。
「起きろ!」
揺すろうが叩こうが一向に起きる気配はない。一日の終わりに楽しみにしているビールを横取りされた怒りが頂点に達し、マナミはとうとう実力行使に出た。
まず両足を持ち、いわゆる『ジャイアントスイング』の格好になる。そしてそのまま、思い切り後ろに下がる。するとどうなるかは自明の理である。
ゴン! という、最も近所迷惑な音を階下に響かせ、男性は頭から落ちた。
「どう? 目が覚めた?」
ところが。
男性はこれでも目を開けていなかった。
「……しぶとい……」
マロを人質(この場合は『猫質』か)に取られていることも相まって、もうお手上げという状態のマナミはビールに対するせめてもの報復として、男性のスウェットに夜なべして見事なチューリップを咲かせた。




