詩を売る店
俺は夜中にしか館に行くことをしなくなった。早い時間だと中学生が随分と多く、喋っているとさすがに疲れる。リンリンも中学生だが妙に大人びたところがあって、喋っていてもそれほど年齢差を感じることもなく、キャラゲーで打ち合わせをした後にウランの店で待ち合わせをしたりする。
だが、リンリンは高校受験もあって、それほど頻繁にこの街には来ていないようで、出会うのも稀になっていた。
ウランは1週間に1度程度しか店に居る事がなく、留守に勝手に店を使わせてもらっているのだが、他の誰かが訪ねて来ることも無い。
「あれ、誰もいないや」
珍しく白の館に誰もいない。
中でどうしようかと考えていた。
「まいど!」
まいど???
突然、誰かが飛び込んで来て、そう言っている。
「きっとお初やな? うち、タマコ、16やで〜。キャピキャピの女子やん。お兄さん誰?」
パッツンパッツンのジーパンからヘソが顔を出した見るからにヤンチャな女の子が、ポンポンポンポン、テンポのいい関西弁をぶつけてきた。こんな子がこの街にいるんだ。驚きだね。
「ん? どないしたん? お兄さん、なんか言うてーな。名前やん、名前。なんちゅーの?」
「おっ……おお……20のシグマ。好きに呼んでくれ」
「ハタチか。えーなーそれ。ばんばん酒飲めるし、タバコもOKや。ほんで女も。ウシシシシ。シグ兄ぃ、彼女おる?」
「いや、今はいない」
すると、俺の上から下までを舐め回すように見たタマコ。
「ほんまか? うそやろそれ。隠してんのとちゃう?」
「いやいやいや、初対面のオネエチャンに隠してどうすんの?」
「フリーとか言うて、ウチ狙うとか」
「狙うか!」
「ギャハハハハハハ。シグ兄ぃ、ノリええな〜。突っ込みの間ぁ、どんぴしゃやん。なぁ、彼女いない歴なんぼ? 20年言われたらキツイで。どーてーやーな〜んて真顔で言うのもカンベンな」
「バツイチだから童貞はないだろ」
「まじ? はたちでバツイチか。シグ兄ぃ、女遊び激しいんやろ。そんで逃げられた?」
「タマ、お前ね〜……そんなんじゃありません」
「タマ言うな! ネコみたいやろ。タマコやタマコ」
「いいや、お前はタマだ。タ〜マタマタマタマ」
「キャハハハハハ、憎たらしいけど許しちゃる」
それからタマコは、俺にとってはタマになった。
「シグ兄ぃ、女子にモテるやろ?」
「モテ期ってヤツを自覚したことないな」
「ふ〜〜ん、それ、鈍いんや。なぁ、ウチの事どう思う? ウチなぁ、男の子に全然モテへんの。なんでやろ?」
その問いは唐突すぎたし、第一、逢ったばかりの異性からでは答えに窮する。いや、同性からの方が引くか。
「まじで訊いてんの?」
「うん、マジ」
「どうだろ…………俺だって人の事どうのこうの言えるほどモテた事ないけど……タイプの問題だろ。まぁ、タマはおしとやかじゃないだろうけど」
俺は、自分がこのヤンチャな女の子を気に入ってきたのに気が付いた。妙に可愛いのだ。大きな一重の吊り上がった目で、それこそネコのような顔をしているタマコーーーマジックでヒゲを描きたくなる。太ってはいないが、見るからに健康そうな体つきーーーお尻も太もももパンパンの女の子。
「おしとやか?? 内股でチョコチョコ歩きはムリや。キャップ被ったらな、男の子に見えるそうやし」
「げ…」
「げ言うな! ギャハハハハハハ」
その日、白の館には誰も姿を見せる事も無く、外が明るくなるまでタマコと二人っきりだった。そして、この変な女の子は妙に俺に懐いてきて、俺を見掛ける度に、「シグ兄ぃ、チューーーーー!」と、唇を突き出し抱きついて来る。
かなり前からこの街に出入りをしていたようだが、ムラっ気があるタマコは、来るったら毎日来ては大騒ぎを繰り返し、来ないとなったら何ヶ月もの間ピターーーと姿を見せなくなるらしい。そんなんで、この街では知り合いも多い、ある意味、有名人なのだとあとからリンリンに教えてもらった。勿論、リンリンとも仲が良く、ウランとは大の仲良しだそうだ。
「タマ、最近毎日来てるだろ?」
「シグ兄ぃ、ブッチューーーーーー!」
「あははは、チュッ」
タマコのノリに釣られて俺も下を向いて唇を突き出すと、背の小さなタマコが背伸びをしてきた。
「キャハハハハハ、シグ兄ぃとチューした。ウチな〜シグ兄ぃ好きや。シグ兄ぃ、ウチに惚れてるか?」
「ああ、可愛くって食っちまいたいね」
「えーーよーー。食って食って」
白の館で周りに誰がいようとタマコはこうだった。
「なぁ、シグ兄ぃ、ちょい来てーな」
ついて行くと、ある店に入って行くタマコ。
その店はタマコの店で、売っている物は本人の書いた詩だった。だが、そもそも売ろうと思っている訳ではなさそうだ。
色紙に書いて壁に貼ってあるものや、ちょっとしたーー厚手の表紙のお洒落なノートに書いたものもあって、俺は壁の詩を眺めた後に一冊の古びたノートに目を留めた。きっと、清書前のものだろう。案の定、俺がそれを手に取ると、タマコは、「あっ……」と、声を出していたが構わず読んだ。
そこに書かれた詩は想像通りでもあったが、意外でもあった。
タマコは活動的でエネルギッシュだ。男の子に見間違うようなボーイッシュな格好で、何時もヤンチャを気取っている。だが、実はナイーブで繊細なんだろうと、何と無くだが思っていた。そんなタマコの姿が古びたノートに書かれた詩から浮き上がってくる。
「タマ……お前……こんなに正直になれるんだ」
「そっちかい………ウチのことバレとった?」
「うん、タマさ〜、好きな男の子に話し掛けれないだろ」
「ウギ……なんで解る?」
「ずっと片想い……か」
居心地が悪そうな素振りのタマコ。
この子は俺に何を見せたくてこの店に連れてきたんだろう。素の自分を知って欲しかったのか、もっと別な理由があったのか。それとも、ただの気紛れ。タマコの上っ面だけを見るとただの気紛れなんだろうと思うが、この子はそんな薄っぺらじゃない。
「ウチ、可愛いタイプちゃうし。めっちゃ可愛い子いっぱいおるやん。男の子みーーんなそっち見るのしゃーーないし。逆に相談される。あの子、好きなヤツおるかーって。ムリやん。目ぇ見たら解る。ウチの事なんかようけ見とらん相手に喋られんし、告る事なんか絶対ムリや」
「タマが想っている相手がか? タマに相談してくるの?」
「そう。ウチのこと女や思うてへんのや。今までずーーとそうやったし」
「ふ〜〜ん、ちょっと驚き。タマの周りって女を見る目がないヤツしかいないんだな」
俺の目からすると、タマコは本当に可愛い。どうしてこの子がモテないのか全く理解できない。
「ほんまか? シグ兄ぃ、ほんまそう思う?」
タマコも俺のIDに、店のタグを嬉しそうに恥ずかしそうに貼ってくれた。
この店で長い時間、タマコと二人っきりの時を過ごすと、白の館の時とは違った彼女が見えた。やはり、タマコのような元気一杯の子でも鎧を着込んでいるのだと気づかされる。
「知ってる知ってる、覚えとる。サリーって子、ウチの店にもよう来てたで。うん、めっちゃ可愛い子ぉやったけど、いつ頃からやろ? 見かけんくなったな。確かウチとおない年やったから、今は高2のはずや。多いで、ウチもそうやけど中学の頃にここ来て、高校になったら来なくなるの多いな」
タマコはサリーを知っていた。だが、僅かの間しか来ていなかったのかもしれないが、タマコ自体が来ない日が何ヶ月もの続くことが珍しくも無くーーー最近は毎日来ているようだが、その方が珍しいのだーーー何時までサリーがここに顔を出していたのか解らないようだ。互いに中学3年生の時に出会ったらしい。
「ガッコ? ここのガッコか? 行った行った、何べんも行ったけどな、いっぺんも卒業出来んかった」
「ぎゃははははははははははは」
「笑うな!」
タマコらしくて笑えた。
単位とか進級試験みたいなものもあって、お勉強が見るからに嫌いなタマコは、二つの学校に通ってそれぞれでの勉強などまず無理だ。しかし、信じられないくらいに楽しかったのは事実らしい。
「シャレード? 知らん。それって女の子やろ? なんや大人しそうな名ぁやし、そういう子ぉ、ウチのこと苦手に思うらしくて近寄って来んしな。え? なに? ジョウカイインカイ? 何やそれ? むずい字ぃ?」
タマコはちょっとした会社のお偉いさんの一人娘で、父親がめちゃくちゃに甘いらしく、それは十分すぎるほどに解る気がするーーーとにかくタマコは面白くて可愛いのだーーー好きな事をやらせてくれるらしい。だから、この街にもいつまでも入り浸っているのだろうし、店まで持っているのだ。
「アリスさんはエエ人やでー。歳か? おかんと変わらんくらいやないかな? どうやろ? ベッピンさんやし色っぽいから彼氏はおると思うな。旦那はおらんのと違うか? 所帯臭くないし」
タマコはダンサーを目指しているらしい。今もチームを組んで色んな大会に出ていると言う。それで夏休みに入ると練習やら合宿で、ここには来れなくなると言う。
「シグ兄ぃと逢えんくなるの……寂ちぃ」
そうか、もう夏休みの季節か。早いもので、俺は3回目のID更新を済ませていた。
夏休みに入ると凄まじいほどに街が混み合うのを知った。中学生や高校生が大挙して訪れるからだ。5つある館も凄い混雑で足が遠のいた。
キャラゲーもこの時季だけは組が15に増えてマックス750人まで登録できるように変わったが、それでも大勢の溢れた人がキャンセル待ちをしているせいで、実質3日間動かなかったキャラは自動的に抹消されるルールが追加された。
そんな中で俺のキャラは20年連続優勝で敵なしだった。コンタクトの申し込みが後を絶たない。きっと、全部ではないにしろOKをクリックすれば讃美の嵐を浴びたのだろうが、例の浄化委員会の事を口に出した女のせいでーーー名前も思い出せないがーーー愛も変わらず削除を連打している。一応は詳細希望をしてからのせいで酷く面倒でもある。
ある日の事、目の前のディスプレイで大勢のキャラが走り回ったり、独り言を呟いたり、中には踊っているのもいるが、そんなキャラ達が一斉に動きを止めて、そろりそろりと端っこの方に移動してゆく。
あれ……どうしたんだ?
ああ、まただ。また変なのが紛れ込んだんだ。
放っておいた。この街の仕組みを理解したからだ。
運転免許証やらの提示をした者しかこの街の施設には入れない。だから極端に酷い悪さをする奴などいないはず。
だが、そいつはずっとやっていた。
同じ組全員に解るように喋るには文字をキーボードを使って入力をする。すると、ディスプレイの上部1/3が会話スペースで、そこに入力した文字がーーー例えば「シグマ:みんな元気?」といった具合に表示される。誰か一人を特定させるように入力して会話を繋げる事もできる。
変態君は、卑猥な独り言を言っているのでは無く、猫組のキャラに名指しでド変態な事を話し掛けている。会話スペースはディスプレイの1/3とはいえ、けっこうな広さで、常時40行は表示され続けている。その全部が変態君の言葉だけで埋め尽くされる。酷でぇぇぇ。
よく、こんだけくだらねぇ事言い続けてるぞな。一種の才能か?
俺はそのキャラの名前を入力して、プレイヤーにコンタクトを申し込んだ。
反応が無い。ガン無視か、それともそのシステムを知らないかだ。どうも後者のような気がする。
俺はキャラクターをスリープ状態にすると電源を落として施設を出て行った。
この街は完全禁煙ではない。分煙なのだ。数箇所の喫煙所があるが、その全部が街の中央から遠い場所に設置されている。
まぁ、誰かが清掃してくれているから何時も綺麗だし、場所の文句は言えないよな。