彼女からの愛が偽物だったとしても、それでも、自分はジュティアを愛した。
ジュティアは両手に枷をつけられていた。
牢に入れられていたはずなのに、彼女は堂々としていた。
長い黒髪はぼさぼさで、ドレスはボロボロになっていた。
ジュティアはこちらの方を見て、真っ赤な唇で微笑んで、
「楽しかったわ。おとなしく死んであげる。私の人生に後悔はないのだから」
王国の王太子アルドは凡庸だった。
黒髪黒目で背が低く、そんじょそこらに転がっているような平凡な男だ。
ただ、国王には息子がアルドしかいなかったので、彼が王太子になった。
身体もひ弱で、自分に自信が無かった。
王立学園でも、いつも馬鹿にされていて。
「アルド王太子みたいなチビでひ弱な男が国王になるだなんてな」
「仕方ねぇだろ?あいつしか、国王の血筋はいないんだから」
「剣技も大した事がない。どうしようもない男が国王とはな」
皆、馬鹿にしてアルドを笑う。
でも、本当の事だからアルドは何も言えなかった。
父ベルトールトは、逞しい体躯で、剣技も優れている国王だ。
側妃も5人いて、精力的で。だが、何故か子はアルドしか出来なかった。
アルドは王妃の子である。
側妃達は子が出来なかった。
母である王妃は、酷くやきもち焼で。きっと毒でも盛っていたのだろう。
子が出来なくなる毒を。
アルドを過保護に可愛がった。
「貴方が先行き国王になるのです。ですからしっかりと学んで、優秀さを示しなさい」
勉強はまぁまぁ出来た。だが身体の細さだけはどうすることも出来ない。
婚約者は高位貴族の公爵令嬢マリーディア・エレンストだ。
マリーディアはそれはもう美しくて金の髪に青い瞳の同い年。17歳。
マリーディアもアルドを馬鹿にした。
「こんなひ弱な方がわたくしの婚約者だなんて。政略でなければ、絶対に結婚したくない相手ですわ」
アルドは悔しかった。だが、実際、自分の身体がひ弱なのはどうしようもない。言い返せなかった。
そんな中、知り合ったのが同い年のジュティアだ。彼女は学園の中庭で本を読んでいた所で声をかけられた。
「私、ジュティアって言うの。王太子殿下でしょ?」
「私の事が解るのか?お前の制服からして平民だろう?」
「そうよ。平民よ。学園では平等でしょ?だから話しかけたの。そうだ。私の家の食堂においでよ。美味しい物を沢山食べさせてあげるからさ」
ジュティアは癖のある長い黒髪を持った美人だ。
王太子なんだから、もっと気を付けて行動しろといつも両親に言われていた。
だが、皆に馬鹿にされていてイライラしているアルドは気晴らしが欲しかった。
こっそり放課後抜け出して、ジュティアの家の食堂へ行った。
ジュティアの両親は、食堂で食事を作りながら、
「お友達かい?うちの美味い肉料理を食べていってくれよ」
といって山盛りの肉料理と握り飯を出してくれた。
湯気をたてる美味そうな肉。甘いタレがついていて。
口に入れてみたら、美味かった。いつも食べている食事は美味しいんだけど味気なくて。
がつがつと夢中になって食べてしまった。
米を丸めた握り飯というのも、美味しくて。
ジュティアは隣で楽しそうに笑いながら、
「素朴な味でしょ?こういうのを沢山食べて、もっと身体に肉をつけなよ」
そう言ってくれた。
それからジュティアとの交流が始まった。
ジュティアの持ってきてくれる弁当はとても美味しくて。
毎日、ジュティアと楽しく話をしながら、弁当を食べた。
平民の暮らしはどんな暮らしか。
市場の話や、人々の生活。
聞いていて興味が湧いて。とても楽しく話をした。
幸せだった。
それに美味しい弁当の肉料理のお陰か、何だか、体力がついてきたような気がする。
平民達に混じって、剣の稽古をした。
制服を脱いで、参加したものだから、王太子だとはバレなかった。
何もかも新鮮で。
何もかも楽しくて。
何もかも幸せで。
いつの間にか、ジュティアの事が大好きになっていた。
婚約者のマリーディアは、会っても冷たくて。馬鹿にしてきて。
ジュティアなら本音で話せて、とても会っていて楽しい。
ジュティアにプロポーズしたら笑われた。
「あたしを口説き落とすなんて1000年早いよ。でも、いいよ。結婚してあげる。卒業パーティで、私にプロポーズしてよ」
そう言われた。
だから、卒業パーティでプロポーズすることにしたのだ。
大嫌いなマリーディアに婚約破棄を突き付けて、ジュティアにプロポーズすることにした。
卒業パーティではマリーディアをエスコートしないで、ジュティアをエスコートした。
プレゼントした深紅のドレスがとても美しいジュティア。
「私はマリーディア・エレンストと婚約破棄をして、ここにいるジュティアと結婚する」
ジュティアに抱き着かれた。
「嬉しい。アルド様。プロポーズ受けるよ」
怒り狂ったのは、卒業パーティに来ていたベルトールト国王だ。
国王ベルトールトは、
「どういうことだ?この女は平民だろう?エルンスト公爵令嬢を婚約破棄だと?」
「私はジュティアを愛しているからです。マリーディアなんかと結婚したくない」
「政略だぞ。政略。エルンスト公爵家を取り込むための解っているのか?」
マリーディアがせせら笑っている。
マリーディアなんて大嫌いだ。
アルドは必死に、
「あんな女と結婚するなんて絶対に嫌です。ジュティアと結婚します」
国王の血を引くのは自分しかいないのだ。
ベルトールト国王は頭を抱えて。
「その女はなんだ?」
「ジュティアと言う平民です。でも、私の心の支えです」
ジュティアはにやりと笑って、
「国王陛下。私は王太子殿下と結婚します」
結局は、アルドしか国王の血を引く者はいないのだ。
ジュティアとの結婚を国王ベルトールトは許可した。
ジュティアは結婚するまで、王宮に住むことが許されるようになった。
ジュティアは喜んで。
「こんな凄いお城に住めるなんて、私は幸せもんだね」
アルドは愛しいジュティアと一緒に、城で暮らせることがとても嬉しかった。
ジュティアは結婚するまでびっしりと王太子妃になる教育を受けるのだ。
「頑張るよ」
そう言ってくれた。
そう言ってくれたのに。
ジュティアとは部屋がまだ別だ。結婚していないのだから。
ただ、互いの部屋を行き来して、交流は深めてきた。
ジュティアの王太子妃教育は難航しているようだ。
当たり前だ。王立学園にいたとはいえ、彼女は平民だ。苦労するだろうなとは思っていた。
だが、ジュティアなら頑張ってくれる。彼女は努力家だから。
そう気ままに思っていた。
そんな中、事件が起きた。
ジュティアが捕まったのだ。
厳重に保管してあった重要な本を焼き払った。
その罪でである。
国王の秘密の部屋に隠してあったはずである。
それを調べて、その本を焼き払ったのだ。
アルドは信じられなかった。
ジュティアがそんな事をするだなんて。
牢に入れられたジュティアに会いに行った。
ジュティアはアルドの顔を見るなり、笑って。
「私の目的は、魔法陣が描かれている本。そして本の中に仕舞い込まれている鍵さ。鍵は破壊して本は焼き払った。まぁしばらくはこの王国は魔法陣を使えない。悔しいよ。私の力はここまでだ。他国に対しては何も出来ない」
「なんのことだ?魔法陣って‥‥‥」
「異世界人を呼び出す魔法陣さ。私は5年前の悲劇の村の出身だ」
5年前の悲劇で思い出した事があった。
父であるベルトールト国王は数人の異世界人を魔法陣で召喚した。
勇者達は娼館などで遊びまくり、感染した娼婦や、女性達が沢山死んだ。
男性でも感染者は、感染を更に広げるということで女性と関係が持てなくなった。
今では薬が出来て、死ぬという事は無くなった。
悲劇の村。
勇者達が遊びまくったせいで、沢山の女性達が死んだ村。そこの村は貧しくて、年頃の女性達は皆、娼館で働いていたのだ。
ジュティアは、
「私の姉、メリーナは勇者から病気を貰って死んだ。一緒に働いていた私を可愛がってくれた村のお姉さんたちも皆、死んだ。今じゃその村は誰も住んでいない。私があんたに近づいたのは王宮に入る為さ。仲間も密かに王宮で働いていた。でもね。王族じゃないと奥に入れない。私は王族になるはずだったから。あんたと結婚してね。だから奥まで行けた。魔法陣はしばらく起動できない。メリーナお姉ちゃんの敵は、国王ベルトールト。いいのかい?私にかまっている暇はないと思うよ。今頃、国王は亡くなっていると思うよ。私が手引きしたのさ」
慌ててアルドは父の元へ駆けつける。
父は部屋の中で、剣で心臓を刺されて死んでいた。
警備の者達は皆、倒れている。命はあるようだ。
母は?側妃達は?
アルドは思った。父が殺されたのなら自分が次の国王だ。
駆けつけてきた無事な警備の騎士達に命令する。
「不審者を逃がすな。父が殺された。犯人を捕まえるぞ」
犯人は逃げおおせたみたいで捕まらなかった。
ジュティアは自分を裏切った。
あんなに気さくに仲良く接してくれたジュティア。
王宮に入る為だったなんて。
悲しい悔しい辛いっ。
ジュティアの元へ再び赴いた。
牢の中でジュティアは俯いていたが、アルドが来たら顔を上げて、
「どうだった?国王は死んだ?」
「父上は殺された。お前が手引きした。お前を処刑しなければならない。次期国王として」
「ハハハハハハ。いいよ。かたきは取れた。異世界人を召喚した大元を殺すことが出来たんだ。私としては上出来だね。いいよ。処刑しなよ。姉さんもこれで浮かばれる。娼館の皆も」
裏切られた悔しさにアルドは泣いた。
愛されていると思ったのに。裏切者だった。ジュティア。
処刑することにした。
あれ程、嫌っていたマリーディアが会いに来た。
「下賤な者を信じるからですわ。アルド様。どうかわたくしを王妃にして下さいませ。わたくしなら上手くやりますわ」
大嫌いなマリーディアだが、彼女ほど、王妃にふさわしい女はいないだろう。
「解った。私は国王にならねばならぬ。手始めに、ジュティアを処刑しなければならない。ジュティアは魔法陣の描かれた重要な書類を燃やした。父を殺した者を手引きした。その罪をさばかなければならない」
「そうですわね。お手伝い致しますわ」
ジュティアを公開処刑することにした。
アルドは国王に即位した。
ジュティアは両手に枷をつけられていた。
牢に入れられていたはずなのに、彼女は堂々としていた。
長い黒髪はぼさぼさで、ドレスはボロボロになっていた。
ジュティアは真っ赤な唇で微笑んで、
「アルド国王陛下。楽しかったわ。おとなしく死んであげる。私の人生に後悔はないのだから」
ジュティアとの思い出が蘇る。
そもそもジュティアが自分に近づいてきたのは、父を殺す為だった。魔法陣が描かれた書物を処分するためだった。それなのに、一緒に話した内容や、食べた料理の美味しさ。共に過ごした日々がとても懐かしい。涙が止まらない。
ジュティアは微笑んで、
「おや、泣いているのかい?あんたの治世がこれから始まるんだ。早く私を処刑しなよ」
民達が、早くしろと騒ぎ立てている。
ジュティアは処刑台に連れていかれた。
刀を持った処刑人がにやりと笑って、
「ジュティア。逃げるぞ」
いきなり、煙玉を投げつけた。
煙がもうもうと立ち込め、何も見えなくなる。
何が起こったんだ?
アルドは煙が晴れるまで見物台で、じっと処刑台を見つめていた。
首筋に刀を押し当てられる。
「ジュティアは貰っていく。文句があるなら辺境騎士団へ言いにくるがいい。メリーナを殺した国王は、俺が斬った。俺の名は‥‥‥」
「辺境騎士団四天王、東の魔手マルクだ」
「おい、マルク、名乗りを横取りするな」
「北の帝王ゴルディルだ」
「西の三日三晩の男、エダルだ」
三人の怪しげな男達が名乗りを上げた横で、金髪の美男は、慌てたように、
「改めて情熱の南風アラフだ。村の娼婦達は俺達のお気に入りだった。5年前、娼婦達が死んだ苦しみをお前は解るか?どれだけ俺達が絶望したか」
金髪の美男アラフは、アルドの首に刀を押し当てながら、
「二度と、異世界から召喚をするな。今度、召喚を行ったら首を飛ばす。お前はとりあえず生かしておいてやる。ジュティアがお前を死ぬのを望んでいない。いいな?」
4人の姿は消えた。
アルドは首をさすった。
憎い女ジュティア。自分を騙していたジュティア。
だが、命を助けてくれたジュティア。
アルドはその場に膝をついて、泣いた。
あれからジュティアはどうしたのか、解らない。
アルドは、マリーディアと結婚した。
マリーディアなら王妃としてふさわしいだろう。
それでも、ジュティアと共に過ごした日々を忘れる事が出来ない。
例え、彼女からの愛が偽物だったとしても、それでも、自分はジュティアを愛した。
彼女の笑顔が眩しかった。
アルドは国王として、今日も政務に励む。
異世界人召喚。いくら王国が有利になるとはいえ、魔法陣も壊れてしまった今、復元しないと出来ないだろう。
そして、アルド自身も異世界人召喚をやる気が起きなかった。
憎い女、でも大好きだった女。ジュティアが悲しむような事は二度としたくはない。
さようなら。ジュティア。
ジュティアの幸せを、青い空を見つめながら、アルドは思ったのであった。