プロローグ 合気道娘。
「店主、これもくれ。」
道場着の黒髪のポニーテールの綺麗な女性がキャベツに指を指す。すると店主と呼ばれた老齢の男がキャベツを手に取り、レジで計算機を素早く打つ。
「あいよ。合計で3250円だ。」
「あぁ。」
「確かに受け取ったよ。ほい、これ。」
そう言って女性にレシートとお釣を渡す。
「スマナイ。」
「鈴ちゃん、これももらっていきなさい。道場の皆に分けてあげて。」
店の奥から店主の妻が現れ、彼女に箱に入ったクッキーを手渡す。
「あぁ、すみません。」
「いいのいいの。鈴ちゃんはウチのお得意様なんだから。」
「ふふっ助かります。」
「また来てね!」
「はい。失礼します。」
「相変わらず綺麗ねぇ、鈴ちゃん。」
そう言って店主の妻はため息をつく。
「あぁまったくだぜお前も若い頃はあんなに・・・・今も綺麗です。」
店主はそう言いかけて止めた。妻があまりにも怖い形相で睨むからである。
「あらそう?フフフ・・・。でも勿体無いわねぇ、未だに男の1人もいないなんて・・・。」
「だなぁ。まぁ合気道一本って感じだしな。」
「確かにね。変な男は近寄れないわ。」
「あぁ、そういえば最近鈴ちゃんとこの道場のすぐ後ろに誰か引っ越したんだっけな。」
ふと店主は思い出したように語る。
「聞いたわ。前は不動産の事務所だったところよね。」
「うむ、後で顔でも出しておこうかなっと思ってな。」
「良いかもしれないわね。ぬか漬けでも持っていこうかしら。」
「そりゃあ良いな、家のぬか漬けは天下一品よ。喜んでくれるぜ。」
「今日はもう遅いし、明日にしましょ。そろそろ夕飯の準備をするわね。」
「あぁ、そろそろ店も閉めるか・・・。」
夕焼けの輝きで赤く染まる商店街。鈴と呼ばれた女性は大きなレジ袋を持ち、帰り道を歩いていた。そしていつもは通り過ぎる道で、女性の叫び声がした。彼女は気になり声の方へ足を向ける。