Scene.3「哀しい声」
予想以上に駆け巡った僕の思惑は、会話においてかなり不自然な時間を経ていたようだった。
そのため聞いた側にも少なからず居心地の悪さを漂わせてしまっている。
彼女はうつむき、時折はっきりとした眼差しを向けては今か今かと答えを待っている。
僕は「わからないわけではないんですけど……」と前置きしては、しかたなくスマホを取り上げ、現在位置の検索。
彼女は僕の動作からほんの少し表情を和らげる。
画面上のマップを指でスクロール。予想どおり細い道までは表示できず。というか、拡大し過ぎると順路がわからなくなってしまう。
ある程度彼女も調べたのだろう、専用のアプリでも使っているのかと興味津々に画面を覗き込む。けれどたいした違いはないとしてゆっくり顔を戻す。
しかたなく口頭にて道案内しようと腹を括る。
まずは目視できる範囲からと、体を反転させては腕を伸ばして指で示す。
「まず交差点を渡って、まっすぐ行ってから突き当たりを右……」
手前の交差点から奥まで続く緩やかな起伏の道を指で辿る。追った先はすでにぼんやりとしていて、左右に分かれているかもわからない。
彼女は額に手を当て、遥か遠くに目を細める。
そこから続く完全に見えない道を、どれだけ教えられるかが勝負どころ。
僕は顔だけふり返り、背伸びまでして眺める彼女を見てから同じ方向へ向き直り、言葉を続ける。
「右に続く道は、少しして上り坂になってます。その手前に能満寺のバス停があるので、それに乗るのが一番手っ取り早いかなと……」
僕はスマホをポケットにしまいながら彼女を伺う。
彼女は僕に一瞬目を向けると、わずかに頭を横にふる。
「それなら道なりに……長い上り坂で、まあ、丘というか山というか。ほぼ一本道なんでまっすぐ進むだけ。ちなみに頂上には『影向寺』ってバス停があります」
そこまでいうと僕は「バス停3つ分、まだ半分にもなってないけど……歩くの?」と、敬語を外して聞いてみる。
彼女は眉を動かすも何もいわず、話の続きを待っている。
「下りきると……千年って書いて『ちとせ』って読む交差点に着くんで、そこを渡って左。少し歩いてファミレスがあるんですけど、その先を右。歩いた先にバス通りに当たるんで、そこを左。あ、バス通りっていっても一方通行の細い道で、パッと見はバスが通るなんて思わないかもしれません。で、その道に沿って歩いてると公園が見えてきます」
頷く頻度が減り、明らかに顔を険しくなったのがわかったけれど、僕はかまわず話を進める。
「公園の右側には大きなマンションがいくつか建っていて、バス停もあるからかなりわかりやすいかなと……」
地元民ならではの最短ルートを、わかりやすい目印とともに話す。
せめてもの配慮とばかり「えー」とか「あのー」だとかを挟まないよう気をつける。あるいはあまり効果的ではないけれど、大胆な身ぶりを駆使したつもりだ。
「公園を過ぎると道が曲がりくねってさらに細い感じになりますけど、道なりで大丈夫。途中に、こんなところにあるのかっていうくらいかなり存在感がないバス停があって……」
僕はいつのまにか、ひとり駅まで歩く姿をくっきり頭に思い浮かべてはどんどん話を先に進めていた。
「で、ガソリンスタンドがメインの5差路に出るので、向かい側にある小さな公園に沿って左に行くと……」
そこで彼女はいきなり僕の話を遮った。
「ちょっと待ってください。交差点の先のファミレスまでは何となく覚えられたけど……」
自信なげに聞いてきた最初のときとは一変、瞳にはかなり力が宿っていた。
予想以上に複雑で長い道のり。
もしかしたら僕に声をかける前に、誰かに道を尋ねたのだろうか。つれない対応にめげず聞き続けたあげく、ようやくその理由が知れたというあまりに哀しい声だった。
怯んだ僕は体勢をそのままに、横目で彼女を見る。彼女は視線を落とし、小さくため息。
重たい沈黙が開始する中、僕も顔には出さないだけで気持ちは同じだった。
よりによって何でS駅なんだよと毒づいたり、もっとトークスキルがあればこんなことにはならなかったかもと、自分の性格を呪った。
会話が続行不能となるや、空気の重さが薄れた。つまりは関わりを断つ十分なころあいとなった。
最後にお詫びを述べ、今後を労うのがせめてもの礼節だろうか。
頭の片隅に沸々と湧き上がる気持ちを集めながら、僕なりにひと声かけたい思いに駆られた。
A.「何なら途中まで案内しましょうか?」
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B.「何ならタクシーを使ったらどうですか?」
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