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絵画を売る店

 メアリーと名乗る女は俺が口ごもっていると、


「何? なにボソボソ言ってるの。言いたいことがあるんだったらハッキリ言いなさいよ。聞こえない! 男なんでしょ! あなたみたいな人ってイラつくのよね」


 高飛車なんてもんじゃない。どれだけ上から目線なんだ。


「面倒くさい女だな。そうとうイラついてるようだけどカルシュウム不足か? それともメンスか?」

「なっ……ふざけないでよね! こっちが親切で教えてあげてるのに何なの! バッカじゃないの。私、浄化委員会に知り合い多いんだからね。あんた、浄化委員会に目ぇつけられてるみたいだから、せっかく口きいてあげようかと思ったのに、もう遅いからね! ほんとくだらない男!」

「どうでもいいよ。じゃ、バイバイ」


 ヘッドホーンからヒステリックな声がキンキン響いていたが、俺は削除ボタンをクリックして立ち上がっていた。大きく溜息を吐きながら。

 毒を撒き散らす人はどこにでもいるもんだ。まぁ、俺も人の事をあまり言えたもんでもないが。それにしても気分が悪い。施設から出て行こうと思っていると、また「!」マークが点滅している。


 しつこい女だ。


 無視しようとも思ったが、詳細希望を押してからでも遅くはない。


「シグマ、お友達紹介するから一緒に来て」


 リンリンに連れられて行ったのは、魔法の町の隅の方に建っている一件のお店屋さんだった。

 道すがら教えてくれたのは、この街ではお店を出すことも可能だと言う事だ。

 建物自体はアリスの持ち物だからテナントになるのだろう。店を出したい人はアリスの面談を受けなくてはならず、なにを売るのかを含め、その人の人間性などをアリスが判断して、許可するかどうかを決める言う。借り賃は店の場所や規模などによって様々だが、リーズナブルな料金設定らしい。


「ほら、ここだってシグマ、早く早く」


 リンリンに手を引かれて中に入ると、何を売っているのか一目で解った。絵だ。それも有名な画家の描いたものでは無く、きっとここの店主が描いたもにだろう。値札がついてない。


「やっと来た。リンちゃん遅かったね、待ってたんだよ」

「だって〜、シグマが歩くの遅いんだもん。あっちキョロキョロ、こっちキョロキョロしてて」


 俺は変なクセがあった。 偶然逢った初対面の人でもキッカケがあれば普通に喋れるが、誰かに紹介されるとダメなのだ。途端に人見知りになってしまう。「あ、どうも……」などと言いながらペコっと頭を下げるだけだ。そんなぎこちない俺に構わず近づいて来る。


 あれ?! けっこう可愛い。目尻がちょっと下がってて痩せすぎじゃないし、オッパイ大きいな。ヤバ、ジロジロ身体見てるのバレたらHだと思われる。絵だよ、壁に掛かってる絵に視線を向けよう。


「初めまして、ウランよ。21歳。あなたが噂のシグマ君なんだ。へ〜〜、なんだか想像通りで笑っちゃうかも、ふふふふ」

「シグマ……20……です……けど…噂?」

「うん、最近、シグマ君のこと噂してる人多いよ。タバコ吸うでしょ? 革ジャン着た背の高い人がよく喫煙ルームでタバコ吸ってるって、何人かの女の子が言ってた。ちょっとコワモテする感じで、この街じゃ見掛けないタイプ」


 確かにビンテージものの革ジャンをいつも着ている。これって目立つか? あんまりいないかもしれんしな。


「ねぇ、シグマ君の事、なんて呼べばいい?」

「あ〜、なんでもいいよ、好きに呼んで」

「え〜、そんな言い方するの、ここじゃ初めて。うん、それならね〜……グマちゃんにきーめた」

「グ、グマ……ちゃん? いいけど……ならウランちゃんもウータンな」

「あははは、ウサギみたいで可愛い」


 ちょっとぎこちなかった俺もだんだんと打ち解けていき、ウランとは妙に気が合い、結局、その店に何時間も腰を据えることになり、リンリンは先に帰って行った。


「この街って言葉遣いにうるさいようだけど、話す内容にも御法度ってあるの?」

「う〜〜ん、あると言えばあるし、無いと言えば無いんじゃないかな。ハラスメントはダメだよ。でもそれって何処でもそうでしょ? 言葉の暴力で傷付いてる人いっぱいいるのに、気が付かない人多過ぎだよ。深刻なのは家族からのと学校だよね」

「家族か……」


 俺はちょっと考えてしまった。そんな俺をじっとウランが見ている。


「ここじゃ、露骨な嫌がらせって無いの?」

「無くなりはしないだろうけどね、でも、魔法の街を造った目的がそれだよ。ちょっと見は普通に生活してるけど、人間関係に息苦しくなってる人って大勢いるから、ここでちょと元気になって、また戻って行けるように造ったって聞いた。入口の門のところに書いてあったの覚えてない? 弱者なんていないって書いてあったでしょ。あれはアリスさんからの応援メッセージだと思うな。でも来てる人の殆どは普通の人だけどね」


 難しい問題ーーエンドレスなテーマだと俺は思った。鋭いクチバシを持った鳥は、同種類同士での諍いは少ないと言う。だけど、それほどクチバシの鋭く無い種類の鳥は、同種類でも相手が死ぬまで攻撃を止めない場合が多い。現代の人間はきっと後者だろう。


「ところでウータン、全然話変わっちゃうけど、ここじゃ下ネタもタブー?」

「ぇええ?!……アハハハハハハハ、グマちゃんエッチなの?」

「いや……俺はいたって好青年ですよ。うんうん。でもさ、何気に出ちゃった言葉がちょびっとエッチだったりするんだよね。悪気はないのにさ」

「相手によるんじゃないかな〜〜。私はグマちゃんならきっとOKだと思うな」


 まじまじとウランの顔を覗き込んでみると、少しだけ頬を赤らめ目をキラキラさせている。


「アハハハハハハハ、ウータンけっこうスケベだろ。でも大丈夫、みんなそんなもんだからさ」

「ちっ、違うもん! もう〜〜、スケベじゃないからね!」


 ウランは色々と教えてくれた。


「うん、アリスさんには何度か会った。美人でとってもいい人。……どうなんだろう? 40歳くらいなのかな〜。うん、凄いお金持ちのはず。そこまでは知らないけど遺産だって噂は聞いた。でも、今この街で一番の噂はやっぱりグマちゃんだよ。あはははははは、キャラゲーでエッチな男の子やっつけちゃったんでしょ? ここじゃそんな事する人いないよ。……浄化委員会? あ〜〜、どうなんだろ。私もここに来るようになって、まだ1年くらいだから浄化委員会の人に会った事無いな。浄化委員会ってなにやってる人達なんだろう? よく分かんないけど浄化って言うくらいだから、何かを取り除くんじゃないんかな。たまに紛れ込むんだよね、グマちゃんがやっつけたような人。みんな関わらないようにしてるだけだって。だって〜〜ゲームの中だけだろうけど、エッチな事いっぱい言ってくるんでしょ? 嫌だよ。浄化委員会の人が追っ払ったって話しも聞かないけど、いつの間にかいなくなってるんじゃないかな。……え? 学校? あ〜〜、聞いた事はあるけど、私が来るようになった時にはもう無かった。無くなった理由は知らないな。……サリーって人? わかんない。うん、知らないと思う。ん?……この絵の事? そうだよ。全部自分で描いた。値段? 無いの。その時の気分なの。ウソ?! 買ってくれるの! だったら新しいの描く! どんな絵がいい?」


 ウランは心底嬉しそうに訊いてくる。


「なら、ウータンの自画像がいいな」

「ほんと!…………でもヌードは無理だよ」

「えーーーーー、そうなの?」

「アハハハハハハハ、なら、チョットだけ頑張る」

「うひひひ、お手手が、オイタをしてるポーズ希望」

「お手手がオイタ??…………ああああああああああ!! エッチだーーー!」

「アハハハハハハハ、ウータン、エッチな表情だったから、ちょっと言ってみただけ」


 帰り際に、俺のIDの裏になにやらシールのような物を貼ってくれた。ウランが留守でも店に入る事が出来るタグだと言う。この街にある全ての店がそうらしい。店主が気に入った人しか店に入れないのだ。中には手当たり次第にタグを配りまくっている店主もいるらしいが。


「グマちゃん、ちょくちょく顔出して。来てくれたら嬉しいから。私がいなくても勝手に入ってて」


 ウランは、この店を出すようになってからは、白の館にはあまり行ってないそうだ。


 不思議なもので、リンリンとウランと喋るようになってからは、知り合いがどんどん増える。俺はきっと構えていたんだと思う。それがリンリンとウランのおかげでとれた。

 キャラゲーでもたまに猫組の大勢の中でキャラに喋らせる事もあったが、誰かにコンタクトを申し込みはしない。申し込まれたコンタクトも知り合い以外は無視を決め込む。

 増えた知り合い全部は白の館でだ。最近では誰がいようがお構いなしに入って行き、


「お初の人いたら、お初だ。シグマ20歳、好きに呼んで」


 だが俺には欠点があった。人の名前をなかなか覚えないのだ。おまけに一度会った程度であれば顔も忘れる。だから、向こうが親しげに話しかけてきても、あれ……誰だっけ? 前に会った? と考えながら、バレないように話を合わせる事が多い。けっこう疲れる。


 不思議と赤・黒・青の館には行かなくなった。紫にはたまに行くが。どうにも馴染めそうもない人が多いのだ。人間は以心伝心だと思う。苦手だと感じた人から好かれることなどまず無い。きっと向こうも俺を避けているはずだ。


 ある日、白の館がまるでパーティー会場のようにごった返していた。いったい何人入ってるんだ? 数えられない。

 ソファーはもちろん全部埋まって、立っている人がゴロゴロいて満足に会話などできそうもなかったけど、面白そうで入って行った。だが、俺は元々あまり社交的な性格ではない事を忘れてた。一人で居る時の方が気楽で、それを好むところがある。


 こんなとこに入ったのが失敗か? いいや、人をかきわけて出てくのも面倒だし、壁の花にでもなっていよう。そのうち空くだろ。


 ずっと誰とも喋らないで壁際に突っ立っていると、一人、俺と同じように壁の花になっている人を見つけた。


 あれって誰だろう? 男? 女?


 しばらく見ていると、周りから話し掛けられれば一言二言返すが、それっきり黙ってしまう。どうやら女のようだ。

 自己紹介の声が聞こえた。


 アタルっていうんだ。男みたいな名前だな。


 妙に気になり俺の方から近づいて声を掛けた。


「こんちわ、お初だよね? 違ったらゴメン。俺シグマ20歳。君、アタルって名前なの?」

「え……そっ、そうです。アタル………19」


 酷く驚いて困ったようなアタル。俺が再び言葉を出そうとするとアタルが遮って、


「シグマさん有名っすよ。カッコいいっすね。あっ、来た。シグマさんにピッタリの人、紹介しますから」


 どうやらアタルは白の館で人を待っていたようだ。見ると賑やかな3人組が入ってきて、その瞬間に場が華やいだ。


 うわ、凄いオーラ出してるな。あの先頭に入って来た女の人だよ。


 そのやたらと目立つ女性が俺とアタルを見つけ、


「あら、アタル、その人シグマさんでしょ。へ〜、アタルって男嫌いやめちゃったの? 私という女がいるのに〜」

「京華さん、冗談キツイっす」


 確かにキツイ。アタルは同性愛者だと言えば、完全にそうだと言える雰囲気をガンガン出してる。冗談って何を指して言ってんだ?


「シグマ君、私、京華。永遠の16よ。そしてこっちが金太郎で、そっちが夕子。ほら、あんたの憧れのシグマ君よ、ちゃんと挨拶なさい」


 京華という女性の持つ華やいだ雰囲気に、俺だけじゃ無く白の館にいた全員が圧倒された。

 16には間違っても見えないが、いったい幾つなんだろう? 全くもって年齢不詳だ。


「シグマ君、ま〜たね〜」


 アタルを連れて京華は出て行った。勿論、金太郎と夕子も引き連れて。

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