06
鉄球を振り回しながらも、その場から動かぬ対戦者。相手もこちらの出方を伺っている。僅かばかりの膠着状態。視界の端、貴賓席でのやり取りが目に入る。
(あれは……レイモンド公爵かっ!? いつの間に……なぜヘイムダルにいるんだ?)
公爵家――それもレイモンドと言えば、帝国では相応に名の通った大貴族だ。まるで決闘と言うタイミングを見計らったかのように、突如として現れたこの男。
ユーステスは確信していた。
彼の訪問は、必ず自分にとって益となる。
今までだって須らくそうだった、間違いない。
(よく分からんが、こいつも"女神の思し召し"かね?)
不敵なその微笑は、続く大男の叫びにてかき消える。巨大な足が地を踏みしめ、訓練場全体が大きく揺れたかのような錯覚。
(動くかっ……!!)
「よそ見をしている――暇はないぞっ!!!!」
振り回していた鎖から手を放し、鉄球が放たれる。
豪速で迫り来る、鉄の塊を、
「フッ――!」
すんでのところで躱す。
鉄球はそのまま地面へと激突し、轟音と共に砂煙が舞う。
男は丸腰、勝機。
剣を握りしめ、駆ける――
ヘルム越しの男の顔が、しかしどこかニヤついたように感じられた。
男は上体を大きく回すと、腕全体を横方向に薙ぎ払う。
眼前に迫るは、二の刃。
「鎖かっ――!!!!」
咄嗟に身体を捻ると、顔面付近を鎖がなぞる。
勢いあまって、そのまま地面へと転がり込んだ。
直ぐに体勢を立て直すが、頬に何やら熱い感覚。
触れた指先が、ヌメりと赤く染まった。
「ちっ! いきなりやってくれるじゃないか……!」
思わずごちる。
鉄球を手元に引き寄せ、再び回し始める男。
「ほうっ……!! 良くぞ躱したっ!! 先ずは見事だと褒めておいてやろう!!」
頬を手の甲で拭き取りながら、ジッと目を凝らす。
(なんだ、アレは……?)
徐々に輪郭を帯びるは、おびただしい程の棘の山。
鉄球本体ではない。それを繋ぐ鎖そのものにも、鋭利な山々を発見する。
丁度鎖の中心辺りだろうか。何やら赤く濡れている。
先程頬を掠めたのはコイツで間違いない。
(あのデカい先端以外にも、気を払う必要があるという事か。図体の割に、随分と姑息な真似をするもんだ)
内心毒づく。
砦の様な装甲で、防御は完璧。攻撃面に関しても、鉄球と鎖の二段構えと来た。面倒他ならない。
「さて……どう攻め落とすべきかね。あの要塞を」
剣を構え直すも、動き出せない。鉄球の初撃は直線、そして鎖による横方向への攻撃へと派生する。障害物のないこの地形、まさにうってつけと言う訳だ。
予定より少し早いが――
ギフトを使うより、他ないか。
攻めあぐねるユーステスの様子を見て、ドルマゲスはしたり顔だった。
(野良犬風情が。真っ向勝負で、正規軍の副長に敵うはずもあるまいっ! 唯一の懸念は、奴が持つギフトだが…………【血性変化】だったか? それも既に対策済みよっ!!)
全身を鎧で包まれた大男。これこそまさに、ドルマゲスの戦略だった。
ユーステスの扱う【血性変化】は、自身の血を操る異能。
硬度も形も自由自在。
変幻自在の血液操作、汎用性に優れた能力だ。
裂傷部位から突如として飛び出す、血の刃。傷を負った劣勢を、たったの一手で引っ繰り返す。相手の意表を突く事に関しては、ユーステスの右に出る者はいない。
ただしそれは、種が割れていなければの話。
(奴の狙いはカウンターだっ!! 傷を負ったその瞬間、無防備となった相手を反撃で仕留めるっ!! その時を、虎視眈々と狙っておるのだろう?)
ドルマゲスの読みは、見事的中した。事実スラムでの戦闘の際も、相手の突進を逆手にとってのカウンターが勝利を手繰り寄せた。
(であるならば、はなっから鎧で全身を覆ってしまえば良いだけの事っ!!)
『血を操る』とはすなわち、自身が傷つく事が大前提。無茶は出来ない、故のカウンター戦術だ。率先して使用する能力ではなく、受け身のギフト。
相手の攻撃を逆手に取る事こそが、最も有効的である。
その根底を――ドルマゲスは見透かしていた。
ユーステスの肉体から血が離れた時点で、効力は消えてしまう。兎にも角にも、接近しなくては始まらない。
攻めあぐねるユーステスの姿に、気が気ではないリーンベル。事ここに至ってようやく、彼女は窮地を悟っていた。
たまらず隣に控える将軍シグルドへと、抗議の声を上げる。
「何よあれ!? あんなおっきい塊をぶんぶん振り回して! あれじゃあユーステスが近づけないじゃない! こんなのズルよ、ズルっ!!」
「姫様、それは暴論が過ぎますぞ。確かに、ユーステスは苦戦しておるようですが…… あの手の武器は本来ならば、障害物にめっぽう弱い。ですがご覧の通り、ここは更地だ。急ぎ訓練場を手配した、ドルマゲス殿の戦略勝ちですな」
「はあっ!? 戦略って――こんなのただ卑怯なだけじゃない! シグルド。もしかして貴方、ドルマゲスの肩を持つ気!?」
「これは決闘ですからな。事前に相手の力量を調べ、対策し、最適な戦略で挑む。当然のことです」
「調べるも何も……ユーステスのギフトは帝国軍ならみんなが知っているはずよね! それに比べて、こっちには相手の情報が何も無かったわ! 不公平よっ不公平!!」
ギャーギャーと喚き散らすリーンベルを横目に、ドルマゲスがフッと笑う。
(ようやく気付きおったか! 今さら騒ぎ立てても遅いわ! 能天気な小娘がっ……!)
度重なる鉄球の投合にて、徐々に体力を奪われるユーステス。その身体には切り傷が増え、黒衣は砂にまみれていた。
(これ以上出し渋っても仕方がないかっ……!!)
片膝をつき、剣を手放す。
同時に、懐からはナイフを取り出した。
すると、切っ先を左手のひらにあてがい、
「――グッ!!」
あろうことか、自らの肉を深く切り裂いた。
突然の不可解な行動に、大男の気勢が削がれる。
「なんだぁ? いったい何をしてやがる……?」
べしゃりと、滴り落ちる鮮血。
拳を軽く握りしめた直後、前方へ向かって手のひらを突き出す。
「穿てぇぇっッ!! 【血性変化】っッ!!!!」
刹那、赤い槍が空間を駆ける。
ユーステスの手のひらから生じるそれは、瞬く間に大男の胸元へと飛び込む。
空を切り裂く、血の槍だ。
槍が鎧と衝突し、鈍い金属音を響かせた。
「ぬっおおおおおおおっっっ!!!!」
衝撃を受け、巨体が大きく仰け反る。
機を逃すまいと、能力を解いて追撃する。




