09
公爵に別れを告げ、ユーステス、リーンベル、シグルドは歩き出す。未だ騒ぎ続けるもう一名は、哀れ複数の兵士達に羽交い締めにされていた。
大声で怒鳴りながら北へと引き摺られて行く様は哀愁を誘い、その雄姿を最後まで見届ける事は叶わなかった。さらば宰相、また逢う日まで。
(いや、もう宰相でもないのかねと)
リーンベルは離宮へ、シグルドは決闘の顛末を纏める為に城の執務室を目指す。城と離宮、そして訓練場。それぞれの建物間は大きく隔てられてはいるが、全て同一の敷地内に存在する。
ヘイムダルの城下街を一望出来るこの一帯。足を踏み入れるには、城門を潜る必要がある。門は常駐する警備兵が目を光らせており、敷地の外周には高き塀がそびえ立つ。
離宮は建設されてからまだ年月が浅い。城から大きく外れた区域に、ポツンと現れる一戸建て。城住まいを頑なに拒んだ皇女様。そのわがままの成れ果てである。
「ねえねえ、みたみた!? ドルマゲスのあの顔ったら、傑作だったわね! 今思い出しても笑えてくるわっ!」
既に夕刻。すっかり暗くなった道を、上機嫌で歩むリーンベル。ユーステスの表情を見る為にくるりと回転し、後ろ向きで歩を進める。「足元に気を付けてくださいね」と気遣いを飛ばしながら、ユーステスは苦笑いで返答した。
「少しばかり煽り過ぎましたかね? 一介の騎士風情が、宰相相手に出過ぎた真似だったかもしれません」
「構いやしないわ、あんな卑怯者! すました顔して、いつもいっつも悪巧みばっかりっ! 天罰が下ったのよ! それにしても……これでようやく目の上のたんこぶがいなくなったわね。想定してなかった事態だけど、嬉しい誤算!」
(流石に儂も、こればっかりは想像だにせんかった。すまんのう、ドルマゲス殿……)
自らの提案が、巡り巡って宰相を追放するに至ってしまった。シグルドは内心で両手を合わせ謝罪した。
政治を執り行うものが居なくなった以上、様々な問題が生じて来るのも必定、それでも。頭痛の種は自ら蒔いた物なのだと言い聞かせ、巨人は重い足取りで歩み行くのだった。
♢
離宮への分かれ道に差し掛かった折、何やら男たちが話し込んでいる場面に出くわす。暗がりに紛れるような二つの背中。特段意識しなければ、そのまま通り過ぎてしまうような平凡な出で立ちだった。
「おらっ、ちゃんと払ったぞ!! これで文句ねぇだろっ!!」
「へっへっへ~! 毎度ありっ~!」
一人の男はイラつきを隠せぬと言った様子で軽く舌打ち。もう一人はにやりと歯を出して笑いながら、今しがた受け取ったブツを固く握りしめた。手のひらの中で、金属同士の擦れ合う音が僅かに響く。
「クソっ!! 久々に面白い催しが舞い込んで来たと思ったらコレだ!! ついてねぇなあ、オイっ!! あの宰相殿が随分と自信ありげだったから、こりゃあ行けると思ったんだが……」
「ははっ、残念だったなあ!! 俺は信じてたぜ。天下の皇族騎士様の実力をよお!! 大体騎士になるような奴なんてのは、総じてバケモンだと相場が決まってんのよっ!! ちーっとばかし想像力が足りなかったな?」
ブツを握った拳から人差し指を生やし、自身のこめかみを二度小突く。挑発を受けた男は手近な小石を蹴り飛ばすと、闇夜に吠えた。
「まあそう熱くなり為さんなって! 今度なんか奢ってやるからよ。ただまあ、こいつは嬉しい臨時収入だ。ここ最近は寂しい懐事情だったからねえ。これで久々にエデンに行けるってなもんよ!!」
「ったく、調子のいいヤローだ。羨ましいねぇ、全く。俺も独り身だったら、もっとパーっと豪遊したいもんだぜ。あそこはテクが抜群だからなあ。あんなもん、一度覚えちまうと……なあ?」
男の顔からは怒りが鳴りを潜め、代わりに品のない笑みが刻まれる。
「そいつはちげえねえ!! まあその分、たんまり持っていかれるんだけどな。今日の勝ち分も、まさに一夜で『パー』ってか? 財布の中身も玉の中身も、全部まとめて空っぽにされちまうぜ!!」
握り拳をチャリチャリと響かせながら、おどけた表情を見せる男。その仕草を見て、もう一人がどっと笑い出す。
やり取りの一部始終を目撃していたリーンベル。みるみる内にその顔からは笑顔が消えた。これ以上は聞くに堪えないといった様相で、男たちの背後に立つ。
汚物でも見るかのような眼で二人を睨みつけながら、静かに声をかけた。
「あなたたち――いったい何の話をしているのかしら?」
二人の男は首を捻り、その視線が声の主の元へと吸い寄せられる。
「「ひっ、姫様っ!?」」
見事重なる驚愕の悲鳴。リーンベルの姿を視認した瞬間、男は握りこんでいたブツをその場に落としてしまった。落下と共にキンキンと鈍い音を響かせ、リーンベルのつま先まで転がったそれら。
凍える様な皇女の威光にあてられたのか、まるで意志を持つかのようにペコリと跪く。
「…………穢らわしい」
視界に映る銀貨を靴底で踏みつけると、リーンベルは吐き捨てる。
暗く、どこまでも昏く。
底冷えするような、その声音――
シグルドがリーンベルの死角から片手でシッシと合図を送ると、男たちは頭を軽く下げ、慌てて撤収するのだった。リーンベルは去っていく男たちの姿に一瞥もくれず、地面に目線をやったまま話し始めた。
「シグルド。前々から頼んでいる『浄化作戦』、どうなっているの?」
「姫様………… その件ですが、やはり大目に見てはやれませんか? 例の作戦はあまりにも荒唐無稽。それに……兵士達にも、ガス抜きは必要かと」
返答を聞き終わるや否や、鬼のような形相でシグルドを見上げた。そのか細い腕に分不相応な程の力を込め、両拳をわなわなと震わせている。
「バカ言わないでっ!! 決闘の勝敗で賭け事をするってだけでも許し難いのに……あろう事か、あの穢れた店に行くですって!? 軍はいつまであんな店をのさばらせておくつもりなの!?」
シグルドはバツの悪そうな表情を浮かべ頭を掻きながらも、しかし反論の姿勢を見せる。帝国軍に長く在籍している彼だからこそ、この話の重要性を誰よりも理解していた。
たとえ相手が皇女であったとしても、引けぬ時はある。




