25
「では、少々脱線しましたが――」
ヨランはひとつ咳ばらいをして、本題に移った。
「先ずは私共がこの街にやって来た目的。皇帝陛下の勅令について、改めてお伝え致します」
その言葉を聞き、数名の顔に影が差す。明らかに場の空気が重くなった事で、思わずこちらも身構える。
皇帝の勅令……いったい何事だ?
「ヘイムダルの今後につきまして。現在暫定的に統率して頂いているセイレーン様に代わり、以降はアーノルド殿下が引き継ぐ事が正式に通達されました」
ヨランはスッと羊皮紙を取り出し、机上に置く。目を凝らすと、紙面の上には『龍』の刻印。
そして、第一皇子の名を発見した。
(差出人は……ウルジオか…… どうやら首都の方で動きがあったみたいだな)
セイレーンは苦悶の表情を浮かべ、瞼をぎゅっと閉じる。
「私の……力不足ですね…… 今でも必死に尽力頂いている方々を差し置いてここを去るのは……心苦しい限りです」
「何を言っとりますか、セイレーン様! 貴方様の顔を見た時の民草の表情を、覚えておいでですか? 街の混乱がこの程度で収まっているのは、間違いなくセイレーン様のお陰! 急ぎ駆けつけて頂き、本当に感謝しておりますぞ!」
「シグルド…… お心遣い、感謝します。そう言って頂けると、救われます……」
和らいだ雰囲気の中、ユーステスもほっと胸を撫で下ろす。
(勅令ってのはこの事か……? いったい何が飛び出すのかと思ったら、こりゃ拍子抜けだ……)
帝国最東端の大都市、レストマーレ。北東のヘイムダルと隣接する、ルミナリア最大の軍事拠点だ。共和国との戦争の最前線に当たるこの都市を統べる皇族こそ、何を隠そう第二皇子のアーノルド。
であるならば――
これはあくまで、想像の範疇。
ヘイムダルに最も近い都市に住む皇子アーノルドが、リーンベルに取って代わる。ただそれだけの話。
肩肘張った分、力を抜いた時の落差も大きい。
すっかり警戒心も解けた。
あとはもう一つの議題、皇女襲撃の件を有耶無耶にするだけか――
「ただし、殿下は基本的にこちらに顔を出す事はありません。政に関しては、別の者が執り行う運びとなりました。これはルシウス陛下の采配です」
ヨランがいい終えるや否や、ダンっと無遠慮な音が響き渡る。机を両手で叩き、突如として小男が立ち上がる。
正直、すっかり失念していた。この集会にはもう一名、馴染みのない顔が出席していたじゃないか。
全員の視線が集まる中、男は高らかに宣言した。
「私こそが、ヘイムダルの新たなる支配者だ! ここは他の皇族が統治する都市と比べ、荒れ放題の酷い有様よ! 門兵共も随分とたるんどったぞ! 規律がなっておらんのだ、規律がっ!」
自身の胸を拳で叩き、ご高説宣う。
「だが、私が来たからにはもう心配はいらぬ! 私は皇帝陛下の寵愛を賜った――選ばれし者だ! 陛下のご期待に添えるべく、必ずやこの都市を蘇らせる! そしてルミナリア全土に――いやっ、この世界にっ! 大都市ヘイムダルの名を轟かせて見せようぞっ!!」
有無を言わさずそう捲し立てると、仁王立ちで胸を張る。
あまりの事態に、場は静まり返った。
他の皇族達を引き合いに出し、ヘイムダルの現状を嘆く。暗にリーンベルを揶揄する、無礼極まりないその発言に、セイレーンは俯き眉をひそめた。
小男を睨み付けるレギウス。その眼光は相手を射殺さんばかり。みるみるうちに鋭さを増す。人差し指で机を叩きながら、声を張り上げた。
「おたくさん。御大層な事を口にする前に、先ずは名乗りでも上げたらどうだい? 周りをよく見渡してみな? 第一皇女セイレーンに、皇族騎士のヨラン。将軍シグルドと元騎士のユーステス。層々たるメンツだ。あんただけ明らかに、名が足りていないだろ?」
肩を竦め、更に追撃。
「先ずはこの集会で、自分の名を轟かせるのが先なんじゃないか? どうだい? ん?」
一瞬ぽかんと固まった小男は、遅れてぷるぷると震え出す。瞬く間に朱色に染まった頭部、熱で湯が沸かせそうだ。
「きっさまっ――! たかが騎士風情が、この私にその様な口をっ……!」
憎々しげに唇を吊り上げる男の姿に、ユーステスは確信する。
こいつは、とびっきりの爆薬だ。
(宰相殿の後釜はどうなるのかと思っていたんだが…… これも――女神の思し召しって事なのかね)
何事も無く終わりそうだった集会に、暗雲立ち込める。
皇帝陛下の寵愛だ?
実の家族すら使い捨てるあの男が誰かを愛する事など、ある物か。寝言は寝て言え。
空気の読めぬ愚か者、この様な手合いが最も恐ろしい。次はどんな虚言が飛び出すやら、分かったもんじゃない。
(女神が遣わしたってんなら、俺にとってはプラスに働くはずなんだが…… いや、しかし……コレは……)
眼前で歯ぎしりする小男に、どうしたって神の姿を重ねる事は出来なかった。




