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「騎士って奴はどいつもこいつも礼儀を知らんのか! 私は陛下に選ばれし人間なのだぞ! 今に見ておれよっ!」


 ぶつぶつと独り言を続けるトレロスを尻目に、シグルドがユーステスの元まで歩み寄った。その視線が指の根本、黒紫の輝きを捉える。


「ユーステス、お主……!」


 息を呑むその反応で、すぐさま悟った。喉元まで迫った深い溜息を、何とか押し留める。


 今日は面倒事がとことん重なり合う。厄日か何かだろうか?


「『血麗隊』に入ったのか!?」


 目を見開くシグルド。ここまで来たら、もう間違いない。


「将軍は知っておられたのですね。この指輪が、何を意味するのか……」

「ヨランから誘いを受けたのか!?」


 狼狽えるシグルドに、内心で舌打ちする。彼は将軍と言う役柄、軍の内部へと精通している。相応の情報を持っていて然るべき立ち位置だ。


「『血麗隊』について、どこまで御存じなのですか?」


 藪蛇にならぬ事を祈りながら、軽く探りを入れる。下手をしたら組織に属する自分よりも、シグルドの方が内情に詳しいなんて馬鹿げた事態もあり得るのだ。


「アーノルド様が組織した特殊部隊……という事だけだ。詳しくは知らん。だが、やっている事はどうにもきな臭いと感じるな」


 頭をわしわしと掻きながら、シグルドは目を細めた。


「ヨランは名目上の皇族騎士ではあるが、実際はその部隊の専任で動いている様な物だ。騎士というのは建前。儂が知っているのはその程度よ」


 先ずは一安心。あわよくば何か情報が掴めればとも思ったが、それは高望みし過ぎだろう。


(いや寧ろ、おかしな噂が出て来なくて助かったか?)


 やや視線を上げると、シグルドの歪んだ相貌が目に飛び込んだ。


「今からでも遅くない。ユーステスよ……その部隊を抜けると良い」


 わずかの逡巡の後、シグルドは重い口を開いて告げた。


「あれは帝国の闇の最も近い所にいる集団だ。安易に関わるべきではない。もし行く当てがないというならば、我が遊撃部隊で――」

「将軍も、分かっておられるはずだ!」


 会話を無理やりにでも断ち切る。この話題は危惧していた案件、良くない流れだ。


 ちらりと視線を移すと、その先には苛立ちで赤く染まったトレロスの姿。


 集会で、皆の度肝を抜いたあの愚物。

 面倒事を避ける為、精々利用させて貰うとするか。


「お嬢様の襲撃には、何か裏がある。現場に落ちていたのは確かに、ギルドの奴らの獲物だ。だがそれは、あまりにも出来すぎている、と」


 神妙な面持ちで頷き、聞き入るシグルド。当然だろう。当人が思っている事を、わざわざこうして代弁してやっているのだから。


 ともすればユーステス自身の首を絞めるような発言だったが、状況が変わった。


 組織に属した以上、軍に干渉されるのは真っ平だ。シグルドに目を付けられたら、今後の任務は立ち行かない。


「『血麗隊』には底知れぬ不気味さが漂っているのも、ヨラン殿から説明を受けた時に感じました。しかしそれでも、暗闇から覗く事で初めて気が付く真実もあると。私はそう思います。正規軍からでは手を出せぬ帝国の闇に、ここからであれば届くと思うのです」

「だがな……ユーステス……」


 今この場における最善手、それは――


「私はお嬢様の……リーンベル様の仇を、この手で探したいのです!」


 同情を買う事。


 押し黙るシグルド。敵討ちという名目を出されては、さしもの将軍と言えど踏み入っては来れない。


「分かった、もう何も言うまいよ…… だが、おかしな事に巻き込まれたら直ぐに相談するのだぞ! 十分に用心しろよ、ユーステス」


 同情も、慈悲も慈愛も、憐憫も、全てを利用して、必ず目的を成し遂げる。ユーステスの両眼は暗く、それでいて確かに燃えていた。


 ♢


 爪を嚙み、うろうろと辺りを徘徊をしていたトレロス。ようやく頭が冷えたのか、シグルドの元まで近づくとおもむろに話し始めた。


「それでは、将軍。見送りも終わった所で……仕事の話に入るとしようか? 先ずは先日の集会でお聞きした、奴らの根城について。資料には一通り目を通したが、肝心要の潜伏先については書かれていなかった。貴方がたはいくつ……把握しておられるのかな?」

「ヘイムダル近郊で確認しているのは、八つです。いずれも小規模。以前は近隣の村に被害が出る事もありましたが、ここ数年はまるっきり動きがありませんな」


 トレロスは嫌らしい笑みを張り付かせながら、シグルドを見上げた。


「八つ? たったそれだけ!? それはそれは……随分と少ない! 奴らはゴキブリの様な物だ。実際には、その倍はあると見て間違いないでしょう」


 シグルドの背中をトントンと叩き、ねちっこく絡む。本来ならば肩を叩きたかった所だろうが。背丈の差……ついでに言えば器の差が、如実に出ている。


「共和国の動向に目を向けるのは良いが、周囲の治安についてもしっかりと考えてもらわねば! 戦をするだけが、軍の仕事ではないだろう?」


 先程ヨランに何かを囁かれた、その憂さ晴らしと言った所か。つくづく矮小な男だ。


 シグルドは頭をガシガシと掻くと、溜息交じりに問いかけた。


「それで、いかがなさるおつもりですかな?」

「なに簡単な事。それらの拠点全て、根絶やしにするのだよ」


 さも当たり前のように語るトレロスに、シグルドは眼光を尖らせた。


「不躾ながら、それは得策とは思えませんな」

「おや? ルミナリアの将軍ともあろうお方が、まさかあのような鼠どもを恐れている訳ではありませんよねえ? 相手はたかがギルド! 有象無象の寄せ集めだ!!」


 返し言葉の安い兆発を行うトレロスを眼前に、ユーステスは物思いに耽っていた。


(ギルド…… 『一角獣の骸』か……)


 胸の内に浮かび上がるは、襲撃の日の夜。リーンベルを撃ったあのボウガン。そこに刻まれた、黒きユニコーンの刻印。


 あの印こそが、まさにギルドの象徴だ。



 『一角獣の骸』、大陸三大ギルドの一つ。

 最低最悪の犯罪集団――通称『骸』。


 団員達の気の向くままに町村を襲い、殺し、犯し、そして略奪する。


 下種の集まりだ。


 その拠点は大陸の隅から隅まで広がっている。奴らは森の中、洞窟、地下、あらゆる場所へと潜む。拠点の数だけで言えば、同じ三大ギルドである『宵闇の園』すら軽く凌駕する程に。


 強者にへつらい、弱者を一方的にいたぶるその有り様。

 貧民救済を掲げる『宵闇の園』にとって、まさに仇敵と言っても良い存在。



 故に此度の襲撃では、『骸』の武器を利用した。

 皇女を始末して、その罪を全て奴らに擦り付けようという魂胆であった。



「拠点の規模からして、根絶やしとする事は事態は容易いでしょうな。しかし仲間がやられたとあっては、当然上が黙っていない。奴らは見境無く人を襲う。被害が及ぶのは、罪なき民草です」

「先に仕掛けてきたのは奴らの方だっ!! あろうことか、ルミナリアが第四皇女を手にかけた! これは我々への宣戦布告と受け取って良いだろう!」


 無能な頭が、見事に思惑に乗る。


「一刻も早い、事態の収束をっ!! 奴らを打ち滅ぼせば、民も恐怖に怯えなくて済むであろう? 私は何か間違っておられるかな、将軍? 実在するかも分からん空想の襲撃犯を追いかけ回すより、よっぽど重要な事だと思うがなあ」


 女神様の遣わしてくれた強力な助っ人の愚弁に感謝すると共に、ユーステスの思考は遠く、過去にまで遡っていた。








「そんな事をしたら、『骸』の怒りは無関係な人間にまで及ぶんじゃないか?」

「そこんとこは問題ない。アタシは……あのギルドの事はよく知ってるさ」


 そう語る、イレーネの視線がやや陰った。異変に気付き、ユーステスは一言「すまない」と呟く。


「奴らは下種――救いようもないクズどもだが、バカじゃあない。大きな騒ぎを起こすのはご法度。それは奴らが最も恐れている事だ」


 イレーネは目を閉じ、首を軽く横に振る。次に開いたその眼は、まるでどこか遠くの景色を眺めている様だった。


「あんまりにもおいたが過ぎると、帝国から見咎められるからね。犯罪は侵すが軍の介入は受けない。そのギリギリのラインを見計らって、略奪を行っているのさ」


 拠点の多さが物をいう。大陸の至る所へと広がった悪人達。どこにいるのかも知れない彼らを見つけ出し、一つ一つ潰して回るような面倒な事は、誰も行わない。


「今はルシウスの影響で、そのラインが狂っちまってるんだ。今までなら待ったが掛かった様な行動でも、今の皇帝の下では通っちまってる。あの男は世界統一以外に興味がないからね。民草の事なんて、考えちゃいないのさ」


 イレーネの眼光が鋭さを増し、憎々しげに空を睨む。漏れ出た殺気は棘を帯び、肌を針で刺されているのではないかと錯覚する程だ。


「おかげで、タガが外れてやりたい放題。スラムがあるここ一帯はもう奪える物がないから、比較的おとなしいが…… 首都の方面は中々に酷い有様だよ」

「……つまりこれは、警告って訳か?」

「そうさ。ここ最近の奴らの行動は目に余る。何をやっても帝国がだんまりだから、勘違いしてるんだろうね」


 拳を握り込み、指をぱきりと鳴らした。


「今一度、奴らに知らしめてやる必要があるんだよ。帝国も、別に腑抜けた訳じゃない。『一角獣の骸』なんて、本気になれば簡単に握り潰せる。そんな当たり前の事実をね」


 言い終えると、イレーネは机の上に荷物を置く。

 ごとりと、木片同士がぶつかり合う鈍い音。


 不吉な輝きを放つ、黒き物体。

 ユニコーンの刻印が刻まれた――ボウガンだ。


「皇帝が動かないのであれば、仕方がない。アタシ達の方から帝国に動いてもらう様に仕向けようじゃないか!」








 トレロスの下卑た笑顔が、シグルドをなめ回す。雄弁に語るほどにその顔は崩れ、醜く醜く歪んで行く。


「私は殲滅戦が得意でねえ…… つい先日も、あのサイレス地区を落としたばかりなのだよ。将軍! 貴方ご自慢の遊撃部隊と、私の采配が合わされば……物の一瞬で片が付く!」


 彼は心の底から信じている事だろう。自身の聡明な決断こそが、帝国を正しく導くのだと。


 意気揚々と拳を掲げる、さながら道化の如く。


「さあ、弔い合戦だ! 共に悪しきを滅ぼし、ヘイムダルに安寧を! そして陛下に、勝利の報告をお届けしようではないか!!」

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