第16章:白川ナナセ / 燃える檻・第17章:リキ / 迷子の地図
都市管理局の部隊がEMPで足止めされたのも束の間、ナナセはコンバットブーツで床を蹴り、即座に遮蔽板の裏へ滑り込んだ。
頭上ではスパークを散らしながら、光学センサー付きのドローンが墜落していく。
耳鳴りの残る中、ナナセは再起動に備えて電磁パルスをもう一発、拡散させた。
――彼らがこの間に逃げ切れるように。
かつて彼女は、「制御する側」だった。
秩序戦の後、都市政府に拾われ、数百名の少年少女を“正常に育て直す”役割を任された。
“人格再定義”の専門家。
“強制適応”プログラムの設計者。
そして、再教育学園の上級教官。
そのすべてを受け入れたのは、息子であるトウマを守るためだった。
当時、トウマは知性と感情のバランスが極端に傾いた稀有な子供だった。管理者たちは彼を危険因子と見なし、「処分すべき」と判断した。
ナナセは抗った。研究職から現場へ降格されても、命令に従うふりをして、彼を見守り続けた。
けれど――
「母親」としての彼女は、彼の牢獄を作ってしまった。
「……最低だな、私」
ナナセは呟いた。背中に熱と煙が迫る。
EMPの余波で崩れた壁の向こう、特殊部隊が装備を再起動しつつあった。
耳につけた小型マイクが、ハウリングのように軋む。彼女はチャンネルを切る。
今さらもう、上からの命令を聞くつもりもない。
ポケットの中で、トウマが幼い頃に描いた落書きの写真データが再生されていた。
そこには、歪な線で描かれた「宇宙に飛び出すロケット」と、その横に立つ「ママ」の絵。
ナナセは、瞼を閉じる。
「せめて、自分の手で“出口”を示してやりたかったんだよ……」
銃を手に立ち上がる。
最後の戦いのように、冷たい瞳が部隊の影を睨みつけた。
一方その頃――
廃ビルの屋上、鉄骨の隙間から下を覗いたリキの指先が震えていた。
彼は何も言わない。けれど、誰よりも先に動いていた。
ナナセの犠牲を無駄にしないため、次の目的地を選び、ルートをスキャンしていたのだ。
ユリが、そっと問いかける。
「ねえ、リキ。君は……昔、何があったの?」
彼はしばらく黙っていた。やがて、少しずつ言葉が零れる。
「僕の家族は、“自由主義者”だった。再教育対象に指定された。……皆、処理された。僕は、隠されていた」
「そう……だったんだ」
「でも、あの学園に連れて行かれたとき、僕は思ったんだ。今度は、自分が守る側になるって」
コハルがそっと、彼の腕に手を重ねた。
リキは顔を背けたが、その目に涙が浮かんでいた。