警告
リンリンが色々と知らなかった事を教えてくれた。
とにかく挨拶が肝心らしい。「おはようございます」、「こんにちわ」、「こんばんわ」等々。それに初対面の人には、「初めまして、僕はシグマで20です」と、簡単な自己紹介をしなければならないと言う。
「うわ……それって面倒くさいだろ。マジ? みんなやってんの?」
「あははははは、この街でシグマみたいな人、初めて見た。それに、その喋り方ってダメだよ。私は大丈夫だけど、そんな乱暴な言葉使ってたら傷つく人いるよ」
「げっ…………それも法律ってヤツか?」
「あははははははは、可笑しいーー。げっ、なんて言うんだ」
リンリンは歯切れのいい喉ちんこを見せるような笑い方をするーーそれこそ頭をナデナデしたくなるような女の子だ。などと思いながらも、俺にはこの街の法律は性に合わないな〜、などと考えていた。
「それに、本人の了解無しに、勝手に呼び捨てはダメなんだからね」
だからいちいち「呼び捨てで呼んでね」などと言ってくるのか。なるほど、これは色んな人と情報交換しなけりゃ身動きとれんわ。全然、知らなかったし考えてもいなかった。
リンリンが妙にイタズラっぽい目つきで、「ねぇ、シグマって猫組のシグマ?」と訊いてくる。
「ん? そうだけど、リンリンちゃんも、あのゲームやってんの?」
「うん、あれってすっごく楽しい」
少しずつ、リンリンも砕けた口調になってきたようだ。そうだよ、やっぱり無理して不自然な喋り方だったんだと思い、妙にホッとした。
「リンリンちゃんも猫?」
「う〜うん、狸。猫組一杯だよね、凄い人気。他の組でもシグマ有名だよ。メッチャ成績いいのに誰が話し掛けてもガン無視だって。それに……フフフ。今日、何かやったんでしょ? 猫組の人、ビックリしたって色んなとこで噂してる」
「話し掛けてもガン無視?? ナニ? 誰かと間違ってない?」
「キャラもシグマって名前でしょ? あのゲームって誰かが使ってる名前と同じ名前じゃ登録できないんだよ。今日さ〜、変な人にガッツリ言っちゃたのってシグマでしょ? 」
「あ〜〜、あの変態シコシコ坊やな」
「……」
まずい。この子は15才だった。背もけっこうあるし、顔付きも身体つきも妙に大人びてるから忘れてた。シコシコはヤバイか? でも15なんだからオナニーくらい、どってこと……あるか。
「シコシコって…………あははははははは、ここでそんな事言ったらダメだよ。キャハハハハハハ、でも可笑しい〜〜」
「アハハ……」
よかった、喉ちんこ見せて笑ってるよ。とにかく喋る言葉には気を付けよう。うんうん、シコシコはマズイと。
「あのゲームって、誰かと二人だけで喋りたかったら、それも出来るんだよ。知らないでやってたの?」
「そうなの? 全然知らない」
娯楽施設で提供されているゲームの内、俺がハマっているのはキャラゲーと呼ばれ、同じ組であれば全員のキャラクターの名前がいつでも見れる。そして、どのキャラが今動いていて、どのキャラがスリープ状態なのかも判る仕組みだ。
二人だけで喋りたい相手がいる場合は、「会話希望」ボタンをクリックして、その相手のキャラクター名を入力すると、その相手に「!」マークが表示されるそうだ。そして、「!」マークが表示された者が「詳細希望」ボタンをクリックすると誰からのコンタクトなのかが判り、「OK」ボタンをクリックすると二人だけの会話が出来るらしい。
他の組みの人との会話も同様に出来るらしいが、組の名前の入力も必要で、喋りたい相手のキャラクターが動いているかどうかは別の組みだと解らないせいもあって、組を跨いだ会話はあまり成立してないと言う。
そう言えば、「!」マークってけっこう出てたような気がする。あれって誰かからのコンタクトだったんだ。参ったな、完全に無視してた。確かにマイクとヘッドホーンって何に使うのか不思議に思ってはいたけど、それを訊く人もいなくて放置プレイだった。
「あれ〜?? でも今日は誰からのコンタクトも無かったな」
「ずっとガン無視してたからじゃないの? それに……あははは、その変態なんだかさんに、けっこうキツイ事言ったんでしょ? みんなビックリしてシグマに近寄れなくなったんじゃないかな?」
リンリンはこの街に来て、かれこれ半年が経つらしいが、知り合いは10人にも満たないと言う。やはり初めての相手に話し掛けるのは勇気がいる。ちょっと臆病な性格のリンリンにはそれが出来ずに、決まった相手としか喋れないそうだ。今日はたまたま誰もいない館だったせいもあって、何かを期待するように一人で待っていたのだろう。
「館って全部で5つあるんだよ」
俺は4つしか行った事が無く、もう1つの場所も教えてもらったのだが、リンリンは、今いる館にしか行かないと言う。全部に色の名前がーー白、赤、青、黒、紫と付いており、ここは白の館で、リンリンの知り合った女の子達も白のみらしい。だから逢える確率に高い白の館で待っていたのだ。そこに突然、変な奴ーー俺が現れたのだが、結局、3時間もの間、俺とリンリンの二人っきりで、あとは誰一人来なかった。確かに知り合いを見掛けても、その人が見知らぬ人と楽しそうに話していれば、「私も混ぜて」と入って行くのはかなり勇気がいる。シラ〜っとされたらどうしよう。と誰でも躊躇するだろうな。俺が居たせいで帰って行った人が何人かいたのかもしれない。
別れ際にリンリンが言っていた。
「今度、猫組のシグマにコンタクトするから、ちゃんとOKだしてよ。シグマに私のお友達紹介してあげる。シグマと同じような年のお姉さんだよ。すっごく優しくて可愛い人なんだ。きっとシグマとも仲良くなれると思うな。でも最近あんまり見掛けないな……。うん、そうだよ、白にしか来ない人だよ」
俺は今日もキャラゲーをしている。
ちょうど擬似の時間が365日を過ぎて、俺は3年連続で総合優勝だ。その前まで5年連続優勝していた鼠組の金太郎というキャラが2位につけていたが、今回は俺のぶっちぎりで終えた。ガキの頃からゲームに執着するクセがあって、そのせいかコツを掴むのが早くて上手いと自分でも自覚があった。
ちなみに猫組も団体優勝で、組の大勢のキャラがお祭り騒ぎを続けているが、誰も俺にコンタクトをしてくる者はいない。やっぱりアレが効いているのかね。
どうしよう、次の年の準備でもしようかな。過去の優勝履歴を見ると7年連続優勝が最高らしい。それ狙ってみようか。
目の前には1メートル四方の、ずいぶんと大きいディスプレイがあり、3D専用グラスを掛けたプレイヤーがヘッドホーンを付けて椅子に座りながら操作パットを使ってキャラクターを動かす。そのキャラは立体的な空間に厚みを持って存在して見える。ゲームの進行とは全く関係ないが、走ったり踊ったりさせる事も出来る。例の変態小僧などは、右手を股間に当てながら腰をヘコヘコさせていた。笑える。
その施設は平屋で二階が無い造りだが、それこそ体育館のように物凄く広いフロアーで、それぞれのプレイヤーは一人で一人が簡単な仕切りに囲まれた中で遊んでいる。仕切りは天井が無く、椅子に座れば頭まで隠れてしまう高さはあるが、立ち上がればフロアーを見渡せた。俺は立ち上がって辺りを見回している。
広いよな。
600人を楽に収容出来て、まだまだ余裕があるし、この設備。
胸に掛けているIDに視線を向けた。
有効期限は一ヶ月だ。このIDがあればどの施設もフリーパス。
初めてこの魔法の街を訪れた日、大型スクリーンがある中央広場でIDを2万円で購入した。有効期限が切れたからと言って、この魔法の街から強制退去させられる訳では無いらしい。ただ、どの施設にも入れなくなるだけだ。昨日、初めてIDを更新した。早いもので、もう二ヶ月目になる。
一ヶ月で2万円。一年で24万円か。ギャンブルのように返ってくる物もないし、安い遊び代じゃないな。
「あああ、だからか!」
仕切りから顔をだしたままで声に出していた。あちらこちらの仕切りの中からピョコピョコと頭が出てくる。ヘッドホーンを外していた人達だろう。
IDの発行には身分照明が必要で俺は運転免許証を読み取らせていたが、高校生や中学生は親の同意書と住民票が必要なのだとリンリンが言っていた。そのための受付場所があるらしい。
数年もの間、ずっとこの街に出入りをしている人もいると言うが、一年間で24万円で、それもただの遊び代だ。親が出してくれなければ無理だろうし、金銭的に余裕のある家の子供だろう。だから未成年で女の子が多いのかもしれない。娘に甘い父親は多いからな。20歳を越えた者もいるにはいるが、全体の3割程度でその大半が女の人のような気がする。
アリスという人物は何者なんだ?
これだけの設備投資で回収出来るのはID発行費用か……
俺はザクっと計算してみた。
2000人いるとして、2万円を掛けると一ヶ月で2千万円??
「おっ……けっこうイケるか」
施設全体のメンテナンス費用に水道光熱費。それと設備投資の償却か……他にメクラ費用もバカにならないだろうし、どうなんだろう? 何と無くだけどギリチョンって気がする。
それにしても、ここっていったい何なんだ? 毎月決まって2万円を払ってまで来る理由が解らない。アミューズメントパークでもない。時間を忘れる程に面白い遊具がある訳でもない。まぁ、キャラゲーは不思議とハマるが。それなのに朝から深夜まで居続ける人もいるようだ。偶然、ここに来た俺も何故だか去りがたい。もう、サリーの事など思い出さない日が多いのに。
俺は考え事をしながら椅子に腰を下ろした。タバコが吸いたいな。町の外れに見つけた喫煙コーナーに行こうかな。すると、目の前のディスプレイの右下に、赤色の「!」マークが点滅しているのに気が付いた。
「おっ、リンリンか?!」
画面上に表示されてる詳細希望をクリックすると、「メアリー様が会話を希望。お受けするならOKを。お断りするなら削除を」との表示に変わった。
俺はマイク付きのヘッドホーンを掛けて迷うこと無くOKボタンを選んだが、メアリーって誰?
「シグマさん、あなたに警告しようと思って会話を申し込んだの」
全く予想もしていなかった言葉がヘッドホーンから流れてきた。
「ケイコク?」
「そう。あなたちょっと調子に乗り過ぎ。いい気になって目立ち過ぎだって事が解らない? ルールに則った行動と言動を心掛けなさいよ」
一方的にそう言ってきた声の主は、女でそれほど年配ではなさそうだが、ずいぶんと高飛車な物言いで、どう応えたら良いのか俺は言葉に詰まってしまった。