第7章:白川 / 許されざる観察者
日課である監視ログの解析は、予想以上に退屈なものだ。
少なくとも、彼──白川ユウトにとっては。
「……またAIの自動補完ミス。あいつら、学習効率ばっか追い求めて肝心の“逸脱”には鈍いんだよな」
午前四時。眠気を覚ますのは、顔面に散らばるホログラム・モニタの冷たい光と、コーヒー味の栄養剤。
白川は、《都市管理教育機関》第三区学園の監視技官であり、生徒でもあった。肩書きは「補佐員」。が、その実は、都市政府の“眼”そのものだった。
――感情ではなく、傾向を見ること。
――反乱ではなく、傾きに注意すること。
彼は従順にその教えに従いながら、同時に“逸脱”を求めていた。
「……ふむ」
数日前、通常ログから外れた一連の通信履歴を拾っていた。ユリ・アマギリ、コハル・シロタ。そして、リキ・ミナセ。
「これは、偶然じゃない。意図的な“遮断区域”への侵入だ」
廃棄ヤード。死んだ区域。だが、都市の裏側を知る者なら誰もが知っている。あそこは“出口”に近い。
もともと都市設計における旧ネットワーク中継点。つまり、“抜け道”になりうる。
白川は深く息を吐いた。
「動き出したな……“失敗作”たちが」
皮肉な話だ。完全に管理された社会で、誰かが“反抗”を試みる瞬間こそが最も人間らしい。
だが、同時にそれは、最も愚かでもある。
彼の瞳に浮かぶのは、かつての自分だった。
──同じように、信じた。
──同じように、裏切られた。
ユリ・アマギリ。
彼女の記録には、消されたはずの旧式IDがいくつか紐づけられていた。つまり、彼女は“何度も書き換えられた存在”だ。
廃棄されかけ、保留され、再教育された。
一種の実験体のような扱いだ。だが、白川は……なぜか、その存在に微かな憐憫を覚えていた。
「……面白いじゃないか。お前たちがどこまで“希望”を信じられるのか、見届けてやるよ」
彼は行動しない。
今はまだ、“観察者”でいる。
けれど──もし、彼らが本当に世界を変える可能性を孕んでいるなら。
「ナナセ、お前は彼らの味方になるのか?」
同僚でもあり、かつて心を許した唯一の教官・七瀬カスミ。
彼女が静かに動き出しているのも、白川は知っていた。
「……俺は、どこまでいっても“中間”にいる。選ぶ気なんて、とうに捨てた。だけど……」
小さく息を吐き、ユリの映像ログに指を這わせる。
「お前たちが“中間”を壊すなら──」
一瞬だけ、彼の目に宿ったのは、冷徹でも無関心でもない、生の“熱”だった。
「……見せてみろ。絶望すら焼き払う、その意志を」
そして、彼は再び椅子にもたれ、目を閉じた。
観察者として、全てを俯瞰するその立場で、静かに“始まり”の余波を受け入れようとしていた。