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 リーンベルの騎士という肩書を失った事で、皇族との縁は立ち消えてしまったと思っていた。皇帝に近づくならば、周辺から迫るのが最善手。繋がりがなくなったのは痛手であったと、先日イレーネに愚痴ったばかりだ。


 この話、何としてでも手に入れる。


「悲願達成? 実際に何をやるのかまでは言及しないあたりが気掛かりですね。まあ先程の口振りからして、『血に狂った獣』に相応しい仕事をさせる気なのでしょうが……」


 ヨランは満面の笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。


(良し、先ず先ずの好感触……! 洞察力の方も、お眼鏡にかなったと言った所かね)


 心の内で拳をグッと握る。すぐさま入団の返答を行いたい気持ちを抑え、会話を引き延ばす。あまり前のめりでも不自然だろう。


「一つだけ、教えて頂きたい。その『血麗隊』とやら、軍での扱いはどうなるのですか? 貴方は騎士と組織の頭、両方を兼ねているとの事。でしたら、騎士の称号を失った私の立ち場は? 帝国軍に所属しながら、同時に組織の一員を名乗る訳ですか?」


 ヨランは一瞬目をぱちくりとさせると、声を出して笑った。


「そんな訳ありませんよ! 我々が目立ってしまっては本末転倒でしょう?」

「如何に騎士とて、肩書きを失えばただの人。軍に所属しないとなると、帝国内では肩身が狭い。必然、行動出来る範囲も狭まるかと」


 そんな疑問を一蹴するかの如く。ヨランは手のひらの上の指輪を摘み、眼前で揺らした。


「そんな時はこれの出番です。この指輪の裏側には……」


 指輪の角度を変えて、更に近づける。石座の裏側を覗き込むと、思わず息を呑んだ。


「驚きましたか? ご覧の通り、『龍』の刻印が刻まれているのです。殿下が直々に彫らせた、特注品ですよ?」



 帝国における『龍』とは、権力者の象徴。皇帝ルシウスに連なる者達のみが纏うことを許された、皇家の称号だ。


 大陸には数多の幻想生物が根付いている。


 その生態系の頂点に君臨するのが、龍種。彼らの怒りは時に天変地異として、大陸に消えぬ爪痕を残した。今なお人々の魂には、龍に対する根源的恐怖が刻まれている。


(なるほどな。訳も分からん組織の人間が好き勝手に振舞えるのは、この指輪のお陰ってか……)


 皇族は代々より移動手段として龍を飼いならし、使役している。寄皇龍(きこうりゅう)と呼ばれるその龍は、常に皇族に寄り添いながら天空を駆けた。


 『龍』を謀る事はそれ即ち、死を意味する。

 それ程までに、重き印だ。


「我々はあくまでも特殊部隊の一員、軍の規律には縛られません。もし面倒ごとに巻き込まれそうになったら、この指輪を見せれば大抵の人間は沈黙します」


 帝国内部に潜みながら、自由に動き回れる『血麗隊』と言う立ち位置。まさに理想的だ。理想的過ぎる――寒気がする程に。


(やってくれたじゃないか……! 今日の女神は大盤振る舞いだな、オイ!)


 ユーステスは笑い出しそうになるのを必死にこらえ、背筋を正す。


「事情は分かりました。私も主であるリーンベル様を失い、丁度我が身の置き場を考えていた所です。剣を振るうしか取り柄のないこの私を未だ求めて頂けるとは、身に余る光栄――」


 椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。


「そのお話、是非とも引き受けさせて頂きたく思います。アーノルド殿下にとって、我が刃が有益な物となる様に……全霊を尽くします」


 ヨランはゆらりと椅子から立ち上がると満足げな笑顔を浮かべながら、ユーステスと固い握手を行うのだった。


 ♢


「組織の構成員は各都市に散らばっています。基本的には、皆が自由行動。殿下の招集が掛かった時にのみ、各々が任務に当たるのです」

「ということは、このヘイムダルにも?」

「ええ、三名ばかり……」


 窓際へと移動した二人。遠くの風景を見つめながら、ヨランは口を開く。


「組織では二人一組での行動が基本です。大規模な作戦時は、その限りではありませんが…… 貴方にも後日、パートナーを当てがいます。ヘイムダルには丁度、あぶれ者がいますからね」


 視線を街の方角へと向けながら、くすくすと笑う。


(二人一組……互いを監視させてるってとこかね?)


 組織からの離反を防ぐ、最も手頃かつ有効的な手段だろう。存外考えられている。


「私は近いうちにここを発ちます。それまでに、互いに自己紹介を済ませてしまった方が良いでしょう。親睦会でも開きましょうか! ユーステス殿、どこか良い店を知っておられますか?」

「店ですか……」


 脳裏を猫がよぎった。

 意図せず、恩返しが叶いそうだ。


「ここから少し距離はありますが…… 隠れ家的な酒場宿があります。街の中心から離れているので、初見の客はまず入って来ません。常連も、皆何かしら事情を抱えた者が多い。互いに余計な詮索はご法度、おあつらえ向きかと」


 「素晴らしい!」と、ヨランはニコニコ笑いながら数度手を叩いた。


「ユーステス殿は、街にもよく顔を出しておられるのですね! 私も見習わなければなりませんね」


 口角を上げ、ニコニコ笑いを浮かべるヨラン。


 何だろうか、この違和感は?


 先程から、この男の笑い顔には引っ掛かりを覚える。


 端的に言えば、嘘くさい。

 気持ちが悪い。


「では、そこにしましょう! 後ほど店の名前と、おおよその場所だけ教えて下さい。私の方で隊員を連れて行きます。開催は……明日の夕刻で宜しいですかね?」


 無言で頷くと、ヨランは目を細めて満足げだ。


「それと……これからは同志となるのですから、敬語なんて堅苦しいのは止めにしましょう! 組織の者達にも、そのような気遣いは不要ですので」


 何だ? 急に距離を詰めて来るじゃないか?

 どういう心境の変化だろうか?


 何にせよ、良い傾向だ。

 互いに気さくな会話が出来てこそ、早期に信頼を勝ち取れると言う物。


「了解だ。俺も肩肘張ったのは好みじゃない。これからはお互い対等にな! 理解のある先輩で助かるよ、ヨラン」

「流石、順応が早いです! 伊達に旅人から騎士へと成り上がった訳ではありませんね!」


 ヨランはくすくすと笑う。


「私は貴方のその適応力も買っておりますよ、ユーステス殿! いやはや素晴らしいですね!」

「…………」


 どうにも、俺は勘違いをしていた様である。


「……人には敬語を止めろというくせに、自分は口調を変えないのか?」

「いえいえ、お気になさらずに。私はこれが平常ですので。これでも裏表のない性格だと自負しておりますよ?」


 人をおちょくった様に笑う、その有様。

 遅まきながら、ようやく理解した。


 コイツは狸だ。


 他人には気遣い不要と言いつつも、自身は胸の内を明かす気など一切ない。


 敬語と言う壁で他者を遠ざけ、誰にも本心を見せる事なく高みで笑う。さながら仮面の騎士。


 ユーステスはこの男の本質に、ほんの少しだけ手が触れた気がした。


 ♢


「時にヨラン。俺が入団するかどうかの返事をする前に、随分と組織の内情を喋っていたが…… 俺が誘いを断って、情報が外へと漏れるかもしれないとは考えなかったのか?」


 きょとんとした顔がこちらを見つめる。何かおかしな事を言っただろうか? 至極当然の疑問だと思うのだが……


 次いで口角を上げ、歯を見せながらくすりと嗤う。


(この表情……集会の時にも見たな……)


 これまでに何度も見かけた、ヨランの笑顔。その全てが、どうにも嘘くさく感じていた。


 今この瞬間、その疑念は確信に変わる。


「ククッ……! アッハッハッハ……!!」


 仮面の笑顔を、取り繕うのではなく。心の奥底からこみ上げる愉快さに抗えず、ついつい漏れ出てしまったのだとでも言いたげな。


 そんな彼の、()()声。


「断る? そんなはずはないでしょう! 気付いていなかったのですか? ユーステス殿……私の説明を聞けば聞く程に、貴方の顔は酷く歪み――」


 人差し指をそっと、自身の口に添える。


「その口元が、嗤っていましたよ?」

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