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学校跡

 うそだろ、せっかく見つけたのに……


 喫茶店で偶然に読んだサリーの呼びかけーーおいでよ、楽しいから。

 ここがその学校なんだと思った瞬間、自分でも良く分からない興奮を覚え、子供のように駆け出していた。だが、今、目の前にあるのは、冷え切った随分と前から人の出入りが途絶えてしまったような音の無い学校。酷く落胆してしまった。


 このままここを出てゆく気になれない。

 施設や設備がそのままの姿で残っていて、立入禁止にもなっていない。俺は暇に任せて探検を試みていった。


 色々な記録が残っている。膨大な資料だったが、それを残した人は特定の人では無いのだと、読み始めて直ぐに解り興味を覚えた。

 多くの人が主観で書き記している。規制が掛かっていた様子も無く、自由奔放に書き記された資料で、それがかえって貴重なものに思えた。

 いつの間にか夜になっていたが、俺は時間を忘れて読み耽った。


 ここは紛れも無く学校だったんだ。

 年齢や性別なんて関係なくって、本人に入る意思があれば誰でも入れて、卒業しても退学になっても、もう一度入る事が出来る学校。当然、国が認めた学校なんかじゃないけど、生徒がいて学ぶ何かがあれば、それは学校と呼べる。

 生徒の自主性に任せた信じられないような学校だったらしい。

 もしかしたら、サリーの足跡に触れる事が出来るかもしれないと、ページを捲るスピードが上がろうとするのを抑えて全部にじっくり目を通す。


 文字から生徒の姿が浮かんでくる。楽しそうだ。俺も行ってみたかったな。

 喫茶店で読んだサリーの詩から、彼女が集団に馴染み難い性格だと窺い知れたが、そんなサリーでさえも嬉々と通っていただろう学校。そんな学校の姿が違和感無く浮かび上がる。


 あれ? なんだろう?

 妙に刺々しい文章があるな……

 そうか、トラブルが起きたんだ。



 小さな棘のような個人的なトラブル。その棘は、本人では抜くことが出来ずに傷として広がってゆく。それに気付く者が一人増え二人増え、周りが傷を癒そうと試みるが、その行為がかえって傷を深くしてしまう。そして、傷は本人だけを毒するに留まらず、周りもを酷く傷付けてゆく。



 それで廃校になったのか?

 どんな問題?



 異様な興味を覚えた。

 大勢が書き記した取り留めの無い資料を読み進めると、混乱と憤りに溢れた学校の姿が見えてきた。廃校にしたのはアリスだ。

 だが、アリスの意思ではないようにも読み取れた。


 資料の中にはアリス本人が書いたものも僅かにはあったが、ひたすら困惑しているようで、最後まで存続を望んでいたような素振りが窺える。


 ふっと、憩いの館で聞いた会話が思い出された。夜中だけに集まる6〜7人の男女の会話だ。

 酷く感情的になった一人の女性に引っ張られた議論の一部を聞いた。暗い通路の奥で壁にもたれて立っていた俺に気付かずに口を滑らせたって感じだった。

 あの人達は誰かを批判していた。その批判の的にされていたのは、名前が「あ」から始まる人だったような気がする。アリスのことか? でもアリスはこの街で絶対者のはず……


 記憶を手繰るのを止めて資料の続きを貪るように読んでいく。とにかく知りたかった。この、偶然知った街の現在に至る経緯を。



 学校では恋愛を規制する何物も無かったようだ。

 多くのカップルが生まれ恋愛を満喫していた。男と女がいればそれは当然だろうし、それに纏わるトラブルも毎日のようにあったらしい。

 片想いに胸を焦がし、今日こそはと意を決した女の子の手記があり、又、別の女の子の手記には、彼と過ごす毎日が楽しくて仕方がないと、拙い言葉を使って一生懸命書いてあった。更にはそれとは違った、何処にでもある男女の縺れが赤裸々に書かれている。


 でも、この学校には年齢制限が無かったんじゃ……

 彼女達はいったい幾つだったんだ?

 もしかしたら、サリーにも恋人が出来たのかもしれないな。


 俺はまだ逢ったこともないサリーを名乗る女の子をーーただ詩を読んだだけでーー姿形まで思い浮かべていた。


 きっと、背もさほど高くない、真っ黒なストレートな髪で、前髪は眉を隠すように切り揃えた、低い声で喋るちょっと影のある女の子。それが、勝手に想像したサリーだ。



 少しぼうっとしながら文字を追っていたが、視線が止まった。



 結婚?



 その子はシャレードという名前だった。


 なに? シャレードってさっきも出てきた。うそだよ。確か13かそこらだって書いてあったと……


 記憶に間違いは無かった。別の女の人が怒りを文字にしている。




 まだ14歳のシャレードがどうして結婚なんて。バージンなんだよ。それに、相手は29歳の奴。あいつ、絶対に変だ。狂ってる。



 シャレードは精神をボロボロにされたようだ。その後、どうなったんだ? まだ、この街に居るのだろうか?

 男は病んでいたのか、関わった人達を執拗に攻めたて、何人もの女性が精神に変調をきたしたとある。これは問題が起きたというより、ハッキリ事件だったと読み取れたが、その事件だけを時系列に纏めた資料が見当たらない。

 大勢の人が好き勝手に書き記した学校に纏わる記録。所々に、まるで思い出したかのように出てくるシャレード。殆どは楽しい学校生活が書かれているのだが、読んでいくと突然シャレードの事に内容が飛んでいたりするのだ。

 それと、異性とのプライベートな内容が多いせいか、大半が無記名で書かれていて、相関図を思い浮かべる事も難しい。



 俺は学校の跡に何度も足を運んでは繰り返し読んでいた。知らない街で起きた過去の出来事なのだが、なぜか知りたかった。



 あれ?

 なんか変だ?



 シャレードという女の子の名前は、何度もいろんな人の記述に出てくるのに男の名前が出てこない。見落としたかな?


 また全部を読み返す。とにかく時間だけは売るほどあった。しかし、結果は変わらず、シャレードの事を心配する記述や可哀想だど同情したものは多いのだが、相手の男の事には殆ど触れられていない。読み始めの頃に見つけた「あいつ絶対に変だ。狂ってる」との記述が唯一男に対する批難だった。その文面にしても、怒りは見えるが男の名前が書かれていない。あえて伏せたとしか思えなかった。


 関わるのを恐れていたんだ。

 みんな、そいつの存在に怯えていたってことか?



 学校の廃止は唐突だったらしい。

 特定の少数だけは知っていたようだが、殆どの生徒達は驚きをもって、その受け入れがたい決定を聞かされていたのが解った。それは、シャレードの事件があって暫く経ってからのようだった。




 この街に来てから10日が過ぎたが、俺はまだ誰とも喋った事が無い。

 学校跡の資料は何度も読み終え、街の彼方此方を見て回っていた。そして、ある娯楽施設を見つけた俺は、そこのゲームにハマっている。


 何軒かの建物が娯楽だけの施設となっていて、どの施設も24時間・365日、何時でも誰でも参加出来る、極めて単純なゲームを提供していた。

 建物によって提供されているゲームは違うが、全部に共通しているのが育成システムだ。

 バーチャル空間に存在させた何かに対して経験値を上げさせてゆくRPGを元にしたゲームだが、対戦も無ければ探検も無く、スリルや謎解きも無い、いたってシンプル極まりないものばかりなのだが、ゲームというのは単純であればあるほど万人受けする。逆に複雑になればなるほど、受け入れる人のすそ野は狭まる。ギャンブルが良い例だろう。一番速い馬を当てるとか、小さな玉が転がり止まる数字を当てるゲームなんてものは、永久に廃れる事など無いのだろう。


 俺がハマったのは、自分の擬似キャラを育てるゲーム。グループに分かれていて、1つのグループに50人までが登録出来る。それが12グループあるから、最大600人までが登録出来る仕組みだ。その600人の内、誰か1人でもキャラを動かしていれば擬似の時間が進み、その擬似時間で365日の間に何処まで経験値を上げるかを競い合うゲーム。勿論、他人のキャラを邪魔する事も出来なくて、ただ純粋に自分のキャラを育て続けるゲームだった。

 これほど単純なゲームの何が面白いのだろうと、試しに遊んでみると異様にハマってしまったのだ。




「あの……初めまして、私、月夜っていいます。17歳です」



 そう声を掛けてきたのは、この施設でたまに見掛ける女の子だった。

 俺がこの街で誰かと喋った初めての瞬間だ。

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