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08

 気が付けば雨は既に上がっており、地面には水溜りが出来ていた。未だ熱狂冷めやらぬ訓練場を後にして、ドルマゲスの心はここにあらず。


「――、――?」


 ふらふらとおぼつかない足取り。生気のない目線が宙を彷徨っている。まるで生ける屍とでも言うべき彼のもとに、ユーステスが颯爽と姿を現す。


 たまらずリーンベルは走り寄ると、その血塗れの手を取りながら労いの言葉をかけた。


「凄い凄いわっ!! よくやったわ、ユーステス!! あんな卑怯な手を使われたのに、よくぞ勝利を掴み取ったわね!! それでこそ、私の見込んだ騎士よ!!」

「思いのほか苦戦しましたが、何とかなりましたね。途中何度か挫けそうになりましたが……お嬢様の必死の応援が、私に勇気を与えて下さいました! 感謝致しますよ」


 祝福のムードがむず痒く、つい茶々を入れる。その言葉を聞き、リーンベルは握っていた手をぱっと離してしまった。思いもよらぬ奇襲だったのだろう。動揺と羞恥で、上ずった声音を隠せない。


「なっ、何を言っているのっ!? この私が、そんな余裕のない真似をする訳ないじゃないの!! あなたの勝利を誰よりも信じていたのは、この私なのよっ!? 応援なんて泥臭い真似、あり得ないわっ!!」

「おや、そうなのですか? その割には、随分と狼狽えている様にも見えましたよ? あんなにも席から身を乗り出して……折角の美しいドレスも、ご覧の有様。濡れてしまっているではありませんか」


 湿った肩を優しくなぞる。紳士的な仕草にも見えるだろうが、これはただの追い込み漁だ。その証拠に、ユーステスの顔には嫌らしい笑みが浮かんでいる。


 羞恥を煽られ、リーンベルは頬がカッと熱を帯びたのを感じた。


「ばっ、バカなことを言わないでちょうだい! あれはね……そう…………演出よっ、演出!! 私が動揺している様に見せた方が、相手も油断するでしょう!? 全部私の計算通りなんだからっ!」


 朱色に染まった顔をパタパタと冷ましながら、熱を逃がすように息をついた。和気あいあいの二人を呆然と眺めながら、敗北者の頭がようやく回り始める。


 ひたひたとユーステスへ詰め寄ると、声を荒げた。


「おい貴様っ! いつの間にそんなギフトを手に入れたんだっ! 聞いておらんぞっ! 新しいギフトを強奪したなら、報告義務があるはずだろうがっ! 謀ったな!!」


 先に謀ったのはお前だろう――

 と、この場に集う誰もが思った。


 わなわなと震える手でユーステスを指さしながら、怒鳴り散らす。ご聡明なその頭は、余程イレギュラーに弱いと見た。そろそろ種明かしが必要だろう。


「お生憎様です、宰相殿。こいつは丁度今朝、スラムで手に入れた代物でしてね。別に隠していた訳じゃありませんよ? ただ、宰相殿が()()()()()()()()決闘の場を準備されたものですから…… 報告する暇が御座いませんでした」


 有能過ぎるというのも考え物ですなあ。

 策士策に溺れるとは、まさに貴方の事ですねえ。


 とまでは、流石に口に出さなかった。騎士とは気品を以て優雅たるべし。嫌味ったらしく相手を罵るのは、自らの品格を下げる行為だろう。


「ふざけた事をぬかすなっ! 誰がお前のような野良犬の戯言を信じるものか! ギフトの隠蔽は重罰だぞっ! 分かっているのかっ、この無法者がっ! ルミナリアの風上にも置けんクズめっ!!」


 宰相殿の品格は絶賛右肩下がり、反面教師ここにありだ。怒りの最中にいるドルマゲスを刺激せぬように、将軍シグルドがリーンベルへそっと耳打ちした。


「姫様……今朝の報告にありましたスラムの盗賊が見せたという異様な動き。もしや――」

「ええそうね、間違いない。あのギフトだわ。襲われた時も、相手はものすっっっごいスピードだったのよ? ユーステスの想像していた通り、賊は祝福者だったという事でしょうね」

「ふむ…… そしてその力は今や、ユーステスの手に移ったと……?」

「実は私も、この目で見るのは初めてなのっ!! 本当に凄いわっ!! 下賤な輩を排除して、相手が祝福者だったならギフトも一緒に奪えるなんて! 素晴らしい成果よね!」


 顎髭を指でいじりながら、険しい顔を浮かべるシグルド。


(これがユーステスの持つ真のギフト、〖強奪ディバインイーター〗か。噂には聞いておったが…… 祝福者が持つギフトは、本来ならばただのひとつのみ。それが大原則。まさに、世界の理を覆す能力よな)



 皇帝ルシウスが即位したのち、帝国はとある政策を打ち出した。すなわち、祝福者の接収制度。優秀なギフトを持つ者は帝国軍に入隊する見返りとして、莫大な援助を受ける事が出来る。多くの祝福者はその恩恵に目が眩み、軍の門出を叩いた。


 だが、例外は常に存在する。帝国の意向に従わない一部の祝福者は「接収」という名の「人攫い」によって、強制的に軍へと配備された。


 故に、現在各地に点々と散らばるギフトは「帝国の搾りかす」とでも言うべき、脆弱な能力がそのほとんどを占める。使い物にならないギフトをいくら強奪しても意味はない。それがユーステスの自論である。


 強奪の力には、血が付き纏う。

 『自身が手にかけた者の、ギフトを奪う』――なればこそ。

 無駄な殺しは極力避けたい所だった。


 現状ユーステスが所持するギフトは、〖強奪ディバインイーター〗を含めて計五つ。



「宰相殿の仰る通り。本来でしたら私がギフトを強奪したら、帝国軍への報告義務が生じます。しかし今回に限っては、その必要が無くなりましたかね?」


 右腕を仰々しく広げ、そのままお辞儀をする。優雅に、華麗に、大胆に。これぞ気品のある騎士の振る舞いだろう。


 『煽り』にすら礼節を込めてこそ、誉れある皇族騎士と言うものだ。ユーステスは自分勝手に納得する。


「衆人環視のこの場にて。私の新たなギフト――【瞬間活性エンハンスモーメント】を披露させて頂きました。此度はこのお披露目式を以てして、報告の場とさせて頂きたく」


 顔を上げ、にこりと微笑む。


「手間を省いて頂き感謝致しますよ。宰相殿」


「うううっっっ…………うがあああああああっっっ!!!!」


 奇声を上げ、頭を掻きむしるドルマゲス。哀れ地面に蹲ってしまった。


 そんな折、遅れてやって来たもう一人の男。


「いやはや見事!! まっこと見事な試合であったぞ!!」


 レイモンド公爵だ。その視線がユーステスを捉えると、感動冷めやらぬといった面持ちで歩み寄る。盛大な拍手を送った後、大仰な身振り手振りで感動を伝え始めた。


「年甲斐もなく、血が滾りましたぞ!! よもや、あの局面からの逆転劇があろうとはっ! ユーステス殿、でしたかな? 貴方のお噂は首都まで届いておりますぞ! かの第四皇女が見出せし騎士は、何を隠そう無名の旅人であったとな!」

「光栄です。私のような野良犬――んん゛っつ!! 失礼。出自も知れぬ者の噂が、まさか公爵殿の耳にまで及んでいるとは! 恐悦至極に御座います」


 ちらりと宰相殿を見やる。頭を抱えたまま、ピクリとも動かない。どうやら嫌味は耳に入らなかったようだ。


 これ以上の追撃は止めにしておきますかねと、ユーステスは視線を戻す。


「そのような些事、今に始まった訳ではありますまい! 皇族騎士とは元来、そういうものですからな! かの剣王ヴァテイン殿もまさしく! 元はと言えば――」



 二人があれこれ話し込む内に、そろり動き始める体躯。誰にも気が付かれぬ様に、そそくさと撤退を決め込む一人の男。


 しかし、次の公爵の一言がそんな彼の挙動を射抜いた。


「はてさて? そう言えば今宵の決闘。互いに何を懸けて争っておられたのですかな?」


 抜き足の姿勢にて、硬直するドルマゲス。禁断の問いが来てしまった。張り巡らせた策は潰え、代わりに嫌な予感ばかりは的中する。なんと理不尽な事だろうか。思わず叫び出したい気持ちをぐっと堪えると、それと呼応するように首からは冷や汗が伝った。


 公爵の言葉を聞き、眉間に皺を寄せるリーンベル。腕を組み、先刻のやり取りを思い出す。


「確か…………負けたらユーステスの追放処分とか言ってなかったっけ? ほら、試合が始まる前。騎士の肩書を剥奪して、城から追い出すとかなんとか…………」


 それを聞き「フム」と唸る公爵。ドルマゲスの方を振り返ると、端的に告げた。


「では、ドルマゲス殿。懸けの代償として、敗者である貴方の方が宰相の肩書を剥奪され、城から出て行くという落とし所が妥当かと思われますな。お二人とも、その理解で宜しいですかな?」

「宜しいわけがあるかっ!!!!」


 抜き足の硬直を解き、本日一番の大声を上げるドルマゲス。その剣幕に若干気圧されながらも、公爵は問い返した。


「対等な条件でと言うならば、それが最適かと思いましたが…… では、何か他に別の条件があったのですかな?」


 その言葉を聞き、リーンベルは唇へ指の中節を当てがいながら返答した。


「言われてみれば…………そうね。あなたが負けた時の処遇、決めてなかったわ……」


 そこまで話したところでハッと気付き、顔を上げる。


「もしかしてっ!! 最初からそれが分かってて、あえて無視してた訳じゃないでしょうね!? 気付かなければラッキーぐらいの感覚でっ!!」

「ぐっぬぬぬぬ………… じょ、条件ならあるぞっ!! わ、私が負けたらっ…………おっ、お前たちが、勝手に城を抜け出したっ!! そのっ罪をっ!! ちゃらにしてやろうという……だな…………」


 後半はしどろもどろだった。


「ふざけないでっ!! そんなの、あなたの出した条件と釣り合っている訳ないでしょう!?」

「だとしてもっ!! この私を城から追放するだと!? 馬鹿も休み休み言えっ!! 私が居なくなったら、誰がヘイムダルの政治を行うというんだっ!!」



 露呈する謀略。敗北の可能性自体は、当然ドルマゲスも考慮していた。彼にとっては、レイモンド公爵の訪問こそが何よりのイレギュラー。決闘の主軸を「騎士の資質を問う場」から「追放処分」へとすり替えたのは、他ならぬ彼自身だ。もはや言い逃れの余地もない。


 無自覚の内にこの決闘における最重要人物となっていたレイモンド公爵。ひと呼吸おいてから、改めて敗者の末路を言い渡す。


「ドルマゲス殿。敗北した以上、貴方はもうここにはおれません。決闘の裁定はそれだけ重い。しかしながら、貴方の能力の高さは私も知る所です。私の口添えで、法国……北方地区の政治補佐官として、その力を活かせる様に取り計らいましょうぞ」


 リーンベルは満面の笑みで肯定した。


「それ良いわね! 北に行けばあなたの熱しやすいその頭も、少しはマシになるんじゃないかしら!」


 ドルマゲスは当然の如く、不服だと喚き散らす。怒りで何かが覆る。そんな一縷の望みにかけて。


「ふざけるな、何が法国だっ!! あんなややこしい地域の政治なぞ、私は面倒みんぞっ! 首都だ! 首都へ私を送還しろ!! 私の能力はルシウス陛下こそが何よりも知っておられる! こんな小娘のお守りなぞ、もう真っ平だ!!」


 遂には面と向かって『小娘』などと言い出してしまった。皇族侮辱の罪でしょっぴかれても、文句も言えないこの状況。恥の上塗りで厚化粧を始めた宰相に、もはや誰も見向きもしない。暗く淀み始めた眼がふらふらと宙を舞うと、最後の望みに行き着いた。


 ジッと腕を組み、黙する巨人へと。


「…………将軍っ!! 決闘の発案者は貴方だろう!? この馬鹿どもに……何か…………何か言ってやってはくれんか……? 頼むっ!!」


 藁にも縋るも思いで放たれたその言葉に、シグルドは苦笑いを返しながら右目をパチリと瞑る。正々堂々の勝負であれば、まだ情けをかけることも出来た。だが残念ながら、ドルマゲスは自身でその芽を摘み取った。


 あの豪雨。


 あれさえ無ければ、また違った未来があったかもしれない。シグルドは目を閉じると、祈りの所作を捧げる。


 この不遇な宰相の未来に、幸あれと。

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