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弦を張ったかの様に、空気が強張る。
やはり、嗅ぎ付けて来るか――
背筋に伝う汗。
溜飲すら忘れる、極度の緊張。
喉が渇く。
「城に滞在する数多の兵士……その誰もが、侵入者と思しき人影を見てすらいない。この事が、どうにも引っ掛かるのです」
完璧過ぎる潜入が、仇となったか?
だがそんな物は、こじ付けでしかないはずだ。
「もしも、相手が顔馴染みの人物であったのならば? 敷地の構造に詳しい者であれば、警備の隙間をかいくぐれる。姫様のいた離宮まで、疑いなく侵入出来ましょうぞ」
流れが悪い。
ここらで何か、発言しておくべきか……?
だが、墓穴を掘る可能性も……
「そして、姫様の虚を突き、護衛の二人を返り討ちにする事も叶うのではと――」
「将軍っ!!!!」
机をバンと大きく叩き、トレロスが立ち上がる。怒りで震える指をシグルドへと向けながら、喚き散らした。
「貴方はっ!! 我らが誇り高きルミナリア帝国の中に、そのような下賤な輩が紛れ込んでいると! そう言いたいのか!? それは我らが主、ルシウス陛下の絶対統治そのものにも疑問を抱く蛮行だぞっ! 言葉を控えよっ!!」
片や、その程度では動じない。
「姫様の離宮は城の敷地内にあるのです。ここは周りを塀で囲まれた、孤立無援。いかように暗殺者が入り込んだと、貴殿は思われますかな。トレロス殿?」
反論を促され、奥歯をぎりぎりと鳴らす。直ぐには言葉が出ないのか、怒りに任せて机をバンバン叩き散らす。
「お前ら祝福者なら、良く分かっているだろっ!! ギフトを使ったか? 偽神触媒か? お前が唆した決闘とやらのいざこざを隠れ蓑にして、どこかしらに紛れ込んだのやもしれんな!? 可能性なぞ、いくらでも考えられるだろうがっ!!」
なるほどな――
こいつは確かに、女神からの贈り物だ。
シグルドが主導権を握るこの状況。こちらの味方に付いてくれるのは、この男ただ一人だけという訳だ。
威厳は無いが権力はある。愚者が上に立ってくれること程、動きやすい環境はない。
「将軍……貴方とて、陛下の寵愛を受けた祝福者の一人であろう? いけませんなあ、貴方がそんな有様では…… トップがこれでは、遊撃部隊の底も知れるという物ですよ」
「黙って聞いてりゃ言うに事欠いてっ!! きさまっ!!」
レギウスの椅子が倒れる。立ち上がり帯剣した柄に手を掛けようとするのを、しかし対岸のシグルドは無言で手を伸ばして静止した。
「将軍、貴方は兵士だ。政は全て、この私に任せておけばそれで良い。なに、簡単な事ではありませんか? 相手は分かりやすい証拠を置いて行ってくれたのだ」
シグルドの肩に手を乗せながら、トレロスが下卑た笑みを浮かべる。
「部下が殺された事がそんなにも無念というならば、是非とも敵を打ち滅ぼす手伝いをしてくださいな。襲撃者がいつまでも近隣をうろついているとなれば、民も不安に思うだろう? ヘイムダルの混乱を収める為にも、早期解決が求められるのだ」
全員の視線がトレロスに集まる中。
ユーステスは、見逃さなかった。
痴態を晒すトレロスのその隣――
ヨランの表情が、嗤っている事に。
「民に安寧をという点では、私共の想いは皆同じです。ですが――」
「皇帝陛下はヘイムダルの統治を、このわ・た・しに任されたのだ! いかにセイレーン様と言えど、口出しは無用です!」
黄ばんだ歯を見せながら笑うトレロスと、押し黙る面々。これもまた、ルシウスの生み出す地獄の一端だ。
「そちらで掴んでいるギルドの支部の情報を、私の部屋まで持って来て頂きたい。ルミナリアに反逆する者共を、一人残らず殲滅するのだっ!!」
皇帝の名のもとに、不条理が堂々とまかり通る。まさに、現ルミナリアの象徴と言っても良い構図。
たとえそれが、愚者の裁定であったのだとしても。
(皇女襲撃の件については、これで一段落か…… 手助け感謝するよ、トレロス殿)
♢
トレロスの怒涛の剣幕にて、集会はそのままお開きとなった。後半は発言する機会が無かったが、訝しむ様な者は居ないだろう。それどころの話ではない。
(集会の席では役に立ったが、あの浅慮は度し難いな。今後の動向には要注意か)
思案しながら廊下を歩む。すると、いつの間にやら眼前に迫った影。予期せぬ相手から呼び止められた。
「ユーステス殿。少し……付き合いませんか?」
不穏、その二文字がしっくりくる。先程浮かべていた、あの薄ら寒い笑み。少なくとも、笑う場面では無かった筈だ。見間違いか?
「大丈夫、あまり時間は取らせませんよ。それに貴方にとっても、悪いお話ではないかと」
ゆらゆらと、亡霊の様に。
騎士ヨランが、ユーステスの懐へとにじり寄った。




