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04

 甲冑兵士に連れられて、リーンベルはスラムの外れに待機していた。この日の為に色々と準備をして、慣れぬ早起きをしてやって来た。にも関わらず、結果はこのざま。思わず欠伸が漏れる。


 退屈を紛らわすように小石を蹴とばす彼女の元へ、ユーステスが舞い戻った。


「あら、思っていたより早かったじゃない」

「賊は始末してきました。それとこれを――」


 握りしめたティアラをリーンベルの前へと差し出す。甲冑越しに一連のやり取りを見守っていた兵士、事件の解決にホッと胸を撫で下ろす。


「――?」


 これで一件落着かと緊張を解いたその目線が、ユーステスのもう片方の腕に吸い寄せられる。その手のひらに、異変をとらえた。


 止血用の包帯、滲んだ血――


 先刻ユーステスがここを発った時には無かったものだ。


「ユーステス様、そちらの手は……」

「あぁ、これですか? 少しばかりギフトを使いました。問題ありません、これが私の戦闘スタイルですから」


 動揺する兵士とは対極に、リーンベルは落ち着き払っている。欠伸で目じりに溜まった涙を拭きとりながら、「この程度の負傷は日常茶飯事よね」とでも言いたげである。


「ティアラも無事だったみたいだし、良かったわ。失くしたと聞いたら、お姉さまが悲しむから……」

「姉君のことを思うのでしたら、今後はもう少しおてんばをお控えになってはいかがでしょうか?」

「あ~あ~! 聞こえな~い、聞こえな~い!」

「全く……」


 耳を塞ぐ真似をして、陽気に振舞う。先刻の冷たい眼差しは露と消え、今はまた年相応のお茶目さを取り戻している。


 すっかり和んだ雰囲気の中、リーンベルがパンと手を叩いて締めくくる。


「それじゃあ、帰りましょうか!」

「帰りも三十分ですよ」


 間髪入れず告げるユーステスに、



「……それは億劫ね」


 皇女様は、萎びてしまわれたのだった。



 ♢



「一体全体何をやっておられたのですかっ、姫様っ!?」


 ここは城の執務室。ユーステス達を待っていたのは、開幕一番の怒号であった。


(願わくば……何事も無かったかの様に、離宮まで戻れないものか……)


 そんな淡い期待は、儚くも霧散した。都市ヘイムダルへと帰還する道中、スラム方面へと押し寄せる大量の帝国軍勢に見つかり、そのまま城まで連行されたのだ。


 有無を言わせぬ強制措置。リーンベルを中心に、ぐるりと兵士達が周りを囲む大移動だ。城下街の住人はさぞ迷惑だったことだろう。申し訳ない。


「城を抜け出すだけならまだしも、スラムに行くなどと…… 何を考えておられますか! 皇族としての自覚が足りておりませんぞ!」

「私が何をしようと、私の勝手でしょう? あなたにとやかく言われる筋合いはないわ、ドルマゲス!」

「あなたはこのヘイムダルの統治者、皇女なのですぞ! ふらふらとあちこちを出歩かれては困ります!」


 怒号の主は、宰相ドルマゲス。皇女リーンベルが治める大都市ヘイムダル、その政治補佐役だ。


 自らの保身を第一に考え、長らく帝国の首都でその手腕を発揮。首都を離れ、ヘイムダルへ赴任してきたのが数年前。政治に疎いリーンベルに代わり、実務を取り仕切るようにとの皇帝勅令であった。


「大体あなたはいっっつもこうだっ!! 城住まいを嫌がって勝手に離宮を建てたり、定例の皇族会議にもまともに出席した試しがない。毎回代理として出向く私が、周りからどれだけの嫌味を言われている事か! 少しは聡明な兄君達の背中でも見習ってはどうですか? 今回の事もですぞ! あのような物騒な地域に、ろくな護衛も付けずに向かうとは…… とても第四皇女としての振る舞いとは思えませぬ! わがままが過ぎますぞ! 思えば先日の……………………」


 日頃の鬱憤をぶちまけるかの様に、一人で永遠怒鳴り続ける。徐々に私的な恨み事項にまで波及してきた。これは長くなりそうだ。


 リーンベルは目を向けるのも億劫となり、宰相を視界から外すと、ユーステスにそっと話しかけた。


「なんで私たちの行き先が分かったのかしら?」


 口をへの字に曲げて呟くリーンベルに対し、ユーステスが無言で頭上のティアラに目配せする。すると理解が及んだかのように「あぁ」とため息。


「お姉さまの心配性も、これだと少し考え物ね……」


 誰に聞かせるでもなく、ボソっと漏れ出た心の内。その様子が運悪くドルマゲスの目に留まり、怒りの炎が膨れ上がる。激昂のあまり、顔全体が真っ赤に染まっていた。


「聞いておられますか、姫様っ! そういう所ですぞ! あなたに足りないのはっ!! お前もだ、ユーステスっ! 姫様の騎士ともあろう者が、このような危険を許そうなどと。皇族騎士失格だろうがっ!!」


 一向に話を聞こうとしないリーンベルへ愛想をつかし、怒りの矛先を変えるドルマゲス。


「言い訳の余地もありません。姫様の脱走を手引きしたのも私、全て私の責です。申し訳御座いません……」


 顔を伏せての返答。こういう手合いに、無駄な反抗は厳禁。適当に反省の意を見せながら、無難にいなすが吉である。下を向け。顔を見られると、余計ないちゃもんを付けられるぞ。


「ちょっと!!」


 悲しきかな、反論現る。


 世渡り下手の皇女様に、こちらの意図は汲み取ってもらえなかったか。ユーステスへと火の粉が降りかかり始めると、リーンベルはムッとした顔で抗議した。


「ユーステスは悪くないわ! 私の方からお願いしたんですもの!」


 折角宰相の機嫌を直すために頭を下げているのだから、ここは空気を読んで欲しい所であった。まあその心意気は、嬉しくはあるが。


「私はユーステスに尋ねておるのです! 姫様は黙っていてください!」


 案の定、拗れる。ぴしゃりと言い放つドルマゲスに、リーンベルの頭も沸々と煮えたぎり始めた。


「なら私も言わせてもらうけどね! 私はまだ十六の乙女なの! それがお城の中で、毎日毎日よくわからない書類とにらめっこ! 好きでもないお稽古に、やたらとややこしいお作法の数々。息が詰まるわ! たまには羽目を外しても良いじゃない!」


 矢継ぎ早に紡がれる、不満の数々。皇族として求められる、相応の責務と立ち振る舞い。リーンベルは自らの置かれている状況に、常日頃から不平を漏らしていた。


 堰を切った言葉は留まる所を知らず、一転して攻勢に出る。


「大体ねドルマゲス。迎えを遣わすにしては、少し遅すぎたんじゃないの? スラムに向かっていたあの軍勢。あなたの差し金でしょう? 事が全て終わった後に迎えに来られても、意味ないと思うわ! あなたはなんでもかんでも後手後手なのよ! そんな事だから、ヘイムダルなんて辺境にあっさり左遷されたのではなくって?」


 言い終わるや、静寂が場を支配する。


 これは拙い――非常に拙い。


 まさに、我がまま皇女の面目躍如。遅れること一拍、ドルマゲスの怒りが爆発した。周りに唾を飛ばしながら、大声でがなり立てる。当然の帰結だ。


(人を怒らせることに関しては、正しく天賦の才だな。うちのお嬢様は……)


 この場を適当に諫めて、そそくさと退散する。そんなユーステスの目論見は、またも水泡に帰した。



 もはや収拾がつかなくなったその場に、突如としてドンドンと扉を叩く音。ノックの返事を待たずして、一人の大柄な男がゆっくりと入室してきた。


「まあまあドルマゲス殿。もうそのあたりで良いのではありませぬか?」


 低くしゃがれた男の声が一室に響く。顎にはたっぷりと髭を蓄え、燃えるような赤髪が人目を引く。その顔には深い皺と、額から鼻横にかけて伸びる長い傷。背丈は二メートルにも届こうかという巨体で、部屋にいた全員が彼を見上げる形となった。


「外まで声が響いておられましたぞ? 兵士たちが震えあがっておりましたわ!」

「しょっ、将軍っ……! 私としたことが、少し熱くなりすぎていた様です。申し訳ございません……」


 激昂したドルマゲスですら、直ぐにその態度を改める。赤髪の大男の名は、シグルド。帝国における最高戦力の一角、遊撃部隊の総指揮を司る男だ。


「姫様は無事こうして帰ってこられた。ユーステスも騎士である以上、姫様の命令には逆らえますまい」


 思わぬ加勢に勢いを得たリーンベルが、隣で「そうよそうよ」とはやし立てる。若干肝が冷える光景だが、そこは虎の威を借る何とやらだ。


「おっ、のれ――!」


 ドルマゲスは憎々しげに顔をゆがめながらも、グッと唇を噛んでこらえた。若干恨み節が滲み出ていた気もするが、許容範囲内だろう。心中お察しする。


 将軍シグルドは自らのこめかみをかきながら、言葉を続ける。


「盗賊とやらに襲われたらしいが、それも返り討ちにしたと聞いておる。姫様の騎士として、十分にその役目を果たしたと言えるのではないかな?」

「しかし、将軍……! それではっ……!」


 先程までの勢いはなくなりつつも、食い下がるドルマゲス。歯ぎしりをしながら、何とか反論の糸口を探す。


 彼にはリーンベル捜索の為、帝国軍を動かした事実がある。これだけの騒ぎを起こしたにもかかわらず、当の本人はケロッとした表情で戻ってきた。何のお咎めもなしでは、顔も立たぬだろうと。


 そんな葛藤をくみ取ってか、シグルドは腕を組んで一考した後、ある提案をした。


「では、こういうのはどうでしょう? ユーステスに対し、改めて皇族騎士としての資質を問う場を設ける。そこで実力を示せれば、今回の出来事は不問! ありていに言えば、『決闘で白黒つける』というやつですな!」


 言い終わるや否や、リーンベルが続けざまに肯定した。


「賛成賛成!! それ良いんじゃない? いまだにグチグチ言うやつらを、いっぺんに黙らせる良い機会だわ!!」


 二人の目線がドルマゲスへと向けられる。眉間を指先で挟みながら、ひとつ唸り声。その後、絞り出すような返答があった。


「まあ……それならば……」

「良し! 言ったわね! 前言撤回はもう聞かないわよ!!」


 うつむきながら、険しい表情を浮かべるドルマゲス。しかし、内心彼はほくそ笑む。


(ふん、騒ぎおってからに…… それはこちとて好都合よ!)


 この決闘でユーステスを負かせば、騎士としての資質を剥奪できる。裏でこそこそ手を回す必要もない。白昼堂々と、目の前の小生意気な男に敗北者の烙印を押すことが出来る。その事実が、彼を昂らせた。


(やつのギフトは把握している……! だったら相応の対策をとるまでだっ!)


 ドルマゲスの狡猾な頭が、決闘の場を脳内に構築する。瞬く間に勝利の光景が浮かび、意地の悪い笑みが刻まれる。


 気分屋の皇女様の返答が変わらぬうちに、外堀を埋めるべく動く。


「ただしっ!! 決闘の開催は、本日としてもらいたい!」

「えー今日っ!? 何でそんなにやる気なのよ……嫌がらせ? 今日はもう疲れてるんだけど……」


 不満げな言葉を漏らすリーンベルに対し、これまで沈黙を貫いてきたユーステスが言葉を発した。


「お嬢様。宰相殿もこちらの条件を呑んでくれたのですから、ここは従いましょう。私でしたら、問題ありませんので」

「そうねぇ…… まあ、あなたが戦えるというならそれで良いわ。時間が決まったら教えて頂戴。離宮に戻っているから」


 リーンベルの退出をきっかけに、他の者たちも続々と部屋を出る。最後に残されたドルマゲスは、数人の部下をその場に呼びつけて耳打ちをした。


「すぐにアイムを見つけ出して、決闘が終わるまで部屋に閉じ込めておけ! 連絡役として、一人はその場に残るのだぞ……」

「……承知しました」


 部下たちが足早にその場を去る。ドルマゲスは先程までユーステスが立っていた場所を見つめ、憎々しげに唇を吊り上げた。


「どこの馬の骨とも知れん野良犬風情が、皇族騎士だと? 私は認めん、決して認めんぞっ!! これを機に、必ず城から追い払ってやるからな……!」


 一人残った部屋の真ん中で、そう吐き捨てたのだった。

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