Scene.6「会話」
すぐ近くを横切る大通り。
手前の横断歩道の青信号がちょうど点滅しはじめたのを目にしては2人で走り抜ける。
単なる偶然でしかなかったのだけれど、初対面にして一気にパーソナルスペースを飛び越えた感覚。引き受けたナビ役を忠実に従うように並走。軽く息を乱しつつ、なぜか心はウキウキ。
信号待ちの車の中から見える絵面としては、待ちあわせに遅れながらも初めてのデートに向かう2人に見えたのではないか。
抱えていた陰鬱な気持ちの反動からか、僕はそんな妄想を頭に描くほどかなりハイテンションになっていた。
緩やかな傾斜が続くまっすぐの道の中、ポツリポツリ会話がはじまる。
仕事場での初めて顔をあわせた義務的なものというより、合コンにおける自己紹介のようなかなり崩れた口調。
「僕、ハネダっていいます。羽田空港の羽田」
僕の自己紹介は小学生のころから変わっていない。さらにいえばローティーンにして完璧な鉄板ネタを持っている。
「中学生のとき、野球部に成田くんっていう後輩が入ってきて。ある日先輩から『日本のハブ空港』っていわれたことがあります」
彼女からも例外なく爆笑を取れた。
「ホントに? 話を面白くしようとして作ったんじゃなくて?」
「いやいや。僕もこんな感じだし、成田くんも完全にイジられて、むしろ生き生きしてたというか。しまいには成田くんも『兄さんはもっとグローバルさを持たないと』って乗っかっちゃうし」
僕は最初に道を聞かれたときの愛想のなさを挽回するように、その後もペラペラと話し続けた。僕の第一印象はたいてい物静かなイメージらしく、いつも“意外と面白い人間だ”と思わせることができる。
とはいえ今回はやたら饒舌になっている気がしないでもない。明らかな下心も我ながら見え透いてしまい、そんなに都合よくいくわけはないと冷ややかなもうひとりの自分も存在。ただ彼女の笑顔を見るうち、もっと笑わせてみたいと思う気持ちは止められなくなっていた。
最後のわずかな上り坂の突き当たり。
T字路を右折してすぐと思っていたバス停は意外と距離があった。予想よりかなり歩き、あらかじめ話していた長い上り坂にさしかかったところでようやく足を止める。
最近は自転車で迂回ばかりしていたので、あらためて見てみるとだいぶ印象が違っていたのに驚く。コンクリの丸い土台で刺さった昔ながらのポツンとした状態ではなく、バス乗降専用の路側帯ができては新しい雨避けとベンチまで設置。いっときバスで通り過ぎたときに工事で通行制限していたのは知っていたものの、通りに面した家の建て替えと勘違いしていた。
僕はバス停が見えた瞬間に指で示し、暗にバスに乗ることを促してみる。反応によっては早々に道案内を終了するつもりでいた。
けれどそれまで何げない会話の中でもチクチクと心の奥を刺激していた。
互いに生まれた干支が同じ、つまり同い年だとわかるやすっかりオープンに。
フリーター4年目という少し引け目に感じる僕に、カオリ(下の名前で呼んでいいよとのことで)はまさに打てば響くほどの意見をくれた。
「今は自分が心底好きでやりたいって思える仕事に就けるのが難しいし……まずないし。それならしっかりした夢を持ってるほうがいいと思う。私から何かいうなんてできない。いつか巡ってくるチャンスを逃さないよう、そのために頑張ってるんだっていう意思は大事だと思う」
よくいわれるのが“いつまでたっても現実を見ようとしない”こと。親から口癖のように毎度釘を刺され、最近は友達同士においても日々激論がくり広げられている。
そもそも夢がある人ない人。
ひとまず就職して夢に近づく第一歩、新たな道ができるなど、会話というより個人の考えの主張としか思えないやり取りがもっぱら。
僕は久しぶりに会話する楽しみを味わっていたのだ。
今日、あの橋まで来なければならなかった理由を頭の片隅にもたげながら。
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