第10章:トウマ / 黒曜の瞳に宿る論理
記録開始──ログNo.150427-B
照合完了。
認識ラベル:トウマ=シラカワ
階層識別:第Ⅱ級分析対象 / 特例適用保持者
本端末は思考予測補助システム【クレイン-04】の接続を継続中。
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光学フィルター越しの空は、完璧に構成された人工の蒼だった。
「不完全な青だ」
そう認識するのは、主観的な印象ではなく、構成要素の解析結果による。
波長の均一性が不自然なのだ。自然界の空気粒子拡散とは異質な波動分布。
つまりこの空は、演算された空である。
──人類は、現実すら数式で代替できるようになった。
ならば人間も、最適化すべき「変数」に過ぎないはずだ。
……少なくとも、そう教えられてきた。
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白川トウマ。
12歳で量子認識系の論文を提出し、都市政府の特待育成リストに組み込まれた。
だが、その中枢で彼が見たものは──
「倫理の仮面を剥がされた論理と、感情の死だ」
人間が「心」を捨てたとき、理性は完成する。
だがトウマは、合理性の中に**“非論理的な喪失”**を感じた。
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ユリという存在。
彼女は構造的に矛盾している。
洗浄不完全な記憶。再教育不全。観察ログの一部欠損。
その全てが、本来この学園に“存在してはならない存在”であることを示していた。
だが、彼女の語る“感情”には、なぜか破綻がない。
矛盾に満ちた論理体系であるにもかかわらず、彼女の痛みだけが、真実らしく響いた。
それは思考補助システムでも計測不能な“ゆらぎ”だった。
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だから彼は、密かに監視を続けていた。
ユリとコハル、そして新たに接触したリキ。
彼らが構築しているのは、ただの“友情”ではない。
それは──社会規範への“逆数関数”的行動。
脱走計画。
解析レベル3。誤差確率1.84%。ほぼ確定。
通常なら報告すべき行動だ。だが彼の指は、報告ボタンに触れなかった。
「なぜ、俺は動けない?」
理由は一つ。
トウマ自身が、この世界に絶望しているからだ。
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かつて、彼にも妹がいた。名はカエデ。
彼女は感情表出の強い子だった。
ある日、政府の定期測定により“危険な情緒変化”が検出された。
そして即日──彼女の存在は、都市の記録から抹消された。
母は泣かなかった。父は反論しなかった。
それが“正解”だったからだ。
その日からトウマは、「正しさ」を憎んだ。
合理の裏にある狂気を、誰も見ようとしなかったことを。
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「……ユリ」
彼女の視線が、かつての妹に重なるのは偶然か。
いや、それすらどうでもいい。
論理では説明できないものが、そこにあるのだとしたら──
それを“価値”と呼ぶのではないか?
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彼はつぶやく。
「非合理の中にある真実。俺は、それを見届けたい」
コンソールの端末にログを残す。
誰にも見つからない、学園外の独自サーバーに転送する。
トウマの監視は終わった。次は、共謀が始まる番だ。