異端
「え? ……俺?」
「はい……あの……話し掛けたの迷惑でしたか? ごめんなさい……私……」
月夜という少女が、頬を赤らめ躊躇いながらも必死に言葉を出していた。なんだろう? 俺に用でもあるのだろうか? それにしても随分と切羽詰まっているようだが。
「やっぱり、私……」
そう言って、1〜2歩後づさり始めている。
「ああ、悪い悪い。ちょっとビックリしただけ。この街で誰かに話し掛けられたのって初めてだったから」
「私もあんまり誰とも喋れなくて……ずっと見てたんです。同じ猫さん組ですし」
「見てたって、俺を?」
「ごめんなさい……変な意味じゃなくて…… あの……お名前……」
「え? あ〜、シグマだよ。同じ組で見てたんなら知ってんだろ?」
「そうなんですか? キャラに同じ名前つけてるんですか?」
「みんな違うの?」
「はい。私のキャラはムーンナイトって……あんまり変わらないんですけど……多いと思いますよ。別の名前つけてる人……あの……お幾つですか?」
「歳? 20」
妙に丁寧な言葉を使う子だよな。それとも俺が乱暴すぎるのか?
「月夜って呼んでください、シグマさん」
「そっか。俺もシグマって呼び捨てでいいよ。ところでさ、俺を見てたって言ってたけど、なんで? 俺って変かな?」
「いえ! そんな……違います。シグマさん……あっ、ごめんなさい。私、男の人、呼び捨てで呼ぶのって……したことなくて。でも、シグマさん、凄く目立ってます」
「目立つ? 俺が?」
どうやらゲームの事らしい。
そのゲームは、どのキャラがグループの中でトップなのか、はたまた全体でのトップはどのキャラなのかが絶えず分かり、グループ内であれば全員の順位も分かる仕組みだ。それと、面白味を増すアクセントに団体戦が絡んでいる。各グループのトップ10同士の合計で12グループが競い合っているのだ。チームプレイという物は不思議と力が入ってしまう人間の心理を上手く突いた設定だ。それがあるからハマっている人が多いのだろう。
元々、凝り性で遊び好きの俺は、瞬く間に全体のトップ3の常連さんとなっていた。そのせいか、俺の属する猫組は絶えず優勝争いに加わっている。俺が目立っていると言うのは、そのせいだった。
「シグマさん全然喋らなくて、みんな噂してます。凄くミステリアスだって。それで、私、探してたんです。シグマさんのキャラ動かしてるのって誰だろうって」
ゲームの中でキャラクターに喋らせる事も出来る設定なのだ。組の中だけで喋る事も出来るし、12グループ全部に分かるように喋る事も出来た。マイク付きのヘッドホーンを掛けてキャラクターを操作するのだが、そのマイクを使う訳では無い。正直、そのマイクとヘッドホーンをどうやって使うのかが未だに解らない。
キャラクターの会話は文字による会話だ。喋らせたい言葉をキーボードで入力すると、目の前の大型ディスプレイに打った言葉がすぐさま現れる。他に動いているキャラクターが居れば、その名前も呼び掛けるように入力すれば、当然会話にもなるが、誰に喋っている訳でも無く、独り言のようでも無いものが多い。
月夜ちゃんに言わせると、一言も喋った事の無い俺は、猫組のサイレントエースだそうだ。
「月ちゃん、こんなとこで立ち話も変だしさ、憩いのナンダカに行ってみない?」
月夜ちゃんに色々と聞きたいこともあって、そう誘ってみたところ、心底驚いた表情を見せている。
「え?……どうしたの?」
「シグマさん、館に行った事あるんですか?」
憩いの館って略して館って呼ばれてるんだ。初めて知った。
「あっこには何度も入ったけど、誰かとコミュニケーションとやらを取った事は無いわ。なんだかさ〜お馴染みさんばっかで群れてるみたいで、とてもじゃ無いけど混ぜてーーなんて言える雰囲気じゃねぇよ。空いてるとこあったらさ、一緒に入ってみようよ」
彼女が息を飲んだのが分かった。目をパチクリさせて。
「俺、なんか変な事言った?」
「シグマさん……大丈夫なんですか? そんな事言って誰かに聞かれて……ごめんなさい。私、用事を忘れてて……帰ります。また今度……」
それこそ逃げるように俺の前から居なくなった。いったいなんなんだ?
この街には夜が来ない。真夜中であろうと娯楽施設では誰かのキャラが動いている。そして館では、まるで身内同士のような人が集まり何かを話し続けている。中央広場の大型スクリーンには、アリスと逢う事が出来て感激ですとのコメントが流れ、裏には友達募集の案内が溢れている。そんな街で俺はひたすらキャラを育てた。
グループ内のキャラクター達は何時も賑やかだ。この街で実際に誰かと喋った事が殆ど無いと言っていた月夜も、ムーンナイトのキャラクターを使って猫組の中では活発に喋っている。
そんな大勢のキャラクターが一斉に静まる異様な間が生まれた。
あれ? なんだろう?
設定の不良?
そうでは無いようだ。あるキャラクターだけが狂ったように喋り続けている。放送禁止用語をふんだんに織り交ぜて。
なんだこいつ?
バカか?
最近の猫組は成績が良くって、登録者の数もマックス50人を絶えず維持して、誰かが抜けると待ってましたとばかりに、その穴が埋まる。今も40人以上のキャラクターが動いていたはずだが、狂った一人のキャラを遠巻きにして、どのキャラクターも息を潜めてしまった。
何時まで続くんだ? この変態一人芝居は。
これ見よがしにその手の言葉をキャラに使わせているのだろうが、本人の乏しい経験がどうしても露見してしまう。こいつ中学生だな。
「女も知らねぇぇ中坊が、悶々としちゃって大変そうだね。センズリこき過ぎておかしくなった? ママに治してもらっておいで」
このゲームで俺のキャラが初めて喋ったのがそれだ。
本当の意味で静まり返った猫組だが、どうでも良かった。狂ったキャラは無言でゲームアウトをしたようだ。それからそいつを見掛けた事は無い。
だが、どのキャラも喋ろうとしない猫組。俺も無言でキャラを育てる事に没頭していたが、暫くするとさすがに居心地が悪くなり、「じゃーーねーーー」とキャラに喋らせ、保存を選んで立ち去る事とした。
館に顔を出してみた。
どうせ喋る相手も居ないのだろうが、もしかしたらサリーがいるかもしれない。でも、居たらどうする? 俺のことなんか知らないはず。こっちから話し掛ける事が出来るのか? なんて? 仲間内でワイワイ楽しくやってたら無理だ。
一つ目の館はあいも変わらずお馴染みさんで仲良くやっているようで、とても入って行ける雰囲気じゃ無い。二つ目も三つ目も同じで、最後の館を覗いてみる。
あれ……随分と静かだな。
一人だけだ。どうしよう……
「誰かと待ち合わせ?」
「あ! ……ビックリした〜。違うけど……誰か知ってる人、来ないか待ってたんです」
憩いの館でのデビューが果たされた。
「あっ、初めまして、リンリンです。14歳です」
「え、お〜お〜、リンリンちゃん礼儀正しいね。シグマ、20だ」
この子も随分と丁寧な言葉使いだ。そう言えば、ゲームのキャラクター達もエライ丁寧だったな。
「礼儀正しい? それって言葉のこと? でも、ここの法律ですよね? リンリンって呼び捨てで呼んでください、シグマさん」
「ああ、俺の事は何でもいいよ、好きに呼んで。……法律って何が?」