Scene.5「矛盾」
「あの……どうしてS駅に行きたいんですか? 他の駅じゃダメなんですか?」
気づけば言葉が口をついて出ていた。
彼女はたちまち表情を一変。もちろんよい変化ではなく、質問を質問で返されたことによる不意打ちの顔。
逸らした目をためらいがちにあわせてから、口を真一文字にしてうつむく。
ものの数秒で僕は「しまった」と思ったものの、まったく裏のない単なる疑問だという穏やかな表情で彼女からの返答を待つことにする。
相手から問われたにもかかわらず、掟破りの切り返しが思わぬ冷静さを取り戻すこととなった。
またも変な間ができてしまいそうだったので、さすがに補足。
「確かにS駅はここから一番近いんですけど……すぐ先のバス停で待ってれば、同じバス1本でK駅まで行けますよ」
彼女は僕の言葉にいくらか安心したらしく、ゆっくり二度まばたきをしてからたどたどしく話しはじめる。
「私……実は今日初めてここに、S駅から来たんです。だから帰りもなるべく同じ風に帰りたくて。そうしたほうが、また来るときにわかりやすいかなって」
やはり地元民ではなかった。だとすると、どうやってここへ来たのか。そして来たときと同じように帰ればいいだけのはず……。
けれどもう同じ鉄を踏むつもりはない。
そもそも考えてみれば、今さっき会ったばかり、まして道を尋ねるだけでしかない人に対して洗いざらい事情を話すのはどうかと思う。
誰かに連れられて来ては何かしら問題が起こり、ひとりで帰らざるを得なくなった。だから返答も、まずどこから説明すべきかいいあぐねてしまったわけだ……などと勝手に解釈した僕はもう詮索はやめ、ある提案を口にする。
「もしよかったら、途中まで一緒に案内しましょうか。今日は休みで、特に予定もないので」
「えッ、いいんですか?」
遠慮がちながら、かなりうれしそうな微笑みをたたえて彼女は顔を上げる。
ほんの一瞬とはいえ、まさに抱えている悩みがすべて取り払われたように瞳を輝かせた。
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