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05

 人の口に戸は立てられない。執務室での一連のやり取りの後、決闘の噂は瞬く間に知れ渡った。城のざわめきが徐々に大きくなる中、ドルマゲスは着々と勝利へ向けて邁進する。


 先ずは中庭の訓練場を貸し切り、次に対戦相手を招集。持ち前の要領の良さとコネを最大限に利用し、驚くべき早さで準備を進める。そしてわずか数刻の後。全ての仕込みを終え、離宮よりリーンベルを呼びつけるに至るのだった。


 訓練場の中心、貴賓席の壇上に立つドルマゲス。深く息を吸い、高らかに宣言する。


「これより、決闘を執り行う! 我らがルミナリアに、弱者は不要! ただ強者のみが高みへ至り、輝ける栄光を掴むべし! 互いの尊厳をかけて、存分に闘うのだ!」


 熱弁するドルマゲスの隣では、リーンベルが欠伸をしながら座っている。ルミナリアのつまらぬ宣誓文など、改まって聞く価値もない。将軍シグルドは彼女のすぐ横に陣取り、事の成り行きを見守っている。


「今宵の立会人はこの私ドルマゲスと、皇女リーンベル! 此度の決闘の場をもってして、試合人ユーステスの皇族騎士たる是非を問う! 決闘への敗北はすなわち、騎士としての能力不足! その場合、ユーステスより皇族騎士の肩書を剥奪し、即刻この城からの追放処分を命じる!」


 どよめきが立ち込める。噂を聞きつけやって来た、観客の面々だ。彼らは訓練場の外周に円を描くように座り、皆が皆この突然の決闘に浮き立っている。


 吹き抜けの天井からは茜色の光が差し込む。もともとはコロシアムとして運用されていた建物を改修したこの施設。今もなお、その名残が随所に見られる。


 観客席を一望したのち、ドルマゲスは首を隣に傾けた。


「姫様も……それでよろしいですかな?」

「ええ、良いわ! ユーステスは私が選んだ騎士なんだから! 負けるはずがないわっ!! それにあなたの方こそ…… こんな大っぴらに宣言しておいて、負けたらとんだ赤っ恥よ? 分かってる?」


 相変わらずの減らず口に軽く眉をひくつかせながら、どさっと着席。苛々と足を揺すり、体に溜まった熱を何とか放出した。


(無駄にプライドの高い小娘め…… 今に見ておれっ……!)


 自らが思い描いていた通りに話が進んだ事に、ドルマゲスは内心笑みを浮かべそうになった。


 決闘ともなれば、先ず真っ先に考えるべきは敗北時の処遇についてだろう。先刻の執務室でのやり取りにおいて、彼はあえてその話題を避けていた。勝利しか見えていないリーンベルには、敗北の仮定など出ようはずもない。


 そして今まさに、決闘が始まろうとするこの瞬間。観客の前で大々的に宣言する。リーンベルにとっては初耳となる、重い敗北条件を。


 城からの追放処分――ドルマゲスの真の思惑はそこにある。


 肩書の剥奪だけでは生ぬるい。出自も知れぬ野良犬は野生に帰るが道理だと、彼は常日頃から思っていた。


(ここで反論のひとつでも出ようものなら、少しは見直したんだがな…… まあ所詮は、お飾りの皇女様。いつまで経っても成長しない、哀れな凡愚よ…………!)


 相手の気付かぬ内に、真っ先に退路を断つ。ドルマゲスのいつものやり口だ。誇り高きルミナリアの皇族が、まさか約束を反故にはするまいと。この場に集まった観客達をも利用し、楔を穿つ。


 どのような条件であれ、負けん気強いリーンベルならば二つ返事で引き受けるという確信あっての事だ。


 将軍シグルドは顎髭を触りながら、その手腕に感心していた。


(さすがは首都で長年宰相を務めて来ただけはありますな。このあたりの駆け引きは見事なものよ!)


 シグルドは中立だ。ドルマゲスの腹の内を読んでいたとしても、それをリーンベルに伝えることは無い。


 決闘とは元来、謀略のせめぎ合い。舞台に上がる前から、闘いは始まっている。その事は重々承知。発案者は彼だが、既にその手元からは離れている。手出しは無用。


 ドルマゲスは着席したまま右腕を上げると、場外の兵士が声を張り上げた。


「それでは両者っ、前へっ!!!!」


 歩を進めながら、ユーステスは対戦相手を観察する。顔から足先に至るまで、くまなく鎧で覆われた男。まるで砦のようなその体躯。男が一歩動くたびに、重い金属音が鼓膜を震わせる。


 男はユーステスを威圧するように、胸の前で両拳を勢いよくぶつけ合わせた。拳の隙間からは鎖が伸び、その先端には無数の棘をまとった丸い球体。


 夕暮れで鈍く輝くそれは、巨大な鉄球だった。


 シグルドは眉間に皺を寄せながら、しばし思案する。


(ユーステスの対戦相手、あやつは……)


 彼は遊撃部隊の長だが、ヘイムダルに駐屯する兵士達のほぼ全員を把握している。部隊の垣根を越えて、その顔は広い。


「あの一兵卒をはるかに凌駕する巨体。そして獲物の鉄球…… 防衛部隊の副長であろうな。なるほど確かに……ユーステスにぶつけるにはうってつけの相手やもしれんな」


(いやいやいやっ! あなたも十分巨体なんですけどっ……!)


 危うく喉まで出かかる中、リーンベルは内心突っ込んだ。



「試合、開始っ!!!!」


 掛け声とともに、大男が鉄球を振り回し始める。

 巨大な鉄の塊が空を裂き、砂塵が舞う。


 ユーステスは出方を伺う。大男の重装備と比較して、片や黒衣の軽装だ。その右手には兵士の標準武装、ロングソードが握られている。


(あのバカでかい鉄球を安々と振り回すか…… 図体に見合うだけの剛腕ってところかね。まともに食らったら、その時点でおじゃんだな)


 巻き起こる烈風が肌を突く。

 思わず喉を鳴らし、剣を強く握り込んだ。



「始まったわね…… シグルド。あなたの目から見てどうかしら、この試合?」

「そうですなあ。ユーステスにとってはちと、厳しい闘いになるかと思われますな」

「えっ、そうなの!? 相手はいかにものろそうな体つきじゃない? あんなのサクッとやっつけられるんじゃないの?」

「はっはっはっ………… まあ、サクッとはいかないでしょうな。相手は副長クラス。帝国正規軍の中でも、相応の練度を誇りますよ」


 苦笑いのシグルド。リーンベルの気の抜けた発言で、どこか和気藹々とした空気が漂う。


 自身が見出した騎士の行く末、明暗分かつ大勝負――


 にも関わらず、どこまでもマイペースなその言動。少しは動揺してみせても良い様な物だ。ドルマゲスは不服そうにフンと鼻を鳴らす。



 そんな折、突然の来訪者。


「はぁっ、はぁっ…………!! おぉ~、間に合ったかっ!!」


 細身長身の男が、突如として貴賓席に足を踏み入れる。男はゼイゼイと息を切らしながら、近くの椅子に手をついて呼吸を整えた。地面と接触せんばかりに身体を折り曲げ、汗がぽたぽたと流れ落ちる。


 やがて落ち着いたのか、顔を上げて場内を見やる。


「まだ闘いは始まっていないようだな!! 急ぎやって来た甲斐があるというものよ!!」


 額に球粒の汗を浮かべながら、男はドルマゲスの隣に荒々しく着席した。不躾な男の態度に顔をしかめながら、ドルマゲスは男の顔を覗き込む。


(ここは選ばれし者のみが踏み入ることを許される、聖域だぞ! いったいどこのどいつだ、こんな馬鹿な真似をするのはっ!)


 男の顔を視認した途端、驚愕した。


「レ、レイモンド殿!? なぜここにっ!?」

「これはこれは、ドルマゲス殿! 久しいですな! 首都をお離れになってから、もう随分と経ちますか? お元気そうで何より!!」


 開いた口が塞がらない。レイモンドと呼ばれた眼前の男、にやりと歯を見せ語り始める。


「なに、少しばかり私用がありまして…… 遠路はるばるヘイムダルまで来ておったのです。たまたま城の周りをうろついておったのですが――」


 興奮冷めやらぬといった様子で、大きく身振りをしながら続けた。


「なんと!! 決闘が開かれとると言うじゃないですかっ! 決闘など、中々見られるものではないですからな! 急遽予定を変更して、ここまで案内してもらったという訳ですよ!」

「まっ、まさかその様な偶然が……」


 二人のやり取りを見ながら、シグルドへ話しかけるリーンベル。


「えーっと…… どちら様…………?」

「レイモンド公爵。軍需産業のエキスパートです。大陸でも最大規模の我らが帝国軍。その武器製造を一手に引き受けておられます」


 続く言葉は、若干の呆れを孕んでいた。


「軍の関係者で、その顔を知らぬ者の方が少ないでしょう。なぜ姫様が存じておらぬのですか……」

「武器製造ねぇ…… 私、興味がない事には無頓着なのよね。それ、宝石とかも取り扱ってるのかしら?」


 ――シグルドは追及をやめた。



「いやはや、このような場に立ち会えるとは! 何という幸運か! ヘイムダルは素晴らしいですな。首都ではかような催しなど、見た事がありませんぞ!」


 悪意なき公爵の目を直視できず、ドルマゲスは顔を伏せたまま会話を続けた。


「あそこはルシウス陛下の目がありますからな…… 誰も決闘なぞやりたがらんでしょう」


 見せかけの平常心で、何とかそう返す。椅子に深く腰掛け直して、瞼をギュッとつむった。


 ドルマゲスにとって、これはあまりに予期せぬ展開。頭を抱えて叫び出したくなる感情を、何とか押し留める。


(ふざけるなっ!! たまたまうろついとっただあ!? 有り得んだろうが、そんな事はっ!!)


 決闘の発案者がシグルドである以上、もし仮に自分が負けたとしても、厳罰はない。リーンベルが政治方面で機能しない現状、宰相である自身の価値は高い。言ってしまえば、高を括っていたのだ。


 お飾りの皇女様であれば、将軍の説得でいくらでも言いくるめられると。


(なぜだっ!! よりにもよって、何故こんなタイミングで現れるのだっ!!)


 公爵が見ているとなれば、事情は変わって来る。決闘とはそれ即ち、互いに譲れぬものを懸けて争う戦だ。ただの喧嘩とは訳が違う。


 試合が終われば当然、何を懸けて闘ったのかと話題は移ろうだろう。ユーステスへ城からの追放処分という敗北条件を科した以上、自分も同等の責を背負わされる事は想像に易い。


 相手はルミナリアの武器庫を握る大貴族。将軍の温情に甘えるなんて事は、もはや期待出来ない。


(問題ないっ! 勝てば全て計画通りだろうがっ! 勝てばっ……!!)


 紛れ込んだ異分子に内心では動揺しつつも、ドルマゲスはそう自分に言い聞かせるのだった。

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