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 親睦会とは名ばかりの、気まずい時間が過ぎ去った。終始嘘くさい笑顔を浮かべながら、ペラペラとお喋りを続けたヨラン。その言葉には一切の重みがない。


 セブンはパンを食べる事に飽くと、あろうことか眠り始めた。そもそも会話をする気がない。


(何でこんな所に来ちまったんだろうな、俺は……)


 地獄の様な時間であったが、遂に出口が見える。


「それでは、お互い存分に語らい終わった所で…… 最後にこれを渡しておきましょうか」


(お前が一方的に話してただけだろうがっ!)


 パートナーとの交流が趣旨であったはずだ。

 既に破綻している。


 そんな事は意にも介さず、ヨランは唐突に黒い箱を取り出した。机の上で静かに蓋を開けると、中に収められた幾つかの指輪が目に入る。


 箱は多数のスペースで区切られており、それぞれ下部には番号が。


『Ⅰ』から『ⅩⅩ(20)』までの数字。

 指輪が嵌ったままとなっているスペースが計八つ、残りは空だ。


「……これは、例の指輪か?」

「ご明察の通り。あらゆる厄介事から我々を遠ざけてくれる、守護龍ですね。と同時に、我があるじの意向を通達する役割も併せ持つ訳ですよ、コレが……」


 首をかしげるユーステスを見ながら、「また言葉足らずでしたね」と笑うヨラン。どうにも、こちらの反応を見て楽しんでやがるな。どうせわざとに違いない。


「この指輪はね。偽神触媒ぎしんしょくばいなのですよ」

「へえ、そいつは……」



 偽神触媒――それは奇跡を宿した、神器の総称。


 本来ならば祝福者しか扱えない神の恩寵を、この神器はあらゆる人間へと平等にもたらす。特筆すべきは『誰もが使用可能』と言う汎用性の高さ。触媒の保有数は、そのまま国力に直結すると言っても過言ではない。


(通常、触媒を個人で保有する事は稀なんだが…… かの第一皇女様と言い、皇族ってのは無茶がまかり通るみたいだな)


 第一皇女セイレーンがリーンベルに贈った『追跡のティアラ』もまた、偽神触媒だ。ティアラには三つの宝石が嵌め込まれており、脱着可能。外した宝石は外気に触れるとたちまち回転し、常にティアラの位置を指し示す。


(お転婆姫の監視にはうってつけ…… どんな理屈かは分からんが、そういう風に出来ている。まさに、"神を偽った者達が振るう、奇跡を宿した触媒"って訳だ)



「箱と指輪、セットで能力が発動します。箱に書かれている番号……これが指輪の各数字と繋がっているのです」


 ヨランは自身の人差し指に嵌めた指輪をちらつかせた。次いでユーステスの手を取ると、その手を箱の番号、『Ⅰ』へと導いた。


「何でも構いません。頭の中に、何か言葉を思い浮かべてみて下さいな」


 <何だ? いったい何の余興っ――!?>


 奇妙な感覚に、つい目を見開く。

 思考が定まらない……?

 いや、違うな。これはまるで――


「自身が思い浮かべている事が、吸い上げられているかの様でしょう?」


 したり顔で自らのこめかみを小突きながら、こちらが口にするより早く、ヨランが反応した。


 <俺の思考が、ヨランに伝わっている……?>


「理解が早くて何より! 指輪を所持している人間に対して、思念を送る事が出来るのですよ。指輪の表面をよーくご覧になってみて下さい」


 ピンと立てられた指に、顔を近づける。目を凝らすと、指輪には小さく刻まれた『Ⅰ』の文字。


 <なるほど……箱の番号と指輪の数字、それぞれが対になっているのか>


 ヨランは満足げに頷くと、自身の指から指輪を外す。するとおもむろに手を上げ、メノウを呼びつけた。


「お待たせしました。ご注文ですか?」

「お嬢さん、少々こちらの指輪を持って頂いても宜しいでしょうか?」


 疑惑の視線が突き刺さる。そんな目で見られても、これは想定外だ。とりあえず頷き返すと、メノウは訝しげに指輪を握りしめた。


「さあ、ユーステス殿。どうぞ」


 再度手のひらを差し出し、促される。相変わらず、この男は言葉足らずだ。さっきと同じ事を、もう一度やれってか?


「…………?」


 念じるも無反応、メノウは当惑している。


 おかしい。

 思考が伝わらない。


「あの~ お客さん? これはいったい?」

「あぁ! すみません、もう大丈夫ですよ!」

「はあ……?」


 ヨランは指輪を受け取り、そのまま酒のお代わりをオーダーした。去り行くメノウを視界の端に捕らえながら、指輪を手の中で転がしている。


「この指輪は、所有者を記憶します。現在の所有権は私にある…… 私が手に持った時にのみ、触媒としての効果を発揮します」

「だから、彼女には思考が伝わらなかったと?」

「実際にお見せする方が分かりやすいと思いましてね」


 やるにしても、事前に一声ぐらい掛けろ。早くもワンマンっぷりが滲み出てるな、コイツは。


「指輪に所有者を覚え込ませるのが重要なのです」


 ヨランは箱から新たな指輪を取り出すと、二つを目の前で比較した。どちらにも数字が刻まれているが、よく見るとヨランの物は数字が赤い。


 <血を……吸わせたのか?>


「おぉ! よく分かりましたね、流石の洞察力です!」


 思わず体をびくりと震わせる。不意に目線を下げると、箱の上に乗せられたままの自身の指が目に入った。


 すぐさま指を引っ込めるユーステスを見ながら、ヨランはくすくすと笑っている。


「組織からの命令は、この指輪を通して伝わります。これは我々が暗躍する上での生命線。常に指へと嵌めている必要はありませんが、肌身離さず持っていて下さいね。持っているだけでも、効果がありますから」


 そう言い終えると、ユーステスに今しがた取り出した指輪を手渡した。


 指輪に刻まれた数字は、『(5)』だ。


「箱を触っている者から指輪の持ち主へと思念が伝わる、ってのは分かった。なら、その逆はどうなんだ? 指輪の持ち主の方から思念を飛ばす事は出来るのか?」

「それが出来れば万能だったんですがねぇ……」


 ヨランは肩を竦め、フゥと一息。


「残念ながら、答えはノーです。この指輪はあくまで思念を受け取るだけ……こちらからの発信は叶いません。神々の気まぐれは我々人間の都合に合わせてはくれない、といった所でしょうか」


 ヨランは何気なく返答したのだろうが、そこは重要な所だ。こちらの思考がダダ漏れとなっては、復讐など出来ようはずもない。体のいい首輪を嵌めらている様な物。


 ユーステスからの訝しげな視線を感じたのか、ヨランはひとつ提案する。


「では、実際にやってみましょうか! どちらにしろ、その指輪には所有者を覚え込ませなければなりません。今ここで済ませてしまいましょう!」


 思い立ったら即行動と、せっつくヨラン。「やり方は既に分かっているでしょう?」とでも言いたげだ。


 無論分かっている、問題はそこではない。


『山猫亭』は、ナイフ厳禁だ。

 イレーネの手癖の悪さを呪う。


(メノウは……接客中か。チャンスだな)


 隙を見て、すぐさま懐よりナイフを取り出す。サッと人差し指の先端を切ると、瞬く間に服の中へとしまい込んだ。こんな事で出入り禁止になるのは勘弁願いたい。


 切り口から滲む血を、指輪の数字へと近づけると、


「――っつ!!」


 数字が肌に触れる一瞬、血液が逆流するような痛みが全身を巡った。たまらず体をはねさせ、反動で机に脚をぶつける始末。


 目の前でくすくすと笑う男に、怒りの眼光を向ける。


「すみません、その事は言い忘れておりました。私はつい結果ばかりを欲しがってしまう。悪い癖ですね」


 ♢


 ユーステスは指輪を装着し、ヨランの送る思念が頭に流れ込んで来る感覚を体験した。と同時に、その逆が発生しない事も確認済み。いったんはこれで安心だろうか。


「仕組みは一通り理解した。組織の任務は指輪を使って伝達されるって事だったな?」


 ヨランは手に持ったワインを揺らし、その液面を眺める。


「先程実践された通り、指輪は一方的に思念を受け取るだけ。よって、我々から殿下に対しての報告は一切不要です。放っておけば任務を達成したかどうかは、自ずと知れ渡りますから。わざわざ手記などを飛ばす必要もありませよ?」

「なんだ、随分と緩い決まりじゃないか? そんな事で成り立つのか?」


 口に含んだワインを味わい飲み込むと、目を細めながら語る。


「まああまり怠慢が過ぎると、こちらとしても手を打たねばなりませんかね……? その指輪の、前任者の様に」


 ユーステスが持つ指輪を見つめながら――

 当たり前の様に、そう言い放った。


(下種が……)


 ルミナリアの暗部に相応しい男。

 最も忌諱すべき、邪悪だ。


「……肝に銘じよう」


 内に秘めた思いを悟られぬよう、無難な返答を心掛ける。下らぬ問答でボロを出すのは好ましくない。


「言うまでもない事かもしれませんが、一応。彼女の指輪の数字は『(7)』です。あとはヘイムダルにいる残りの二人……それぞれ、『(11)』と『(12)』の連番ですね」


 未だ眠り続けるセブンを一瞥すると、とある疑問が浮かび上がった。


「俺の方が数字が若いってのは……」

「指輪は使い回しなのですよ。所有者が死んだその瞬間に効力が切れ、また新たな人間を覚え込ませる事が可能となります。数字の大小では、組織に入った順番は測れません。色々と物騒な組織ですからね――」


 視線を空中へ彷徨わせ、たっぷり間をおいて告げる。


「まあ大体は、持って三年……と言った所でしょうか?」


 不快感が身体に纏わり付く。きな臭い組織だとは思っていたが、ここまでとは思ってもみなかった。


 指輪に刷り込まれた、黒ずんだ赤。

 これまでにどれ程の血を――


 そしてふと、思い至る。


(だったら…… この女が組織の七番目の隊員で、指輪の数字が『Ⅶ』ってのは)


 こちらの思考を読み取ったかの様に、くすくすと嗤うヨラン。その嗤いの後ろで、彼はどこか昔を懐かしんでいる様にも感じられた。


「組織が設立した当初は、きっちり二十名いたのです。あの頃は指輪の数字がそのまま入団した順番になっていて…… 数字の若い者が先輩面をする事も多々ありましたねえ」


 肘を立て、両手の指を絡ませながら、ヨランは顔下を覆う。


「今でも残っている者は……数人でしょうか? 私と彼女が存命しているので、少なくとも全滅という訳ではありませんね」


 隠されたその相貌は、きっと醜く歪んでいるに違いない。


「貴方のパートナーはね、その初期メンバーの一人なんですよ。もう、八年……になりますかね?」


 ヨランの言葉を聞き、自然と首が動いていた。


 安らかに寝息を立てる、白き少女。第一印象は最悪だったが、こうして見ると無垢な顔だ。年端もいかぬ子供なのだから、当然か。


(ルミナリアは……この国は、何も変わらない。何もかも、あの頃のままだ)


 ユーステスの胸の内に、種が蒔かれた。

 まだ小さき、焔の種だ。


 だがそれは、確かな熱を帯びていた。

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