01 距離のある邂逅
彼女は公園のベンチに腰掛けていた。肩にかかる髪が風に揺れて、陽の光がうっすらと輪郭を描いていた。制服のデザインから同じ高校の生徒だとわかる。凛とした表情もそうだが、なにより背丈が男子生徒と同じくらいあって、才色兼備という言葉が違和感なく当てはまる気がした。僕が同じ学校の生徒を綺麗だと思ってしまったのは初めてかもしれない。
高校に入学してからすでに二ヵ月。鈴が丘高校の一学年だけに関して言えば僕はすでに顔が広い。生徒の三人に一人は顔見知りだと言っても、大袈裟ではないかもしれない。廊下ですれ違う生徒の顔ぶれもすべてとは言わないまでも、大抵は記憶に引っかかる。けれど彼女の顔にはなんの憶えもなかった。彼女ほどの容姿なら、見かければ自然と目に留まるはずなのに。つまり一つの可能性が自然と僕の頭のなかに浮上してくる。
彼女は、鈴が丘高校の先輩なのだ。
そしてもうひとつ気になることがある。
「困ったことがあれば、お節介焼きの柊木を頼れ」とまで中学で揶揄されてしまった僕でも、普段であれば名前も知らない先輩を気にとめたりはしない。
僕が気になったことには平日の昼下がりという時間帯が関係している。
善良で真面目な生徒だと自負している僕にも、ひとつだけ、あまり良くない中学の頃からの悪癖がある。それは体調不良という名を借りた無意味なサボり癖で、何となく気分が乗らないとか、ただその程度の理由で学校に行かず外をほっつき回っている。
そして今日も、まさにそうだった。
商店街をふらついて、気の向くままに歩いて、最後にお気に入りの書店で次に読む本を探した。それから文庫本を一冊だけ購入したあと、家に帰る前に公園のベンチで少しだけ時間を潰していたら、彼女がやってきた。
特に理由もなく、学校を休んでいることにさえ目をつぶってしまえば、僕はまあ、そこそこは真っ当な生徒と言える。本当にそこだけなのだ。
そして問題は彼女についてだ。
こんな時間に、制服のまま公園にいる。その姿だけで、彼女がいつも通りの状態ではないことは察せられる。彼女と僕の違いは、制服を着ているかいないかの一点のみだけれどその違いが持つ意味は、思いのほか大きいのだ。
おおまかに二種類の考え方がある。
まずひとつめは、『学校に登校はしたものの途中で下校せざるを得なかった』。この場合は体調不良が一番ありそうな理由かもしれない。でもなぜそのまま公園のベンチに座っているのかという疑問は残る。
そしてふたつめ、『朝は学校に登校するつもりだったが、何らかの理由があって結局行かなかった』。自然に考えるなら彼女には深刻な悩みがあるのかもしれない。
僕は心配する気持ちに突き動かされて、なぜ今日が彼女にとって普段通りの一日にならなかったのか、考察を繰り返したけれど結局のところ答えは見つからず、その後はただぼんやりと道路を行き来する車を眺めた。
車が公園沿いの道路を通るたび、アスファルトの破片を踏み潰すような砂利音とでも言えばいいのかそんな音がしていた。今頃、僕が受けるはずだった授業で、同じクラスメート達は普段と変わらない心持ちで、何も意識せずに教師の話す流暢な英語を聞き流しているはずだ。僕がたったいま何も考えず聞き流しているこの砂利の音みたいに。
五分くらい経ってポケットの中の携帯がふと気になった。
取り出して画面をのぞくと、メッセージがひとつ届いていた。
『またさぼりか
明日は言い訳を聞かせろ』
どうやら咎められてしまった。
送り主は、中学からの友人の神谷智だった。僕のさぼり癖も、行動パターンも、智にはすっかり見透かされているらしい。
返信はせずに既読だけつけて携帯をそのままポケットにしまう。
特にすることが無かったので、文庫本を取り出して捲ってみることにした。
最初の1ページ目は、主人公の記憶についての話から始まっている。彼は少し無頓着な性格で、小中学の友人との思い出の記憶が不鮮明なため、友人とそういった話になるたびに「そうだっけ?」と首を傾げてしまうと書かれている。そんな彼でも懐かしい校舎の風景とともに、なぜ自分が憶えているのか分からないふとした瞬間の友人の顔や会話は今でも憶えているらしい。
僕にも同じように大事ではないはずなのに、なぜか鮮明に憶えている小中学校の記憶はいくつかある。友人から借りた本が全然面白くなかった時とか、急に転校が決まって泣き出してしまった同級生が居たことや、六年生だけは屋上が開放された珍しい学校だったなあとか。
そうなのだ。学校をさぼり、商店街を散歩してから本を読んでいるこの瞬間も、後になったとき、案外いい思い出になるのではないか……。そんなふうに都合よく考えたくなる。
そして、この本の物語はそのあとに『主人公の忘れられない過去の事件』を中心に話が展開されるらしく、主人公がいくつかの思い出を思い起したあと、遂に過去の事件への回想がはじまった。
読み易そうであり興味もそそられる冒頭だ。でも一旦はここまででいいだろう。どうやら外で本を読むのは室内と比べて少し疲れるらしい。背もたれがないのも大きい。
体を軽く動かして、一息吐いてから何となく隣方向のベンチを見まわしてみた。
するとふと目が合ってしまった。公園で時間を持て余している例の先輩であろう彼女と。
彼女はさっきとは別の場所に座っているようで、僕は慌てて目を逸らした。
だけれど向こうはまだこちらを見ている。なんだか顔を凝視しているように感じる。一体いつから見ていたのだろう。
知り合いだった憶えはない。いや、絶対にない。そう結論づけてから、もう一度ちらりと彼女の方に横目を送る。やはり僕を覗き見ている。何かしらの意図があって見ているに違いなかった。
もはや僕は公園を出て行くしかなかった。
初めて小説を書きました。
今後は、少しづつ書き進めていくつもりです。




