女性というもの
結婚し生活を共にする事で男性も女性も本性をさらけ出す
結婚前には思いもしなかった相手の本性を受け入れ乗り越えて
いく。これこそが結婚生活なのです。
2011年春、美香は高校に進学し奈緒美は市民病院に就職した。
奈緒美は管理栄養士の資格を習得したが、栄養士として就職した。
管理栄養士の合格発表は5月なのだ、早くに働きに出たかった奈緒
美は栄養士の資格だけで就職を決めた。奈緒美も現場で経験を積ん
でから資格を生かそうと考えたのだ。その為、収入は低く、二人が
考えていた程、生活は楽にならなかった。
奈緒美が学生の間は、夕方早くに仕事を終える栄巣は、ファミレ
スでバイトしていたが。奈緒美の就職を期にバイトは辞めた。
奈緒美も仕事で帰りが遅くなると家事がおろそかになるからだ。
惣菜や外食に頼らず家庭の味を大事にした夕食を家族そろって
とる。掃除や洗濯がきちんとできた最低限の生活を子供達に与える
という、奈緒美と栄巣には共有する価値観があった。
バイトを辞めた栄巣は仕事を終えると真直ぐ帰り、洗濯物をたた
み、風呂を洗い、買い物に行って夕食を作る事が多くなった。
勿論、奈緒美がする時もある。二人にとって当たり前の生活こそが
財産だった。
6月、階段を挟んだ向かいの201号室の山口さんが引越しして
いった。栄巣達のすむ部屋も子供達の成長につれ手狭になってきた
今は2LDKのひと部屋を家族の寝室もうひと部屋を子供達二人の
部屋として使っていた。
「そろそろ美香に部屋をあげたい」
と奈緒美は言い出し賃貸の3LDKの物件を探す事にした。
以前、駅前に分譲マンションが出来ることを知り購入を検討した
事がある。実家の両親に相談したところ猛反対をくらった。
建築業を営んでいる栄巣の実家は5000万で戸建を建てたいのだ
分からない話ではないが、一方、奈緒美は絶対に自分達の住居には
栄巣の実家に関わって欲しくないのだ。
アロームを購入した時その改築に栄巣の実家は大いに関わった。
まだ若かった奈緒美はなにも口出しできず。奈緒美には不満が残っ
た。後のメンテナンスにもそれは同じ事だった。
7月初旬201号室にまた新婚夫婦が越してきた。すごく若い
夫婦が越してきたと奈緒美から聞いたが栄巣は会った事がなかった
表札には大原と出ていた。その頃、栄巣は近所で若い男性と歩く
綾瀬を見かけた事があったのだ。ひょっとして201号室に越して
きたのは綾瀬ではないかとまた栄巣は妄想したのだった。
8月になっても201号室の夫婦と会う事はなかった。
「旦那さんだけ入居して奥さんは後から越して来るそうやで」
と奈緒美は言っていた。
9月に3LDKの賃貸マンション(エイト)が見つかった
「お父さんとお母さんには契約が決まってから報告だけして欲しい」
と奈緒美には言われた。
「もう暫くはここに住むからな!」
念を押した栄巣に
「わかってるよ!」
と奈緒美は笑って答えた
案の定、賃貸マンション契約の話をした栄巣に両親はカンカンだった。
「かってにマンションなんか決めて・・なんで相談せえへんの」
{相談したら反対されますがな}と思いながらも
「ごめん美香に早く部屋あげたかったから」と言えば
「しょうがないなー・・・」と承諾した。
孫にはめっぽう甘いのだ。
10月には引越しした、今度の部屋は8階建ての6階でたいへん
眺めが良かった。ムーンハイツ201号室の夫婦には最後まで会う事
はなかった。やっぱり後から越してくる奥さんは綾瀬ではないかとも
思ったが栄巣にはもうどうでもよくなっていた。
今は・いや今も綾瀬には綾瀬の幸福をつかんで欲しいと心から思える
綾瀬に何処かで再会するという予感は栄巣の心の中からどんどん消えて
いった。
引越ししてすぐの事だった。
「安井さんから聞いたんだけど駅前にまた分譲マンションができる
そうなの」
「そーいえば、何時ものジョギングコースにモデルルームあったなあ」
言ってから栄巣は{しまった!}と思ったが後の祭りだった。
「え~ほんとにー!!!」
中学卒業まで千葉で育った奈緒美は関東イントネーションが抜けきって
いない。時々彼女の口から出る
「ばっかじゃないの!!」
にこれまでどれだけ心折れた事か
{なんなん!!!は}
「うちには関係ないやろ」
「いいやん、ちょっと見に行こうや」
「なんのために?」
「見るだけ!!」{嫌な予感}
栄巣の嫌な予感は当たった。モデルルームを見て担当者のセールスを
受けた奈緒美はすっかり乗り気になっていた。
{あのーー(わかってる)からまだ31行しか経ってないんですけど}
結局、引越ししたばかりだというのに分譲マンション購入の話は進んだ
正月をやり過ごしてから間を置いて今度は相談という形で両親に話を
持ち出した。勿論、両親は大激怒だった。{そーらそうやわなー}
アローム廃業に伴う損失から、解体工事前の不手際まで持ち出して懇々
と説教されるはめになった。しかし最終的にはローンを組んでまででも
マンションに住むと言った奈緒美に預金を切り崩して支払いをしローン
を払うつもりで預金に戻していけばいいというところで話が付いた。
栄巣の両親にしても何時までも栄巣が賃貸に住んでいるのは体裁が良
くないのだ。
やっと両親から開放されたと思いきや自宅に帰って今度は奈緒美が大
噴火。
「なんでええ歳こいて車や住む所で親に指図されなあかんのん」
「せやけど、結局しんどいローン組まんでいいようになったやん」
「別に・・ローン組んでもええもん」
{強がりだ}
「管理栄養士の学校も援助してもらったやん」
「あれは向こうがいいかげんなプラン立てて、こっちを巻き込んだから
やん栄養士だけやったらなんの使い道もないやん」
{そーいう事言いますか}
反論しようとも思ったが止めておこう。ここで反論したらえらい事になる
栄巣は15年前の事を思い出していた。美香が1歳になったばかりの頃
だ。風邪を曳いて熱を出した美香をアロームの向かいの永田医院で診ても
らい処方された薬を飲ませていたが3日経っても熱が下がらないので薬を
替えてもらったが、1週間経っても熱は下がらなかった。もう一度診ても
らおうとしていた奈緒美から、その事を聞きつけてやってきた栄巣の両親
が美香を無理やり総合病院に連れて行ったのだ。
レントゲンの結果は肺炎だった。まだセカンドオピニオンという言葉が
世の出る2~3年前の事だ。
事がひと段落した頃、奈緒美は自分はちゃんとやっているのに自尊心を傷
つけられたと栄巣をなじった。
「しゃーないやん連れて行ってなかったら美香手遅れなって死んでたかも
しれへん。それでもよかったんか?」
「それでもよかった」
{それは違う}栄巣は言葉に詰まった。結婚して4年奈緒美には1度も手
を上げた事がなかった。もし一生に一度、彼女に手を上げなければならな
いとしたら、それは今なのかもしれない。
そう思った栄巣に何かが込み上がって来た時彼は子供みたいに顔を
くしゃくしゃにして泣いていた。あまりにみすぼらしいと気づいた彼は
両手で顔を覆い背を向けた。10~15秒だろうか気持の落ち着いた彼は
目を腫らしてアロームのランチ営業に戻ったのだった。その時、栄巣は悟
ったのだ。自分が悪かったのだと。
売り言葉に買い言葉なのだ。彼女は口論になればなんでも言うのだ。
彼女に限らず女性というのは、みんなそうなのだ。彼女達を口論で決して
追い詰めてはいけない。その前に話を終わらさなければ成らなかったのだ。
結果などどうでもいいのだ。男にはそれだけの寛容さが必要なのだ。
それが、女性の全てを受け止めるということなのだ。
ディズニーの映画にルイスと未来泥棒という映画がある。未来のルイス
の息子がタイムマシーンで少年の頃のルイスを未来に連れて来てしまう。
未来のルイスの妻が彼が少年の頃のルイスであることを知り彼に言うのだ
「未来のあなたの為にアドバイスしておくわ、私は何時でも正しいの・・
間違っていても・・正しいの」
これを見た時、栄巣は確信したのだ。これぞ正しく古今東西だ今も昔も
アメリカも日本も女性は皆同じなのだと