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第13章:コハル/白い影、薄紅の距離


夜間点呼が終わった廊下は、銀色のラインライトだけが淡く延びている。

私はベッドに戻るふりをして、靴下のまま通気ダクト沿いを歩いた。

制服のポケットには、小さく折り畳んだメモ──ユリが走り書きした集合時刻と暗号がある。


23:40 旧医務棟裏

*ドローン巡回 Δ‐3 の後


“準備段階”に入った今、私は役割を与えられている。

〈感情値偽装〉――笑顔でカメラをごまかし、誰かの不在を覆い隠す仕事だ。

演技は得意だ。ずっとそうやって生き残ってきたから。だけど今日は、胸の奥で何かがざわついていた。



旧医務棟裏に着くと、スクラップの影にユリとリキがいた。だが二人だけではない。

トウマも壁にもたれて端末を操作し、ナナセ教官は懐中ランプを逆手に持って見張り役をしていた。


――四人並ぶと、妙な違和感がある。

トウマがひそやかに端末コードを読み上げるたび、ナナセの視線が彼だけを追っている。

それは“監督者の眼差し”というより、“親が子を見守る光”に近かった。


「Δ‐3 の巡回は終わった。次は二分後に β‐1 が東廊下を横切る」


トウマが冷静に告げ、ユリが頷く。

その瞬間、ナナセが小さく息を呑むのを私は見逃さなかった。


……この二人、ただの教官と生徒じゃない。


脳裏に浮かぶ仮説に、心臓が跳ねた。

血のつながり。あり得ない? けれど、二人の立ち位置があまりにも自然だった。

親子なら――ユリたちを助ける理由も、隠してきた優しさも、全部つながる。


私はこっそりユリの袖を引き、耳元で囁く。


「ねえ、ユリちゃん。ナナセ先生とトウマくんって……」


ユリは一瞬だけ私を見て、静かに首を振った。

問いを封じる合図。でも、その瞳に拒絶はなかった。

“事実だけど、今は言わないで”――そう読めた。



作業は順調に進んだ。

リキがスクラップから外した旧式ジャンクをトウマに手渡し、トウマが回路を組み替える。

ユリはケーブルを繋ぎながら、私に声を落とす。


「コハル、次に監視カメラを欺くの、お願い」


「うん。笑顔のテストは満点だよ。……ねえ、ユリちゃん。私、怖くないよ」


ほんとは、少しだけ怖い。けれど、それ以上に――

ここの空気が、好きだった。

壊れている私たちが、互いの欠けた部分を隠さず並べている。

ここだけは“正しさ”に縛られない。



機材を収納して、全員が小さく息をついたときだった。

遠方にドローンのローター音が重なる。


「β‐1 が予定より一四秒早い」


トウマが顔を上げた。端末画面に赤い警告点が瞬く。

――計算外の揺らぎ。

リキが拳を握り、ユリが目を細める。


そのときナナセが、白衣のすそを払って前に出た。


「トウマ、端末を貸して。私が陽動する」


トウマの視線が揺れた。

他人には見せないわずかな逡巡。

それは“母の無茶”を止めたい子どものようで、胸がちくりと痛んだ。


「……先生」


「いいえ、“母親”よ。あなたの、ね」


彼女が言った。

この場の全員が息を呑む。

私は――やっぱり、と小さく胸の内で呟いた。


ナナセは振り向かず、白衣を翻してドローンの通路へ歩く。


「私が囮になる。戻れなかったら、構わず進みなさい。……それが、親の仕事だから」


トウマの唇が震え、言葉にならない音を漏らした。

けれど、ナナセはもう背を向けている。


「時間を稼ぐわ。子どもたち、行きなさい!」


白い影が角を曲がると同時に、ドローンの警戒音が遠くで跳ね上がった。

私たちは一瞬凍りついたが、ユリが拳を握って叫んだ。


「今だ、走るよ!」


トウマが最後に端末を抱え、リキが私の手をつかむ。

そして私たちは闇へ――穴の向こう側へ駆け出した。


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