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第15章:ユリ / 光のない都市を

冷たい空気が、頬を打つ。


人工空調の循環音も、ホログラムの反射もない。

ここは、仮想境界の外。

無名域むめいいき”と呼ばれる場所。かつての都市の周縁部、開発計画の廃棄と再構築の果てに遺された、“管理されない世界”。


足元にはヒビ割れた舗装。金属の腐食臭と、乾いた風。

遠くで、機械の軋むような音がした。けれど、それ以外に音はない。

光源のほとんどは途絶え、上空には星の代わりに廃棄された気象ドームの残骸が浮かんでいる。


「……こんなとこが、都市の外にあったなんて」


コハルが目を丸くしていた。恐怖と好奇心がないまぜになっている。


「ここ、“昔の人”が住んでたところ?」


「たぶん。秩序戦の前、まだ人が“自由”を信じていた時代」


私は呟く。

この場所の空気はどこか懐かしかった。機械の制御が行き届かない、すべてが不安定で、それゆえに人間的な空間。


それが、胸を締めつけるほど愛おしく感じられた。



廃ビルの影に隠れながら、私たちは廃棄ヤードで見つけた旧式のタブレットを起動する。

リキが、念入りに外部干渉装置を設置していた。


「ネットワークには接続できるが、監視網を抜けるには時間がかかる。三十分はかせげる」


「上出来だよ、リキ」


彼は口を噤んだまま頷いた。

けれど、その手の震えがすべてを物語っていた。

無口な彼は、言葉ではなく、行動で不安を押し殺すのだ。


「ここからどうするの?」


コハルの問いに、私は空を見上げた。


「今は……ただ、記録を探す。あの学園が“何を目的に子供たちを管理していたのか”。

 それが分からなきゃ、外に出ても、また誰かが“閉じ込められる”だけだから」


そのとき、トウマがタブレットの画面を指差した。


「これを見ろ。“第零端末ゼロコード”という項目がある。開発初期の教育制御プログラム……初期化命令を含んでいる可能性がある」


「それって……」


「逆に言えば、これが暴かれれば、あのシステム自体が崩れる」


私は拳を握った。


「じゃあ、やるしかない。ここまで来て……戻るつもりはないんだよ」


コハルも、小さく頷いた。


「うん。私も……もう、あんな檻には戻らない」



その時だった。足音がした。しかも一人ではない。


私たちは身をひそめる。

廃ビルの曲がった窓から覗いた先――


そこには、信じられない人物が立っていた。


白川ナナセ。


そして、その背後に立つ数人の影――黒い戦闘服をまとった、都市警備局の特殊部隊。


「まさか……どうして……!」


トウマの顔が凍りつく。


ナナセは彼を見ていた。まっすぐに。

だが、その表情はいつもとは違った。冷たい仮面ではなく、何かを決意した人間の顔だった。


そして、ナナセが口を開いた。


「……逃げなさい。今のうちに。私が時間を稼ぐ」


「え?」


「トウマ。私は“母親”として、あなたを閉じ込めることはできない。……もう、私の役目は終わったの」


その言葉が、空気を震わせた。


「行けッ!!」


ナナセの声が響いた。

彼女の手には、小型EMPランチャー。次の瞬間、特殊部隊の装備が一斉にダウンし、光の嵐が廃ビルを包んだ。


私たちは、何も言えず、走った。

誰も涙を流さなかった。

ただ走った。

この、世界の果てにあるかもしれない“真実”へ向かって。

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