Scene.4「お礼」
聞かれた道を答えるだけだったはずなのに、いつしかまとわりついていた違和感。結果、不穏な空気のまま終了。
虚しさのあまり、口が半開きになったままでいた僕。百パーセントは無理でもせめて何割かでも貢献できればと思い、つい「何なら、途中まで……」と声をかける。
けれど彼女のほうが一瞬早く、
「ご、ごめんなさい。つい……ひとりで行ってみます」
いい終えると表情は打って変わって明るくなっていた。
深々頭を下げては髪がフワッと揺れる。
「ありがとうございました、じゃあ」
肩から下げていたポーチを腰元で押さえながら再び会釈し、僕の脇をさっそうと通り過ぎる。
所在なげにうつむく僕の鼻に、ほのかな香水が入り込んできた。
ワンテンポ置いてふり向く。
軽快に横断歩道を歩いてゆく彼女。だんだんと小さくなる背中を見守るように視線を追う中、僕の頭からは彼女の発した言葉が何度もくり返されていた。
ごめんなさい、そしてありがとう。
無理して作った笑顔でお礼をいわれても、どうしたって……
相手の望みに僕は応えられなかった。
いや今すぐにでも、ここから大声で、伝えきれなかった提案をすることくらいはできる。でも僕はそれをしようとしない。してみようという力が湧かなかった。
そもそもそんな積極的な行動ができているなら、僕はこうして橋のたもとで長いこと佇んではいないと思ったからだ。
彼女の後ろ姿を目で追いながら、たった今終えた現在と過去の後悔が順番に巡っては、しばらく自分を見失っていた。
しばらくして再び捉えた彼女は、すでに横断歩道の先の道を歩いている。
点滅する青信号ギリギリで走って渡り終えたようだ。信号は赤になり、左右から車が交錯しあい、すっかり風景の一部として溶け込んでいる。
認識できるかどうかの小さな彼女はショルダーバッグから取り出したスマホの画面を見ては進むべき道を確認しているようだった。
いえずに終わった言葉をようやく飲み込むと僕は前に向き直り、誰もいない橋を渡りはじめた。
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