表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/34

10

「エデンの問題は、姫様が考えておられるよりずっと繊細です。これは帝国の――いえ、大陸の長い歴史の中で、我々が生み出してしまった罪過。言うなれば、世界の暗部なのですよ。先の二人がやっている行いを、正しい事とは言いません。ですが、手出しをするべきでもない。この世界の均衡を保つ為に、エデンは不可欠。必要悪というやつですな」

「そんな悪があってたまるものですか!! あんなの、ただの不純な店じゃないっ!! たかがいちギルドの分際で、あんな店を堂々と経営していること自体が異常よ!? 分かってる!?」


 体格差を物ともせずに、突っかかるリーンベル。ユーステスは無言で俯き目を瞑っている。主人の怒りに対し、肯定も否定も行わない。


 ただその顔には、深い陰りが浮かんでいた。

 苦渋の表情は闇夜に紛れ、幸い誰の目につくことも無かった。


 烈火の如く怒鳴るリーンベルを相手に、シグルドは物怖じせずに言葉を続けた。


「権力者とは得てして、略奪者へと陥りやすい。税を増せば、その分民は困窮する。軍備増強の為には仕方が無いと、切って捨てる事も出来ましょう。ですがやはり、それだけでは世界は回らんのです。民から吸い上げた物を、還元する先が必要なのですよ。たとえそれが姫様の言う、不純な店であったとしても」

「もう良いわ。シグルド、結局あなたも同じ穴の狢と言う事かしら? それっぽい理屈を並べて、あのエデンとか言ういかがわしい店を庇い立てしている様にしか見えないわ。はっきり言えば良いじゃない? 店が無くなったら、自分も困るんだって! ほんっとうに不潔っ……!」


 唇を歪め吐き捨てると、宣言する。


「あなたが当てにならないのなら、もう結構。作戦については、この私自らが指揮を執ります。私が統治するヘイムダルに、穢れは不要っ! 全て潰すわ。徹底的にね」


 こうなってしまったら、リーンベルを説得する術は存在しない。これ以上の追及はやめて、この場から立ち去るのが賢明だとシグルドは判断した。


「姫様。思う所は多々あるかとお見受けしますが、くだんの件はまたの機会にでも語らいましょう。決して早まった行いだけはせぬように、お願いします」


 そう釘を刺すと、最後にユーステスへ声掛けをするべく向き直る。


「いささか話が逸れてしまったな…… ユーステスよ。此度の決闘、素晴らしかったぞ! あの劣勢を良くぞ覆した!」 


 称賛の言葉と共に肩をポンと叩く。巨人からの一撃は当人が思っている以上に強烈であり、ユーステスは思わず顔をしかめた。


「だが、おぬしが最後に見せたあのギフト。【瞬間活性エンハンスモーメント】だったか? 肉体への負荷が相当だな? 呼吸の乱れはまだ収まりきらんか?」

「…………流石ですね、隠していたつもりですが。貴方ほどの武人ともなれば、やはりわかりますか?」


 額にはわずかではあるが汗が浮かび、呼吸もかすかに乱れている。言われればそうだと感じる程度の若干の違和感。シグルドは真っ先に看破していた。


「先程より歩き方も覚束ない。足をやったか? 剣を拾った際の方向転換で、筋肉を痛めたのだろうな。地面を蹴る際の踏ん張りどころ、余程大きな力が掛かったに違いあるまい?」


 ユーステスは両手を上げて降参のポーズを取った。観察力、洞察力、全てが申し分ない。あの一瞬の動きの中で、よくぞここまで見抜くものだと舌を巻く。


 常人ならば、何が起こったかすら理解出来なかったであろう攻防。それをここまで丸裸に。ルミナリアの将軍の名は伊達ではない。


「おぬしが以前より愛用していた【血性変化ブラッドアルター】も、肉体への負荷が大きいギフトであろう? 此度披露したギフトも、中々扱いづらい性能に見えるな。だがまあ、何てことは無い! 修練を積めば、いずれ自身の手足のように使いこなせるであろうよ! 今後も励めよ、ユーステス!」


 右腕を上げながら、その場を去り行くシグルド。のしのしと歩み行く背中からは、隠し切れぬ貫禄が滲み出ていた。


 ♢


 足蹴にしていた銀貨をぼんやり見つめながら、リーンベルがぽつりと呟く。


「私は本気よ………… もう我慢ならないんだから…………」


 リーンベルは地面から視線を外し、ユーステスへと向き直る。


「ねえ、ユーステス。あなた、今日はもう疲れてしまったかしら? 朝から色々と大変だったし……」


 問いかけの意味する所を掴みかね、ユーステスは怪訝な表情を浮かべた。


「どうしましたか、お嬢様? いつもは私の都合を気にかけることなど無いではありませんか? らしくないですよ、そのような気遣いは」

「もうっ!!」


 茶化されふくれっ面のリーンベル。そのままするりとユーステスの懐に入り込むと、耳元へそっと口を寄せる。


「今夜、離宮に来て。今日は色々あったから、久々に二人きりでじっくりお話ししたいわ!」


 耳元から顔を戻す。にっと笑う彼女の輪郭が、歪んで見えた。



 今夜――

 ユーステスの瞳が、揺れる。



「分かっていると思うけど、ぜーったい誰にも言わずに来てね! ほら、変に噂になっても困るでしょう? 色々と下種の勘繰りをする人たちがいるかもしれないから」


 少し顔を赤くしながら、手をわたわたと振るリーンベル。一瞬の間の後、


「…………分かりました。ですが、一度街へ降りてからでも構いませんか? 服が、この有様ですので」


 両手を広げ泥に塗れた服装を見せ、ユーステスはそう返答した。リーンベルは両手をぱんと合わせ、満足げに微笑んだ。


「ええ、勿論!! 美味しいお菓子を用意して待っているわね」


 その時。何やらひとつ、腹の虫が鳴いた。カーっと頬を赤らめて、コホンと咳払いをするリーンベル。年相応の顔に戻った主の姿に、ユーステスは安堵の息を付く。


「先ずは食事を済ませてからですかね? 深夜にそちらへ伺うとしましょう。あまり長居は出来ませんが。お嬢様との語らい、楽しみにしておりますね」

「スラムに決闘、まさに激動の一日だったものね!! 話したいことがいーっぱいあるわ!!」


 きらきらと瞳を輝かせながら、リーンベルは無邪気に笑った。


「それじゃあ、いったんはここでお別れね」

「いえ、離宮まではお送りしますよ? お嬢様を一人で帰すなどと――」

「心配しなくても大丈夫よ! ここはお城の敷地なんだし。それよりも、あなたは早く着替えたほうが良さそう。暗くて気付かなかったけど、中々ひどい格好よね……」


 ユーステスの黒衣を指でつまみながら、リーンベルは渋い表情を浮かべた。豪雨に晒された黒衣はまだ若干湿っており、指先には泥が付着した。


「準備が出来たらいつでも来て良いからね! また後で会いましょう」

「それではお嬢様。お気をつけて……」


 すっかり陽気さを取り戻したリーンベルは、軽やかな足取りで離宮へと向かう。ユーステスは彼女の背中が見えなくなるその瞬間まで。暗闇の中を、ただ虚ろな視線で見つめ続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ