アリスからのコンタクト
魔法の街ではファストフードが結構あるが、どの店も狭く、殆どの客は買った物を持ち帰って公園のベンチや館の中で食べる。最初の頃はアリスが経営している店なのかと思っていたが、タマコやウランと同じようにテナントで出している店だと、タマコがノリのいい関西弁で教えてくれた。
「シグ兄ぃ、よー見ぃ! 制服の子ぉおるやろ。ウチらとおんなじテナントや言うても、あれ、ホンモノや。よそと味も変わらん商売やで。シグ兄ぃ、働いてみるか? 客、ビビってきーひんようになるかもな。アヒャヒャヒャヒャ」
などと言っていたが、ウランは丁寧に教えてくれた。
「私のお店みたいに街外れは借り賃もとっても安いんだけどね、食べ物屋さんって、みんな人通りの多い場所にあるでしょ。借り賃すっごく高くてビックリしちゃった」
そんな人通りの多い場所にある店には、どの店にも「端末設置店」と表に書かれていてーーー勿論、タマコやウランの店には無いがーーー店の外からでもガラス窓で見える位置にその端末は設置されている。おそらく置く位置もアリスが指定しているのだろう。
そんなせいで、店の中にわざわざ入らなくとも、端末が使用中なのかどうかは外からでも解るようになっていた。
「ああ、この店のも使用中か。うわ……並んでんの? マジ?」
どの店も、大きなウィンドウに面した一角にーーー店の中でも透明なガラスのような物に仕切られた一角に端末があって、そこは三畳間くらいの広さだろうか、2〜3人が入ってワイワイ楽しくやっている様子が外から見えた。
こんな光景は夏休みならではのもので、ちょっと前ーーー1カ月前であれば、空いている端末など、それこそゴロゴロあったのに、中央広場まで来た俺の目前に見えるID発行機の奥の端末ですら、空きそうな気配が無い。
なんだか、どうでも良くなってきた。
よく考えてみればムキになる理由が思いつかない。浄化委員会などと言う訳の判らん組織なんて、所詮は井の中の蛙の集まりなんだろうしーーー俺も人のことは言えはしないがーーーそれこそ、何をどう考えていようが、どうだっていい。
この街にある施設に入れなくなっても、ウランとタマコの店にはタグがあるからきっと入れるのだろう。
これ以上、空いている端末を探すのが面倒な俺は、結局、放ったらかしにした。
それから5日間、俺は魔法の街から遠ざかった。
しかし気になる。遠ざかっていた自体が気にしてる証拠だと言えなくも無いが……とにかく後味が悪い。
自分の性格は判っているつもりだ。誰かと揉めると大人の対応ができなくなってしまうのだ。まぁ、まだガキだと言ってしまえばそれまでなのだろうがーーーあそこでグッと飲み込めばよかった。そうすれば、ここまで関係が悪化することも無かっただろうに、と思う事がしばしばある。それに、これはヤり過ぎる傾向にある俺だけなのかもしれないが、言ってスッキリした、ヤっちまって気が晴れたなどというのは、他人とのトラブルに関しては一度もない。……なら止めれって。
言えば言うほどエキサイトして、ヤればヤるほど激昂するのが自分だと知っている。……なら、なおさら止めれ。
自分でもトラブルメーカーじゃないかと思うことがある。……ぜってぇ止めれ!
5日間、何気に頭をよぎる。
ダメだ、頭にこびりついてる。少なくとも、どんな事を名指しで書かれたのかを知らなきゃ、気になって気になってどうしようもない。………やーーめーーれーー!
6日ぶりに魔法の街の門をくぐり、巨大なスクリーンのある中央公園へと歩いていると、まだ夏休みのせいか、大勢の高校生だか中学生が溢れていて、大声で喋り笑いあっている奴も少なくないせいで、酷い喧騒だ。
あれ? 誰か俺を呼んだか?
カクテルパーティーに居ても自分の名前を呼ぶ声は聞き取れるという。それは、単純に聴覚の問題ではなく、感覚的なものらしい。名前を呼ばれても気が付かない人は、たま〜〜にいるが、理由はただ鈍いだけだともいう。
女の人の声だったような……
辺りを見回し声の主を探すが、とにかく最近の女の子は区別がつかない。これって、俺が歳ってことか?
「こっち、こっち」
後ろから肩を叩かれ振り返ると、ジーパンを穿いた中肉中背の女の人がすぐ目の前で微笑んでいた。
あれ? 誰だっけ? 逢ったことあるような無いような。俺と似たような年齢だろうな。違うか?
「シグマ君、最近ここに来てなかった? 誰に聞いても全然見かけないって言ってたけど」
どうやら向こうは知ってるようだ。名前を呼んだのだから当然だが参ったな。誰だっけ? 「ああ、ちょっと忙しくて……」と、話しを合わせるが思い出せるか?
案外、親しい友人にも俺は誤解されるのだがーーー周りに全然気を使わない奴だとーーー実際は結構気を使う。だが、途中で気を使うのが段々と面倒になってきて放り出す。だから、あまり社交的ではないのだと自己分析をしたりもする。
とにかく人の名前と顔を覚えない俺が悪いのだがーーーなぜ一回で覚えれる?ーーー向こうが親しげに語り掛けてきているのにだ、「ところで、君って誰?」などと聴けるか? そこまで俺は図太くないし、色々と気を使うのだ。
そんな俺の判ってるフリを信じたろう彼女が、俺の手を掴んで引っ張って行く。
「早く、早く、シグマ君、大変だって」
「大変って何が?」
俺は手を引かれながら、どうでもいい事を考えていた。
彼女の顔とか体型って嫌いなタイプじゃないな。うん、大胆なことされたら……しちゃうかも。でも、名前も思い出せない相手と二人だけの会話って、どこまで続けられる? ムリか? バレたらヤバイか? 絶対に怒り出すよな。誰か彼女の知り合いでも現れて、名前、呼んでくれないかな。
「ほら、あれ。見えるでしょ。アリスさんからのメッセージ」
「はい? メッセージ? アリス? どこに? 誰に?」
名前の判らない彼女は俺を中央広場に引っ張って来て、メインスクリーンを指で示している。誰がどこに連れて行って大胆な事をするってよ。俺は欲求不満か?
見ると、殆どのメッセージが相も変わらずアリスさんに逢えて感激しましたという賛美ばかりのコメントだ。
スクリーンの周りに集まった大勢の人が互いに写真を撮ったり、自分が出したコメントを見つけ、「あれあれ、あれだよ」などと友人に教えながら騒いでいる人でごった返していた。まるで有名な観光スポットだ。
大勢の人の頭上に見えるスクリーンは距離があって、目の悪い俺には彼女の言うコメントを探せない。眉を寄せて目を細めたりしながらスクリーンを眺める俺に気づいたのか、「目ぇ悪いの? コンタクト入れたら?」と、まだ繋いでいた俺の手を引いて、人を掻き分けながらスクリーンの側に連れて行ってくれた。けっこう強引だね。………やっぱり大胆なことやるタイプだわ。
「ほら、一番上にあるのがそう。アリスさんからのシグマ君へのメッセージ。もう、何日も前から、ずっとあの位置に貼り付いてる。特別な設定掛けたんだね。他のメッセージはいつも通りにどんどん流れて行くのに、あれだけは、ずっと一番上に陣取ったまんま」
俺もようやっと見つけた。
アリスです。シグマさんに確認したい点がありますので連絡をください。8月7日、黒の館で待っていてください。もし、シグマさんがこのメッセージに気づかずに黒の館に来なくとも、私は必ず行きます。23時頃には行けると思います。尚、当日当時間の黒の館は、私とシグマさん、それと浄化委員会のメンバー以外は入れません。
追伸:場合によってはシグマさんのIDの機能停止処分もあり得ますので、必ず来てください。
読み終えた俺は、「なんだこれ?」と、声に出していた。
俺の手を引っ張ってきた名前の知らないーーどうにも顔もハッキリしないがーー彼女が小さな声で、「アリスさん、なんで浄化委員会なんかと一緒に……」と、スクリーンを見ながら呟く。前にもこのメッセージを読んだのだろうが、何度読んでも納得がいかないような口ぶりだ。そして、俺を見上げ、背伸びをして耳元でヒソヒソ話しを始めた。
「夜中の黒の館って、浄化委員会とその仲間しか行かない処だって知ってた?」
彼女が聞いてきた内容よりも、どうして耳元に口を寄せて喋るのかが分からず、俺は普通に聞き返す。
「なんでそんな小さい声で聴く? 浄化委員会とか黒の館の話しって、人に聞かれたくないの?」
「ちょっと!! 声がデカイって!」
そう言って俺の口を手で押さえた彼女。
いや〜、名前を呼べない相手との会話って想像以上に辛いものがあるわ、と考えている俺に、再び背伸びをした彼女が耳元で、
「この街っのそこらじゅうに監視カメラあるの知らないの? 盗聴だって普通にしてるでしょ。そもそも私有地なんだから、なんでも有りだよ」
俺も彼女に倣って耳元で喋ろうと身を屈めたが、髪の毛で耳が隠れている。女の人へのヒソヒソ話しってどうやんだ? 男同士なら……やる訳がねぇぇ。
とにかく彼女の髪の毛を捲りあげて口を寄せると、
「アヒ……」
と変な声を出して、体を屈めて内股だ。
「なにやってんの?」
「違う……何でもないけど……息……かけないで」
「はぁああ? 感じちゃったの?」
「ちょっとーーーー!」
彼女に再び口を塞がれた、と言うより口を捩じられた。
ちょっと痛かった俺は、今度は息を掛けないように口を寄せて耳たぶを舐めてやった。……これって変態かも。
「ウギ……」
しゃがみ込んでしまった。
結局、大勢の人が周りにいる中で、二人でしゃがみ込んで喋ることに。
「その盗聴とか監視カメラが浄化委員会だって言うのか?」
「うん、そう。ここの学校で事件があってから、浄化委員会がアリスさんに、また事件があったら責任取れるのかって迫って、無理につけさせて、結局、それ見たり聴いたりしてるのも、全部、浄化委員会なんだよね」
ああ、そうなんだ。あの学校が廃校になったのって、浄化委員会がアリスに迫ったからなのかもしれない。
今まで読んだ学校跡に残っていた資料の辻褄が合った。




