表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/40

07

 男は頭を左右に振りながら、混乱の渦中。


「クソっ!? いったい何がっ――!! ぬあっっ!?」


 眼前に迫るは黒き影。

 見事男の懐へと入り込んだユーステス。


 握りしめたナイフを男の左腕に突き立て、押し込む。

 鎧の関節部を狙った、正確な一撃。


「ぐああああああっっ!!!!」


 男はうめき声を上げながら、苦悶の表情で睨み付ける。


「これで左腕は使えないな……!」

「ぐぅぅっつ!! なめるなああああっっ!! 小僧っっ!!!!」


 自由の利く右腕を大きく振りかぶり、真下へと叩きつけた。


 衝撃で陥没する地面、たまらず距離を置く。後方へと下がったユーステスを睨んだまま、男のヘルムからは怒気が溢れ出た。


「調子に乗るなよ、小僧っ……! 馬鹿げた事をしやがって!! 同じ手は食わんぞっっ!!」

「左腕を失ってからの方が威勢が良いな。随分と血気盛んな事だ」

「ほざけっっ!!!!」


 皮肉るも、焦りは募る。


 ギフトを用いた奇襲――からの渾身の一撃だった。


 にもかかわらず、戦意が微塵も衰えぬ相手。その想像以上の胆力に、認識を改める。


 この男、紛う事なき強者だ。


(流石は、宰相殿が白羽の矢を立てたってだけはあるな)


 加えて、大量出血からの無理な疾走が祟った。

 体中が悲鳴を上げている、限界が近い。




 一連の攻防を見ながら、ドルマゲスは不服そうに唇を歪めた。ひじ掛けを握る指先に力が入り、爪が白く染まる。


「自分で手のひらを抉るとは…… 珍妙な真似をしおってからに……!!」


 しかし、その焦りは一瞬。


(だが何をしようと、所詮は私の思惑通り。『これ』で全て、無意味だ……!)


 唐突にひじ掛けを三度、人差し指で叩く。合図を受け、後ろに控えていた兵士が忽然と姿を消した。



 直後訪れる、異変。

 最初に口を開いたのはリーンベルだ。


「え、何…………? 雨……?」


 ポツポツという雨音が、貴賓席を覆う。


 降りしきる水滴――豪雨だ。


 訓練場に集まった誰一人として気付かぬうちに、空には暗雲立ち込めていた。


 男は天空を見つめながら、雨粒を防ぐ様に拳を顔前へ。ヘルムの隙間から侵入する水に、苛立ちを見せる。


「おいおい、通り雨かあ!? クソっ、前が見づれぇな……」


 しかし、ユーステスの状況はそれ以上に深刻だった。

 大量出血の中での豪雨。水に触れた傷口が、不快な痛みで疼きだす。



 そして何より――


(やってくれるじゃないか、宰相殿…… こっちの弱点をよく分かっているな)


 彼のギフト、【血性変化ブラッドアルター】が封じられた。


 雨により血が洗い流されてしまうこの状況。雨天での血液操作は困難を極めるに違いない。


 半ば当てずっぽうのようなドルマゲスの推理だったが、これが的を射た。どんな強力なギフトであれ、行使出来なくなってしまえば恐るるに足らず。



 リーンベルは思わず椅子より立ち上がり、声を張り上げた。


「何よこれ!? こんな事ってある!? さっきまで晴れてたじゃない! こんなのズルよ、ズルっ!!」

「これは……ズルですなあ……」


 隣のシグルドも、ゆっくり肯定した。決闘における謀略は良しとする。場外でいくら策を張り巡らせようと、それは自由だ。


 しかし、試合の場には持ち込むべからず。これは互いの信念を懸けた、闘いの場。協力者を要請しての二対一は頂けない。


 そう、これは()()()だ。


(この不自然な雨。まず間違いなく、アイムのギフトによるものだな…… 決闘の開催を急がせた真の理由はこれだったか。ドルマゲス殿、まさかここまで見越しておられたとは)


 信念など、ドルマゲスの前では塵芥に等しい。反則上等、先ずは勝つことだ。いくら疑念を抱こうと、証拠が無ければ問題ない。後ほど追求したとて水掛け論。全て思惑通りだった。


 騒ぎ立てるリーンベルを尻目に、独り言のように白々しく喋り始める。


「おやおやぁ? これはまた、随分と急な土砂降りですなぁ? そちらの騎士様はお辛そうな様子だ。天は私に味方しましたかな?」


 ふてぶてしいその態度にキッと怒りの目を向け、リーンベルは語気を強める。


「ふざけないでっ!! あなたが何か仕組んだんでしょう!? こんな突然の大雨、どう考えたっておかしいじゃない!!」

「はてさて何の事やら? いわれのない中傷は止めて頂きたいですなあ」


 もはや意地の悪い笑みを隠そうともせずに、はっはっはっと高笑いをしている。


「このっ――極悪宰相!! 許さないんだからっ!! ユーステスっ、気合見せなさいよー!!」


 貴賓席より身を乗り出して、なりふり構わず必死に叫ぶ。雨に打たれようとお構いなしだ。


 ユーステスはそんな主人の姿を一瞥した後、視線を隣へと移して問いかける。


「何やら裏で色々と根回ししていた様ですが。仕掛けはこれで全部ですかね? まだ何か隠しているなら、早い事出してしまった方が良いですよ。宰相殿?」

「…………なんだと?」


 頼みのギフトも封じられ、圧倒的に不利なはずのこの状況。怯えろ、竦め、そして許しを乞え。それがあるべき反応だ。


 だというのに、なぜこの野良犬は余裕な態度を崩さない?


 底知れぬオーラに威圧され、形容しがたい悪寒が巡る。

 不安の火種をかき消すように、大男を怒鳴りつけた。


「っつ――!! おいお前っ! 何をボサッとしておるか! その生意気なガキを早く片付けてしまえっ!」




 男の雄たけびが、場内に木霊する。

 動かなくなった左腕をかなぐり捨て、右腕一本で鉄球を振り回す。

 肩で息をしながらも、狙いを定める。


 ユーステスは――動かない。


「これで、とどめだあああああっ!!!!!」


 大地を踏みしめる音と共に、放たれる鉄球。

 雨粒を弾き、飛翔する鉄の塊。


 迫り来る衝撃を前に、ユーステスが()()()()()()()()を解放する。



「奥の手は取っておくものですよね、宰相殿っ……!! 【瞬間活性エンハンスモーメント】っっ!!!!」



 目にも止まらぬ跳躍――

 先程手放したロングソードの元まで、瞬く間に移動。


 泥に塗れた右手で、柄を握りしめる。



 この場に集った誰一人として把握していない。

 


 方向転換、さらに加速。

 筋肉がメキりと嫌な音を立てる。



 これがユーステスの、新たなギフト――



「うおおおおおおおっっつ!!!」


 顔前で両腕を交差させ、男の胸元目掛けて突っ込む。

 全身を利用した突進が、鎧を揺らす。

 体勢を大きく崩し、巨体が後ろへ倒れ込む。


「なん、じゃっ、そりゃあああああ!!!」


 ユーステスは交差させた腕を解き、剣を構える。


 狙うは、足っ――!


 甲冑の隙間へと、その切っ先を押し込んだ。


「ぎゃああああああああああっ!!!!!」


 肉を抉る確かな手応え。悲鳴が響き渡る。

 鎧が地面に沈むと同時に、地鳴りが訓練場を包む。


 数刻の後、訪れる静寂。

 ただ雨が降りしきる音のみが、その場に残された。


 泥にまみれた黒衣を翻しながら、ユーステスは告げる。


「足を潰した、そいつはもう立ち上がれない。勝負ありだ」


 呆け顔だった兵士は己が役割を思い出し、高らかに宣言した。


「しっ、試合終了っ!! 勝者っ、騎士ユーステス!」


 華麗なる逆転劇。一部始終を目撃していたドルマゲス。思わず椅子から落下し、口をあんぐりと開ける。


「嘘っ……! あれって、もしかして……!」


 リーンベルは両手で自らの口元を覆い、驚愕の表情を浮かべるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ