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 小さな背を追うと、都心から外れた路地裏へと辿り着いた。ゴミの溢れる一画、空気は淀み薄暗い。人の気配はゼロ。大都市ヘイムダルと言えど、繁栄の裏には闇がある。その一端が垣間見える風景だ。


「…………」


 背を向けるセブン。黙してただ直立し、待てど言葉は出てこない。先に根負けしたユーステスが、その背中へと語り掛けた。


「どうした? こんな人気のない場所に連れ出すなんて。まさか…………愛の告白ってやつか!? まさかまさかの一目惚れってか?」


 虚しきかな。おどけてみせるが、反応は無い。


(動揺も戸惑いも、羞恥も嫌悪も何もかも、一切感じない。本当に人形の様な女だな。つまらん奴め)


 返答の代わりなのだろうか。セブンはゆっくりと振り返り、こちらをひと睨み。くすんだ黄金の双眼が、ユーステスの視線と交わった。


「あの男の前では黙っていたけれど、私はアナタを認めていない。私はこれまでずっと一人だった。それで何一つだって、不自由した事は無い。だから――」


 手のひらを向け、続く言葉を制止する。酒場でのあの不満げな態度を見ていれば、嫌でも分かる。その先はこちらで引き受けるとしよう。


「パートナーなんて不要。私はこれからも一人でやっていく……と?」


 眉間に皺を刻みながら、セブンはこくりと小さく頷く。ズバリ正解を言い当てたといった所か。実に分かり易い。


「あの性悪男はどうせ、私の言う事なんか聞きっこない。けど……パートナーなんてのは真っ平ごめん。アナタの方から、組織からの脱退を申し出て。それで全部白紙になる」


 不平不満のベクトルは、どうやらこちらに向いた様だ。『性悪』と言う意見には賛同するが、意気投合出来る雰囲気にはない。極力刺激はせぬ様に、それでも伝えるべき事ははっきりと。


「俺みたいな素性の知れん奴といきなりタッグを組ませられた、お前の立場には同情する。が、それとこれとは別問題だ。俺にも俺の目的があるんでな。聞けぬ相談だ」


 睨み顔がより一層険しくなった。恨むのならばおたくの性悪さんを恨んで欲しい。こちらとて、誰が好き好んで子供のお守など……


「脱退しますで通用する程、簡単な話じゃないんだろ? ここまで来てしまった時点で、その選択肢はもう潰えてるんだよ。それに新参者の俺が入って早々、組織の方針に歯向かうなんて真似、出来ると思うか?」

「アナタがどうなろうと、私には何の関係も無い。足手まといは不要なの」


 頑なだ。

 まさに聞く耳持たず。まあ当然と言えば当然の反応ではあるのだが。


「だったら……こういうのはどうだ?」



 正攻法で突破出来ぬなら――



「今から俺とお前、二人で決闘しようじゃないか」


 力で屈服させるより他に、道は無い。



「幸いにも、ここは人の目がない路地裏だ。戦うのにはおあつらえ向きの場所だろう?」

「何で私がそんな事――!」

「言ったよな? 足手まとい()要らないって」

「…………」


 引き下がる気は無いと悟ったのか、押し黙る。

 もう一声。


「お前は俺を認めてないって事だがな。もしここで戦って俺が勝てば……お前は嫌でも俺の実力を認めざるを得ないだろ? 少なくとも、足手まといにはならないって証明にはなるか?」


 セブンは面倒そうにひとつ溜息をつくと、靴先をコンコンと鳴らして呟く。


「私が勝ったら、アナタとのパートナーは解消。反論は聞かないからね」


 いつかの元宰相殿の顔が思い浮かぶ。ルミナリアの連中ってのは、どうも決闘って単語に所縁があるらしい。


 交渉成立だ。


 ♢


 相対するは白き影。夕暮れで、輪郭がぼやける佇まい。ゆらゆらと舞う薄手の服と相まって、さながら空を彷徨う蝶の如き風貌だ。


(いや…… あの殺気は蝶と言うより、どちらかと言えば蜂か……)


 一人勝手に納得していると、不意に目が合う。


「アナタ、祝福者なんでしょ?」


 ぽつりと漏らしたセブンの疑問に、無言の頷きで応答する。ヨランがどこまでこちらの情報を喋っているかは分からぬが、別に隠し立てする様な事でもない。


「じゃあギフトの使用は禁止ね。実力を測るってなら、その方が好都合。純粋な体術のみでの勝負」


 言い終えると、セブンは太ももに両手を添える。


 二つの装甲――

 防具だと思われていたそれらに手首を収め、再び両手を引き上げる。


 すると、両手の甲に装甲が移動した。手首を数度振り、拳に馴染んだことを確認すると、スッと構えを取る。


(手甲剣だったのか…… 随分珍しい武器を使うんだな)


 対するユーステスは、懐より短刀を取り出す。小ぶりな刀身は頼りなく見えるが、作りは堅牢。その切れ味を誇示するように、黒き刃が輝く。


「分かった、ギフトは無しだ。戦いは相手を戦闘不能にするか、参ったと言わせるまでだ。良いな?」


 右手に握り込んだ短刀。

 その拳の下を包んで覆う様に、左手を添えた。

 いざともなれば左手を掻き切り、ギフトによる奇襲を行う。王道と絡め手、常に攻め手を二つ用意する。ユーステスの得意とする基本の構えだ。



 長き、沈黙の後。

 先に動くはセブン。



 いち、にと駆け――

 眼前へと迫る、白き尖鋭。



(疾いっつ――!!)


 すんでのところで短刀を振るい、切っ先を逸らす。こめかみ付近を通過した刃に冷や汗を垂らす間もなく、がら空きとなった胴に重い衝撃。


「ぐおっ……!?」


 たまらず後退するユーステス。胃袋を地面に叩きつけられた様な、痺れる痛み。先刻収めた飯の全てを、そのまま足元へとぶちまけてしまいそうだった。


「ぐうっっ……!! なっ、なにがっ……!!」


 脂汗が滴下する。眼前では足を大きく天に付き上げた、セブンの姿。一本足で凛と直立、微動だにしない驚異の体幹。



 回し蹴りだ。

 ただのひと蹴りで、この威力――


 セブンは天空へ放り出した足を地に戻すと、再び靴先をコンコンと鳴らす。まるで自身の身体の調子を確かめるかの様に、その動作は緩慢だった。



「まさか、もう終わりって訳じゃないよね」


 首を小さく傾け、目を細めるセブン。呆れと退屈を孕むその声音を受け、一拍遅れた冷や汗が背筋を伝う。



 初撃で理解した。

 この女、化け物だ。


(くそっ……! 折れては……いないか…… 首の皮一枚繋がったな)


 侮っていたつもりは無かった。だが、心のどこかで下に見ていたのだろう。


 こんな子供に何が出来る――そんな油断、慢心が。


 相手は場数を踏んでいる。小さき体躯からは想像もつかぬ、重い蹴り。刃を向けられても怯む事無く、一直線に飛び込んで来たあの潔さ。天晴だ。


 そして何より、刃を振るう腕に迷いが無い。

 人殺しに慣れている。


 下手をしたら、この俺よりも……



 セブンの首がゆらりと動く。

 瞬間、散る火花。


 左右の剣から発せられる、連撃、連撃、また連撃。


「こん……のっ!!」


 応戦するユーステス、刀身で瞬撃をいなす。一打一打があまりに疾く、強い。ナイフを握る手に、知らず痺れが蓄積する。


 次第に生まれるは手数の差。

 互角の連撃、先に天秤を傾けたるは――


「はああっつ!!」


 セブンの手甲。

 ユーステスの肩を抉り、その切っ先が赤く濡れた。


「ッつぅ……!!」


 ふらりと一歩後退するユーステスの喉元に、


「これで終わり」


 手甲の切っ先が突き付けられた。



「お見事……」

「もう分かったでしょ? アナタ程度の実力じゃ、組織に入っても早死にするだけ。さっさと脱退して、どこか遠くにでも逃げる事だね」



 剣の先端が、喉仏に触れる。

 ちくりと痛みが走り、血が一筋流れ落ちた。


 これは警告だ。


 頷かねば、この剣は喉を貫通し。

 お前の命は無い――

 そう言い渡されている。



 乱れる呼吸、頬から伝う汗。

 勝負はあった…………




 かに思えた、その刹那。

 セブンの眼前より、突如として。


 ユーステスは姿を消す。




「なっ――!?」

「終わりだ」


 セブンが振り返る事は叶わず。

 黒き刀身が、その喉元へピタリと添えられていた。



 首を僅かに動かし、ユーステスを睨むセブン。


「……卑怯」


 今の今まで、確かに正面にいたはずのこの男。瞬きする程の僅かの間に、いつの間にやら背後へと回り込んでいる。



 これは、人の域を超えている。


「ギフトを使ったね?」

「さて、何の事やら?」


 とぼけ顔でそう答えると、周囲の殺気が一段と濃くなった。


「今の動き、さっきまでのアナタとは別物。あんなでたらめなのは、ギフトの力だとしか思えない」

「言いがかりはよしてくれ。初めの内は様子見してたんだよ。お前が俺の想像以上のやり手だったんだ。おかげで、本気を出さざるを得なかった……火事場の何とやらってやつかね?」


 睨みに屈せず、ただ呆ける。証拠など、何処にもないだろう。


 ただの偶然、その刹那。

 ()()()()()()()()()()()()()、セブンの背後に移動したに過ぎない。


(ま、本気を出さざるを得なかったと言うのは本当だがな。出来る事なら、使わずに済ませたかったんだが……)


 わざわざこちらの手の内を明かしてやる必要もない。そもそも、ギフトの使用は禁止だと釘を刺されている。


「…………」


 セブンは無言で剣を太ももに戻す。反抗するかと思ったが、存外従順。戦意は失われた様だ。ユーステスはほっと胸を撫で下ろし、ナイフを懐へと仕舞い込んだ。


 その刹那。

 ぽつりと小さく、呟きが漏れる。



「アナタも私に、嘘をつくんだ……」



 セブンはつかつかと歩き出す。暗くなった辺りと同化して、徐々にその姿が見えなくなる。ユーステスは去り行く背中に声をかけた。


「おい待てよ! 試験には合格って事で良いのかい?」


 セブンは答えない。

 否、その返答はユーステスの耳には届く事がなく、


「もうどうだって良いよ、そんな事……」


 暗闇の中へと吸い込まれ、たちどころに消え行くのだった。


 ♢


 セブンの姿が完全に見えなくなったのを確認し、ユーステスは一つ息をついた。話の成り行きで思いついた決闘だったが、正直かなり危うかった。


 というよりも、実質負けていた。反則負けである。


(あの小さな体の、いったいどこにあんな力を蓄えているのやら)


 回し蹴りを直に食らった胴体が、ずきずきと鈍い悲鳴を上げている。抉られた肉の痛みは頭にキンと響き、思わず唇から息が漏れる。


(驚異的なスピードだ。正規軍でも、あのレベルの使い手にはほとんどお目にかかれないぞ。俺の周りはすばしっこい奴が多いから、何とか合わせられたが……)


 並大抵の者ならば、一撃でお陀仏だった事だろう。


 我らが『宵闇の園』の頭目様に、今こそ深き感謝を捧げねばなるまい。


 イレーネの実力は大陸でもトップクラスだ。さしものセブンと言えど、彼女の足元には遠く及ばない。基本おちゃらけてはいるが、三大ギルドの長の称号は伊達では無い。


 そんな達人から手ほどきを受けているおかげもあってか、ユーステスの成長は目を見張るものがあった。帝国の正規軍と互角に渡り合えるのも、良き指導者に恵まれたからこそだ。


「戻るか……っつ!!」


 動き出した直後、右足に激痛。脳天まで突き抜ける痛みが、全身を巡る。同時に、先日の城での決闘の顛末が蘇った。


(今回はかなり無理な動きをしたからな…… せっかく治ったばっかりだったんだが……)


 再び包帯を巻く自身の姿を思い浮かべながら、苦い顔。帰りの道すがら、ひたすらに気怠い一歩一歩を踏みしめる。ここ数日の出来事を振り返る度、足取りは一段と重くなった。


 『血麗隊』に関わったのは……悪手だったのかもしれない。


 碌すっぽ説明もせぬままに任務を言い渡す、あの無責任さ。当てがわれたパートナーとの信頼関係は、早くも崩壊した。事あるごとに脳裏にちらつく、薄ら嗤い。散々だ。


 だがそれでも、信じるより他に道は無い。


(女神様は気分屋ってか……? 今回はどんな試練をお与えになったんだろうかね)


 絡み合う、数多のえにし

 それらは全て、復讐の道へと繋がっているのだと。

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