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茜色の光が空を染め上げる。酒場宿『山猫亭』が最も盛況となる、この時間帯。顔馴染みのメンツがグループを作り、いつもの場所に陣取り始めた。
「はいはーい! ちょっと待っててね!」
鳴りやまぬ酒のオーダー。看板娘メノウは、額に汗して奔走する。見慣れた光景につい口元を緩めながら、ユーステスは奥のテーブル席へと腰かけた。
(ここならカウンターからも近い。あの二人にも、ちゃんと聞こえるな)
待つこと数刻、酒場の扉を潜る男女の姿が視界に入る。メノウも接客をしながら、視界の端で来訪者を捉えた。
「二名様だね? いらっしゃい!」
男女の内、片一方は見知った顔――騎士ヨランだ。軽くお辞儀をして、そのまま周囲を眺める。相も変わらず、気色の悪い笑みを携えて。
「なるほど、街の外れにこのような酒場があったとは! 確かに、ここは穴場かもしれませんね」
饒舌に語りながら、隣に並び立つ少女に話しかける。背丈はヨランの肩程度しかない、どこか幼さの残る顔立ち。
(あの女が組織の一員なのか……? 随分と若いな……)
いや――流石に若過ぎる。
年齢は十五、六、程度だろう。
(どんな物騒な奴が現れるかと思ったんだが…… まだ子供じゃないか……)
白き髪に白き肌、服装までもが白。異様な出で立ちだ。左右の足には、何やら装甲らしき物が取り付けられている。歩く度に太ももに追従するそれらは、簡易防具の類いだろうか。
そして何より……その瞳には、光が灯っていなかった。
まるで魂が失われた、人形の様。
「さてさて、ユーステス殿は来ておられますかね……?」
軽く手を上げると、パッと花開く笑顔。二人はテーブル席までやってきて着席した。
「お待たせしてしまいましたか? すみません、色々と手間取りまして……」
「いや、良いさ。俺が勝手に早く来ただけだ。それより――」
改めて、少女の姿を見つめる。そそくさと対面に陣取り、俯く彼女。広い机にポツリと座る姿は、哀愁すら漂う。
これは、聞いていた話と大分違うじゃないか。
「ヘイムダルには三人と、言ってなかったか?」
要所要所は省略しながら話す。『血麗隊』は秘密組織、会話の内容にも自然と気を払っていた。この酒場でわざわざ聞き耳を立てる物好きはいないだろうが、用心に越したことはない。
ヨランは苦笑いを浮かべながら、頬を掻いた。
「その事なのですが…… 申し訳ありません、残りの二人は連れて来られませんでした。その辺りの経緯も含め、後ほど語らいましょう!」
「早くも計画倒れか? 先行き不安だな……」
「大丈夫です! 貴方のパートナーとなる方には、こうして無事来て頂けましたので!」
ニコニコ笑顔で隣の女を紹介するも、険しい視線を向けられている。この男は本当に、組織のヘッドなのだろうか……?
ヨランはテーブルの上に置かれた木の樽に目線を向け、そこから丸まったメニュー表を取り出した。暫しの思考の後に手を上げると、メノウがぱたぱたと近づく。
「今日は私が奢ります。じゃんじゃん頼んでしまってくださいね!」
♢
一通りの注文を終えると、早速自己紹介の時間と相成った。何事も、機先を制する者こそ勝者足り得る。たとえそれが親睦の席であろうと、先に動くが吉。
(とは言え、コイツらに話せる事なんて限られてるんだがな)
相手は子供、どう接するべきだ?
やはりここは、物腰優しい好青年を装いますかね。
「俺の名前はユーステス! 皇女リーンベルの元騎士で、以前は旅人として大陸を放浪してたんだ。昨日ヨランから誘いを受けてな。組織への入団を促されたって訳だ。ひとつ宜しく頼むぜ!!」
「…………」
無視――!?
語尾に「!!」が付きそうな程の、これ以上ないってくらい爽やかな第一印象だったろうに。出鼻を挫かれた。
「そちらさんのお名前は? 何て言うんだい?」
「…………」
無言――
「組織は二人一組での行動が基本との事だったな? パートナーになるってのは、もうヨランから聞いているのか?」
「…………」
沈黙。
「これからは相棒同士だな! お手柔らかに頼むぜ!!」
一縷の望みを掛けて、片手を差し出すも、
「…………ハァ」
プイっと顔を背けられた。
このガキっ――!!!!
白き少女は動かない。机の上に視線を向けたまま、一言も発しない。あまつさえ、溜息すら漏らすこの有様。対話終了、もう終わりだな。
見かねたヨランは肩を竦め、代わりに返答を行う。
「すみませんね、ユーステス殿。彼女は少々人見知りでして…… 緊張しているのだと思いますよ」
差し出した手は握り返される事なく、ユーステスはそのまま手を引っ込めた。別に良いさ、こちらも本心から歩み寄っている訳ではない。
ヨランは困り顔のまま少女の顔を覗き込み、声音優しく語りかける。
「まだ拗ねているのですか? 組織の任務は二人一組が基本なんです。貴方だけがいつまでも例外、という訳にはいかないでしょう? 彼の能力には私も太鼓判を押しますよ! それに――」
口元が歪む。
嫌悪感を催す、ヨランの嗤いだ。
歪んだ唇を少女の耳へと近づけ、こちらからは聞き取れぬ小さな声量にて、囁く。
「彼からは、貴方にとても近しい匂いがします…… きっと良きパートナーとなる事でしょう! これまでの者達とは違ってね……!」
小さな眉が僅かに動いた。初めて見せた、人らしき反応だ。いったい何を吹き込まれたんだ?
「…………私は……七番と呼ばれてる」
そこまで話し、再び重い静寂が横たわる。暫し待ったが、その先に言葉は続かなかった。ようやく喋ったと思ったらコレか?
「七番? なんだそれは、名前か? 随分とユニークだな。だが、出来れば本名を教えてもらいたい。でないと自己紹介にならないだろう?」
取り繕うのももう止めだ。口調を戻し問いかけるも、少女は黙りこくっている。ヨランはワインを持ち上げながら、代わりに説明した。
「彼女には名前がないのです。ですが、それでは任務に支障をきたします。よって組織に入った折、私が便宜上で名を与えました」
グラスに口を付け、ごくりとひとつ喉を鳴らす。口を放すと、目を細めながら続けた。
「組織の『七番目の隊員』、よって『七番』です。ほら? 分かりやすいでしょう?」
気味の悪いにやにや嗤いを浮かべながら、さも自慢げに語るヨラン。その顔を見るに、どうやら本気で言っている様だ。
(何となく分かっちゃいたが…… やっぱり腐ってやがるな、この男……)
少なくとも、人間に付ける名前ではないだろう。
囚人か何かか、それは?
「お客さーん、こちら注文の品です!」
飲み物に次いで、メノウが続々と料理を運び始める。肉、果物、パン、色とりどりの料理がところ狭しとテーブル上に並んだ。
「これから貴方がたは一心同体。組織の任務は苛烈です。互いに協力し、是非とも最良の結果を掴み取って下さいね!」
嬉々として語るヨランに、頭かジンジンと痛み始める。
(馬鹿を言うな! コミュニケーションすらままならない相手と、この先ずっと一蓮托生ってか?)
第一、相手は明らかな子供だ。こんな奴の子守りをしながら帝国を出し抜くなんて真似、出来る筈も無い。
「おや? 随分と不服そうな顔ですね? 不安ですか?」
コイツ……
分かり切っている事を、いけしゃあしゃあと。
「貴方達をこうして引き合わせたのも、私の思惑あっての事です。ユーステス殿を一目見た時、ピンと来ましたよ! 彼女と釣り合いの取れる人材は、貴方しかいません!」
「そりゃまた、随分と高く評価されている様で何より」
現状、足枷としか思えないがな。
「パートナーとの連携は、まさに生死を分かちます。関係が拗れて残念な結末になった者達を、私は大勢見てきましたから!」
ピクリと。
隣に座る少女の頭が動いた。
「任務では必ず二人で行動、これは厳守して貰います。私生活まで干渉するつもりはありませんが……まあ、あまり距離を置くのはお勧めしませんかね。背中を任せるには、相応の信頼関係が重要なのでしょう?」
ヨランは両手の人差し指を立て、ニヤリと嗤う。
「そうですね、さながらお二人は――」
それをゆっくりと、眼前で近づけた。
「つがい、と言った所でしょうか?」
何気なく放ったその一言が、決定的だった。
この男は俺達を、人としては見てはいない。
都合の良い駒、家畜の様な物――
そんな本心が垣間見える、一言だった。
「彼女の事は…… これから、何て呼べば良いんだ?」
「? 今さら何を? 先程から何度も言っているではありませんか? 『ナナバン』でも、アレでもソレでも。お好きな様に」
興味なさげに答え、ヨランは運ばれてきた料理に手を付け始める。
(信頼関係が重要だと、今さっき口走ったばかりだろうが。コイツに聞いた俺の落ち度だな)
好きな様にと言われたら、こっちも勝手にさせてもらう。この女も、名前に頓着は無いのだろう。
七番以外なら、何でも良い。
七、七ね……
「じゃあ……セブンで」
言葉を聞き、眼前の少女と初めて視線が交わった。くすんだ黄金色が、ユーステスの目を真っ直ぐに見つめる。
「…………」
光を失ったその双眼が、いったい何を言わんとしているのか。今のユーステスには、理解が出来なかった。
♢
「そう言えば、今日来なかった残りの二人ってのはどんな奴らなんだ?」
「変人」
セブンがパンを千切りながら、間髪入れずにそう答える。酷くつまらなそうな顔をしながら、もそもそと口の中へと詰め込んだ。備え付けのりんごジャムが泣いてるぞ。
ヨランは苦笑いをしながら言葉を引き継ぐ。
「本当はこの場に全員揃っていて欲しかったのですがね…… 私達が呼びに行った時に、丁度お二人はまぐわいの最中でして――」
店の喧騒が心地よい。
あくせく働くメノウ。今日も笑顔を振りまいて接客を行っている。たまに客のテーブルに混じっては、会話に花を添えている。
そんな店の広間を見渡しながら、マスターは鼻歌交じりに皿を拭く。丁度パンが焼き上がった頃合か。厨房の奥へと引っ込んだ。
ユーステスが愛する、いつもの光景。
いつもの『山猫亭』。
実に平和だ――
「…………聞き間違いか?」
「いえ、残念ながら」
前途多難だな。




