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キャラゲーの施設から外に出て行った俺は、タマコの店に顔を出したが、そこには誰もいなく、ウランの店に行くこととした。もしかしたらウランいるかな?
「あーーー、グマちゃん」
タレ目で切れ長だけど二重の目をしたウランが駆け寄ってくる。その拍子に俺の手がマズイところに触れてしまった。硬い骨とちょっと柔らかな肉付きまでが分かるほどにシッカリと。悪い事にスキニーパンツとか言うタイツみたいなヤツを穿いていたウラン。
「あ……イヤン」
「え?!……あっ! 偶然、偶然、違うって、わざとじゃないから、うんうん。全然……」
条件反射でお尻を突き出すように大きく腰を引いたウラン。そのせいで、顔と上半身が俺に抱きついていた。どうしたものかと動けないでいると、首筋に当たっているウランの唇がモジョモジョと動き、何かを言っている。
「触られた……まだ自分でしか触ったことないのに……」
そう言って、至近距離から覗き上げてくるようなウランの表情が一段と輝いて見えた。
この手の顔されたら、どうにも苛めてみたくなる。
「自分でって……あはははは、ウーちゃん、それって、いっぱいしてた?」
すると俺の身体をグッと押しやって離れたウラン。
「ちっ、違うって……違うもん……いっぱいなんて……そんなことない! 普通……普通よ、普通」
「ふ〜ん、メモしとこ。一人エッチは普通だと言うウランだが、顔に違うと書いてあった、と」
両手で顔を隠して店の奥へと逃げて行くウラン。
「コーヒー淹れようと思ったけど、グマちゃんになんかに淹れてあげない!!」
暫くすると、二人でコーヒーを飲みながらタマコの話をしていた。
「うそ、タマちゃん、この街にまた来始めたんだ。あの子いい子だよ。でも凄く傷つき易くて、前も、ここに来て泣いてた事あった」
そう言われても元気一杯の、あのタマコが泣く事など俺にはちょっと想像出来ない。
「タマが泣いた? タマコってバリバリの関西弁でパッツンパッツンのジーパン穿いてる、あのタマコか?」
「パッツンパッツンって……グマちゃんエッチだ〜。そんなとこばっかり見てんでしょ」
「そんなとこばっかりって……でもウーちゃんのは、バッチリ見たかも。あはははは」
椅子に普通に座って俺を見ながら喋っていたウランが、自分の下半身に視線を走らせ、慌てて股間を手で覆ったが、その姿勢も恥ずかしいと思ったのだろう、身を縮こませて足を組んで、口を尖らせ俺を睨む。
「今更、何やってんの? テーブルあるんだから、そんな事やらんくたって見えないって」
「なっ、なにが〜? 別に、なっ、なんでもないもん。……いーの」
ウランはそれほど脚が長くはない。組んだ左足がテーブルの下からはみ出て俺の方に持ち上がるようにプラプラしている。足裏を蹴ってやると、簡単に組まさっていた脚が解けた。「イッヤ〜……」と言いながら、再び手が股間に行ったが、すぐさま右足が上になるように脚を組み直す。
「ずっと脚組んでたら痺れるよ。……そんなことよりさ、タマが泣いてた理由って何なの?」
「フン、エッチ!! ………うん、夏休みとか冬休みって、この街、人が増えるでしょ。今もそうだけど男の子も大勢いるから、タマちゃん、好きになった高校生がいたらしくてね、その子に酷い事言われたらしいの」
「タマがか? あいつ言い返さなかったの?」
「そんなこと出来る女の子なんていないよ。好きな男の子にだよ」
「ああ、そっか……。でもタマってノリがいいだろ。冗談で言ってんのか本気で言ってんのか解らん時あるし、俺はあの子がモテないってのは無いと思うな。相手の男の子もシャレの延長だと思ったか、照れてたんじゃないのかな?」
「相手がどう思ってたかは解んないけど、タマちゃんは何時も本気だよ」
「え……」
「グマちゃん、タマちゃんと仲いいの?」
ウランの顔から笑みが消えて、眉をひそめるような表情でそう訊いている。
「いや……なんて言うのか、ふざけあって……」
「どんなふうに?」
「うん、俺を見掛けたらさ、唇尖らせて……チューーって言いながらくっついてくるから……」
「キスしたの?」
「え……いや……俺も唇尖らせて、ちょっと触れただけだけど……」
テーブルに身を乗り出すようにしていたウランが、椅子の背もたれに身体をもたれさせながら言う。
「タマちゃん、グマちゃんのこと好きなんだ」
「好きって……俺もタマのことは好きだよ。ウーちゃんも好きだしね。うん、ウーちゃんってエッチで可愛いし」
「え……」
いつの間にか脚を組む事をやめていたウラン。テーブルから少し離れて背もたれに身体をあずけていたせいで、俺からも腰回りが見える位置にいる。ハッとしたように股間を手で隠し、真っ赤な顔で脚を組もうとしたが膝をテーブルの角にぶつけてしまい、テーブルに突っ伏して唸っている。
「何やってんの?」
「ぅぅぅぅぅ……いいの……」
「股間押さえたまんまで唸らない方がいいよ」
「もーーーーー!! グマちゃん!!」
顎をテーブルに乗せたおかしな姿勢で、「グマちゃんみたいにズケズケ言う人、初めてあった!」と、怒ったような、笑いたいような不思議な表情だ。
「うん、よく言われる。俺ってバツイチなんだよね。そのせいかも」
「ばついち……って……結婚してたってこと?」
「うん、最近までね」
それから1時間くらい俺はウランに自分の事を喋っていた。
今の俺はきっと中途半端だ。
間違いなく喪失感が大きいのだと思う。何やら他人事のような言い方だが、そうなのだ。
全部が色褪せて見えるのだが、実は良く解らない。自分の気持ちが。
昔からそうだった。まぁ、昔と呼べるほど大して人生経験が長い訳ではないのだが、自分の心の奥底を覗くのが嫌いで、正直になれない。いや、正直って何だろう? 欲望とかを前面に押し出す事か?
そもそも自分がどうしたいのかが解らなかった。ただ、これ以上、一緒に暮らしているとーーー側にいると彼女を傷つけることにしかならないような気がして、それが耐えられなくて、我慢ならなかった。自分に。
他人に何かを相談したことがない俺は、自分が傷ついているのかも解らないのだが、女々しい男にだけはなりたくなくって、至って平気なんだと思っていたが、もしかしたら、そう思おうとしていただけなのかもしれない。だって、何もする気になれなくて、今だって現実逃避してるじゃないか。
そんなとりとめの無い俺の話を、促しながら訊いていたウラン。
「今、好きな人が出来たらどうする?」
「ん? 好きな人? ウーちゃん好きだよ」
「それって友達としてだよね」
「友達? うん、そう言うのってよく聞くけど、どうなんだろう? 解んないだよね。だってさ〜、ウーちゃん女だろ、女。さっき偶然触っちゃったけど、あれは間違いなく女の証拠だよ。うん、どう考えても人間のメスだった。エッチな顔がよく似合うメス」
「なっ……」
解けていた脚をーーー今度は股に手を挟んだままーーーガッチリと組んだウラン。
構わず俺は喋る。
「でもさ、なんだろう……どうするって訊かれも……どうなんだろう……」
「グマちゃんって、すごくエッチだけど、もしかしたら臆病になってる?」
「解んないけど……そうなのかもしれない」
「ねぇ、グマちゃん。また近いうちに会いたいな。私、歳の離れた妹がいるんだ。その妹と今日は約束があるの。買い物に付き合ってあげるって。だから帰らなきゃならないんだけど……どうやって連絡とればいい?」
「キャラゲーやってないの?」
「うん、ゲームは苦手」
「白の館に夜遅くにって言うのは?」
「うん……今、夏休みで混んでるだろうし……」
「そっか。なら、俺がしょちゅうここに顔を出すよ」
キャラゲーに戻ってみると、空いている処を探すのが難しいほどに混んでいる。
仕切りに囲まれたスペースでキャラクターを操る。それはゲームに入り込み易いようにとの配慮なのだろう。誰もが扉を閉めて内側から鍵を掛けるーーーちょっと広めのトイレの個室のような造りだ。トイレほどは囲いの高さは無いが。
背の高い俺は、背伸びをしなくても中の様子を覗けたが、3D専用のグラスを掛けなければディスプレイに映っているのが何が何だか判らない。
空いている場所を探しながら、何の気なしに囲いの中を覗きながら歩いていると、物凄い勢いでキーボードを連打しまくっている男を偶然見かけた。
なんだ?
キャラにどんだけ喋らせたいんだ?
いくらキャラに喋らせたところで経験値が上がる訳ではないが、確かに、俺以外のキャラクターは、随分とゲーム内での会話を楽しんでいる。しかし、いくらなんでもそいつは喋り過ぎだ。
ようやっと空いている場所を見つけ、キャラを動かし始めるたが、ディスプレイの会話スペースがビッシリと埋まっていて、更に、次から次へと流れてゆく。
うわ……なにこれ?
なになに?
なんて言ってんだ?
ゲロゲロ……全部アダルトだよ。
ウランの店に長居したせいで、その前のことをすっかり忘れていた。
そう言えばこいつが喋り続けてたんだ。あれから随分経つのにまだヤッてんのかよ。勘弁だって。
俺はそいつにコンタクトを申し込んでみたが、想像通りのガン無視。
俺もキャラに喋らせようとキーボードを操作したが、俺の入力した言葉が恐ろしい速さで流されてしまう。
とんでもねぇぇ……
俺はあんなに早くキーボードを操作出来ない。ムリ。
あっ、そう言えばさっきの奴、もの凄い勢いでキーボード打ってた。あいつか?
そう思い出すと、保存を選んで電源を落とし囲いを出て行く。俺の悪いクセが出ていると分かってはいたが、フロアー内を探し歩く。
どの囲いも同じ造りのせいで、さっきのアイツがどこに居るのかが解らなくなっている。囲いの中を覗き込みながら探していた。後から思えば放って置けば良かった。
あ、こいつだ。
ソファーに浅く腰を掛けて、それこそ前のめりで一心不乱にキーボードを操作している奴の背中と後頭部が見える。ヘッドホーンを掛けているから、話し掛けてもきっと聞こえはしないだろう。
ティッシュをポケットから取り出した俺は、数枚を丸めてそいつの頭に投げつけてやった。
何? って感じで振り向いたそいつは俺と目が合う。そして一瞬の間を置いたそいつの顔が激変をした。まるで変身したように。
目玉が零れ落ちるほどに目を開き、顎が外れたと思うほどに口を開けたのだ。見ているこっちが驚いてしまったぜ。そして、その表情を崩すことなくソファーからズルズルと滑り落ちた、おそらくは中学生か高校生。
「お兄ちゃん、そこまで驚く………あ」
俺もそこまで言い掛けて、あんぐりと口をあけたままで動けない。
「お前……ここでオナニーは……ちょっと………まずくね?」
やっとの事で、言葉を絞り出した俺の視界には、ソファーからズリ落ちた顔を歪める男が、起立した股間のモノを握り締めながらこっちを見続けている静止画像が映っている。
時間が止まっていたそいつは、まだ元気なモノを無理やりジーパンに押し込みーーー1〜2度、嫌がって跳ね上がったのまで見えたーーー囲いの扉を乱暴に開け放って逃げて行ってしまった。
「痛って〜〜」
扉に押されて尻餅をつてしまった俺だが、ヤツを追い掛ける気もしない。
ヤバイ、ガッツリ見ちゃったよ。無理やり仕舞ってたけど、挟まなかったのか? 挟んじまったらメチャクチャ痛ぇぇぞ。医者にも行けんだろうし。