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ニコニコと不気味な笑顔を浮かべながら、懐にするりと入り込んだヨラン。改めて間近で見ると、端正な顔立ちがより際立つ。
ひとたびエデンへ出向いたならば、界隈からは引く手あまただろう……そんな呆けた考えが脳裏を掠める。
「おや? どうしましたか、ボーっとして?」
不覚ながら、下らぬ指摘を受けてしまった。集会が無事終わり、どうにも気が緩んでいる。
「失礼。急な呼び掛けに、少し動揺しておりました。こうして直接話をするのは初めてですね、ヨラン殿。いかがなさいましたか?」
口元に笑みを浮かべ、こちらを見つめるヨラン。掴み所のない視線だ。思わず目を背け俯いた耳元に、唇が近づく。
「そう身構えなくとも大丈夫ですよ。ここで話すのもなんですから、移動しましょうか」
用件は分からぬが、何やらきな臭さが纏わり付く。どうやらこれは、人目に付かぬ所を選定するのが吉だろう。あてもなく歩き始めたユーステスの脳裏には、そんな思考が浮かんでいた。
♢
(結局のとこ、最適なのはこの場所って事かね)
先日アイムを連れてやって来た城の一室、もとい密談部屋。どちらともなく、空いた席へと二人は腰かけた。
「早速ですが、本題に入りましょう」
ヨランは椅子のひじ掛けに腕を乗せ、両手の指を絡め合わせた。右の人差し指からは、黒紫の指輪が異様な光を放っている。
(騎士ヨラン…… わざわざ呼び止めてまで何を語るか……見物だな)
「私は回りくどいのが好きじゃない。単刀直入に言いますね」
絡めた両手を、ゆっくりと口元へ。顔半分が隠れ、その表情は伺い知れない。
「ユーステス殿。貴殿のその力……我が主、アーノルド殿下へと捧げるつもりはありませんか?」
「…………何っ?」
つい素っ頓狂な声が漏れる。
唐突に――何を言い出すんだ、この男は?
返す言葉もなく、ただ絶句。まだお互いに、二度しか顔を合わせた事の無い相手だ。言葉の真意を測りかねると言う物。
「ん~ 単刀直入が過ぎましたかね? 私はいつもこれで、殿下に叱られる。良くない癖です」
こちらの反応を愉しんでか、ヨランはふふっと笑う。予想だにしない先制攻撃を受け、早くも相手のペースに乗せられた。自ずと警戒レベルを引き上げる。
「少しばかり、順を追いましょうか。ユーステス殿、貴方のお噂はかねがね。リーンベル皇女の騎士、出自不明の旅人。そして『強奪』の異名……複数のギフトを使役する、稀有なる祝福者と」
眼前で組んでいた手を解き、指を一本、二本、三本と数え上げた。酷くつまらなそうな目をしながら、三指を中空で彷徨わせている。
「色々と聞いてはおりますが…… まあそんな事は、どうだって良いのですよ。私にとって、真に重要なのは――」
ヨランは腰を浮かせ、ユーステスの目の前へと顔を寄せた。
「貴方……随分と人を殺めておりますね? 恐らく、十や二十じゃ足らない……違いますか?」
この男、随分と――
勘が良いじゃないか。
「その質問に、意味があるとは思えませんね。ご存じの通り、私はリーンベル様の騎士でした。荒事に巻き込まれる事も――」
「そりゃ一度や二度くらいならあるでしょう! ですが、コレはその比じゃない!」
「……もし仮にそうであったとしても、その事と貴方に、いったい何の関係が?」
頭から爪先に至るまで、隅々を舐め回すヨランの双眼。まるで薄汚れた泥水が渦巻き、全身に絡み付いた様な。
そんな、不快感を覚えた。
「その返答は、もう認めてしまっている様な物ですね! いえ、別に糾弾しようって訳ではないのですよ? 私の知り合いに少しばかり、貴方と良く似た匂いを漂わせる者がおりましてね」
「はあ…… 匂いですか……?」
「自分では中々気付けない物なんですよ! どれだけ隠そうとしても、決して叶わない――」
瞬間、背筋が凍る。
『醜悪』としか形容出来ぬ。
そんな微笑みを携えながら。
「貴方が漂わせる、濃くて芳醇なその血の匂い。体の隅々まで、こびり付いておりますよ? さながら、血に狂った獣の様に……!」
騎士ヨランの相貌は――
酷く、歪んでいた。
全身の細胞、隅々に至るまで。この男は危険だと警鐘を鳴らす。
同時に悟った。
コイツは、闇の世界の住人。
自分と――「同類」なのであると。
「ヨラン殿、いったい何が言いたいのでしょうか? 生憎と察する力に疎いものでして……貴方の言わんとする所が分かりかねます」
何故、このタイミングで声を掛けて来た?
こんな事を言う為に、わざわざ呼び止めたのか? 目的はなんだ?
俺の本当の姿に、気付いているのか?
だとすれば、今ここで――!
「難しい事は何一つとしてありませんよ。貴方には『誇り高き騎士』よりも、もっと適した役割がある。ただそれだけを、お伝えしたいのです」
言い終えると、ヨランは指輪を外した。全てを飲み込む様な深い黒紫が、手の内で怪しく光る。
「アーノルド殿下が設立した、特殊部隊。名を……『血麗隊』と言います。私は騎士であると同時に、その組織の頭も務めているのですよ」
……突然何を言い出すんだ? この男は。
「そんな部隊は聞いた事がありませんね」
「それはそうでしょう! 秘密組織なのですから! 逆に情報が漏れ出ていたら、私の立つ瀬がありません」
くすくすと笑いながら、ヨランは説明を続けた。
「ユーステス殿。貴方には我らが『血麗隊』の一員になって貰いたいのです。他者のギフトを奪う、類い稀なるその異能。そして何より、貴方の奥底に潜む、昏き闇…… まさに、理想の逸材なのですよ……!」
手で転がしていた指輪を、親指で頭上へと弾く。落下する指輪をキャッチし握りしめ、ユーステスの眼前でその手をパッと開いた。
「アーノルド殿下の悲願達成の為…… 是非とも、我らと志を共にしませんか?」
なるほど思惑は割れた。
つまるところ、これは勧誘だ。
得体の知れぬ組織の一員になれと――ほぼ初対面同然の相手に。眼前の騎士様はそう呼び掛けている訳だ。
(胡散臭さも、ここまで来るといっそ清々しい……)
一体何がヨランの琴線に触れたのか、説明を受けた今でもサッパリだ。血の匂いだか何だか知らないが……ともあれ、その嗅覚は侮れない。
確かにリスクはデカい、だがそれ以上に――
これは願ってもない話でもある。




