普通に遊んでいたところ、いきなり婚約破棄を告げられました。彼はもう私とは離れたいようです……。
「なぁ、しりとりしないか?」
婚約者ダルフェスが提案してきたのはある晴れた日のことだった。
「え。……まぁ、そうね、いいけれど」
「じゃあ早速始めよう!」
「分かったわ。そちらからどうぞ」
こういうことはこれまでにもあった。
なので驚きはそれほどない。
「オケイ! こっちからいくな。じゃ、いちご!」
「ごみ捨て場」
「バイバイ!」
「石」
「しまうま!」
「薪」
「あーうーん……貴公子!」
「真実」
「積み木!」
「霧」
「おおう……り、り、り……りんご!」
思い返してみれば、ダルフェスはいつだってしりとりが好きだった。
だから異変なんて欠片ほども感じていなくて。
そういうものなのだと当たり前のように捉えていた。
「ごりら」
「ラッキー!」
「生真面目」
「め、かー……メイド! さん、は付けられないからな」
「どんぐり」
「また、り、かよ! あーうー……うーんー……利益!」
「気合い」
「意味深な発言を繰り返すおやじ!」
彼と共に生きていく。
それが私の人生だと。
迷いなくそう信じていた。
「地味」
「みんなに人気のおやじ!」
「人生」
「意地悪は絶対にしないおやじ!」
「実益」
「筋肉多めのおやじ!」
「自己中心的」
「生真面目に見えるけどやんちゃなおやじ!」
「時空」
「後ろ向いたらハート柄の服着たおやじ!」
だってそういうものだろう? 私たちは婚約しているのだから。婚約している者同士が同じ未来を見つめる、それは至って普通のことだろう? 婚約者がいるなら誰もが大抵そう思うはず。婚約している相手と共に生きていく未来を信じる、というのは、おかしなことでも特別なことでもない。
「慈愛」
「威張ると威張り返してくるおやじ!」
「自己愛」
「生きるためなら何でもするおやじ!」
「自分勝手」
「手紙を破り捨てようとして足を滑らせたおやじ!」
「字」
「じじいと呼ばれて泣いてしまったおやじ!」
「じいさま」
「舞ってみようとして肉離れに襲われたおやじ!」
「人口密集地」
「小さな妖精さんと戯れるおやじ!」
「時期」
「貴公子に憧れてなれないまま年を取ったおやじ!」
「字面」
――だが彼は。
「あ、そうだ。途中だけどちょっといいか? 言わなくちゃならないこと思い出した」
「いいわよ」
「あんたとの婚約だけど、破棄することにしたから」
平然とそんなことを口から出した。
「えっ……」
突然のことに思考停止。
「あんたより好きな女ができちゃってさ。ごめんな!」
「ちょ、それって……どういうこと?」
「だ、か、ら、言ったよな。あんたより好きな女ができた、って。そのままの意味だよ! そ! の! ま! ま! の!」
意味不明だったけれど。
「じゃ、しりとりに戻ろう。オケイ?」
「ちょっと待って」
「楽な体勢を追い求めるおやじ!」
「ええっ……まだ続けるつもりなの? ……実話」
「ワイルドな服が好きなおやじ!」
「事実」
「積み木を積んでいたら不審者と思われたおやじ!」
しりとりは終わらず。
「じれったい」
「意味不明な言葉を並べるおやじ!」
「時刻表」
「浮世絵に憧れて家の壁に落書きするおやじ!」
「事故」
「恋する乙女を踊りで表現したいおやじ!」
どこまでも続いていく。
「実務」
「虫が苦手なおやじ!」
「じっくり」
「りんごが好きすぎて顔が赤いおやじ!」
「自負」
「普通のおやじになりたくなくておやじっぽくなってしまったおやじ!」
「地道に取り組む」
「むきになりやすいおやじ!」
「自分との戦い」
「意地悪な顔をしているけど優しいおやじ!」
しかもおやじばかり……。
いつになれば終わるのだろう、この意味不明な競技は。
「自衛」
「石ころを拾い披露するおやじ!」
「時代」
「石ころを拾おうとして転んだおやじ!」
「持参して良い物」
「のんびり歩いていたら急に転んだおやじ!」
「時差」
「災難を逃れる才能のあるおやじ!」
さすがに耐えられなくなってきたので。
「自分」
この一撃で終わらせた。
「もういいでしょう」
「え、ええ!? なんでェ!? しりとりの盛り上がりはここからだろ!?」
「そういう問題じゃないわ」
「何だよ急に怒って」
「婚約破棄、するのよね?」
「ああ、それは。決めたことだから。変えない」
「なら私はもうしりとりはしないわ」
彼は少しショックを受けたように「ええー……」とこぼしていた。
だが当たり前だろう? 私たちはもう何でもないのだから。かつて婚約者だったという事実があるだけで、それ以外に何がある? 婚約は破棄となった、そうしたら私と彼の関係は何だというのか。ずっとしりとりをさせられるのが嫌だった、とは言わないけれど、今の二人はもう穏やかに楽しくしりとりをするような関係ではない。もう変わってしまったのだ、関係性が。
「じゃあね、さようならダルフェス」
こうして二人の関係は終わった。
◆
あれから一年。
私の耳に入ってきたのはダルフェスの訃報だった。
何でも彼は愛しい人と婚約していたのだそう。
しかし女性にはそういう相手が複数いて。
彼女は何人もの男性に婚約すると言い資産を奪い取っている詐欺師だったそうだ。
彼は女性を愛していた。
女性は彼を愛していなかった。
……それが現実だったようだ。
その現実に触れた時、ダルフェスの精神は崩壊し、彼はそのままこの世を去った――ということのようである。
なんにせよ、彼には幸せになる未来はなかった。
彼は孤独なままこの世を去った。
◆
ダルフェスの死から二年ほどが経った初夏、私は、とても魅力的だと感じさせてくれる男性と結婚した。
彼のことは好き。
もうすべてが。
何もかもが愛おしい。
こんなことを言えば馬鹿かと思われてしまうかもしれないけれど……実際、馬鹿になるかもしれないと思ってしまうほどに、彼には魅了されている。
◆終わり◆




