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第14章:トウマ / 境界の計算式

仮想境界――それは都市を取り巻く見えない壁。

電磁波、心理誘導、空間認識の錯誤を誘発する複合技術によって形成された、“目に見えない檻”。


都市の人間の9割は、その存在すら知らない。

境界を越えようとする者は、精神に異常をきたすよう設計されている。

それを破るには、三つの鍵が必要だ。

1.境界にアクセスする旧式中継端末。

2.境界の位置情報と構成データ。

3.誘導信号のパターンを書き換えるアルゴリズム。


それらすべてが、今、私の膝の上の端末に揃っている。

母が、ナナセが……犠牲を覚悟して繋いだ時間の中で。


私は、震える指を抑えながら入力を続ける。

コードの隙間から漏れ出す“恐怖”を、計算と理論で押し込める。


if signal_freq == [137.2, 142.8, 149.0]:

def rewrite_pathway(index, signal):

return inverted(signal) * index_coefficient


「この程度……できる。できるさ」


呟く声が、かすかに掠れているのは気のせいではなかった。



ユリが横に座る。肩越しに私の画面を覗き込みながら、静かに言った。


「トウマ、ナナセ先生のこと、やっぱり……」


「……母親だ」


私は遮らなかった。

言葉にすることで、ようやく自分自身が認められる気がした。


「本当は、ずっと前に気づいてた。僕の血液型は、施設登録と違っていた。記録された出生地も嘘。

 教官としての彼女と接するたび、細胞が記憶してる感覚があった」


「どうして、言わなかったの?」


「言えなかった。……拒絶されるのが怖かったからだ。

 それに、ナナセはいつも“教官”として生きていた。個人の感情を見せることはなかった。僕のために、ずっと」


コードが走る音が重なる。ユリが手を握った。

それだけで、ずいぶん熱が戻ってきた気がした。


「……僕は、間違っていたよ。ずっと、計算だけで人の心を推し量れると思っていた」


「違うんだ?」


「違う。母は、計算では割り切れない決断をした。命を投げ出して、僕を守った。それを、僕は……許されるだろうか」


「許すかどうかは、トウマじゃなくて、先生が決めることじゃない?」


ユリの言葉が胸に刺さった。けれど、それは痛みではなかった。

感情という名の回路が、久々に“通電”した音がした。



画面の最終行に、“Rewrite Successful”の文字が点滅する。


成功だ。


仮想境界のコードに、侵入ルートを確保した。

外部ネットへの幻影の突破口が生まれた。

あとは、そこを通る勇気だけ。


「行ける……ユリ、準備は?」


「こっちは完了。リキとコハルも、すでに先に向かってる。あとは、トウマだけだよ」


私は息を呑む。

母の声が脳裏で反響する。


“あなたの進む道を、私は信じる”


コードでは証明できない信頼。

理屈ではない温度。

それを、私は今、手にした。


「行こう。……必ず、戻って迎えに来る。ナナセに、“息子として”」


仮想境界の“穴”が、脳内のノイズを掻き乱すように揺れていた。

だが、その向こうには自由がある。


私は、ユリと手を取り、そこへ──足を踏み入れた。

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