Scene.9「再会」
1年後。僕は同じアルバイトを続けていた。
いっそ結那と一緒に辞めてもよかった。
ただ会社としては別館の店舗で開店から閉めまでひとりでこなせる貴重な人材らしく、僕もたかだかバイト歴2カ月ながら、唯一のオープニングスタッフという自負も少しあった。
例の一件から結那の替わりを店長が埋め、まもなく新しいアルバイトが2人加入。くしくも結那が提案していた体制ができあがる。
翌月の僕の休日、結那は一度事務所を訪れたらしい。最後の給与明細を受け取り、制服も洗濯して返却されたと聞いた。
僕のシフトをわかっているだろうから、1回でも店に顔を出してくれないかと淡い期待をしていたけれど、何ごともなくときは過ぎていった。あまりのあっけなさに思わず結那への薄情さを抱いたものの、考えてみればすでに職場はトラウマ級の嫌な思い出でしかないだろうし、二度と来ないのがふつうと納得。
夏前にはすっかり落ち着いた。
売上は当初からまったく上がることなく、やがて新人スタッフ2人のうちひとりは本店へ引き抜かれ、もうひとりも秋ごろからぱったり来なくなり、気づけば僕ひとりで店を回すように。
それ以降、僕が休みのときは店長や社員がピンチヒッターとして入り、僕の休憩時には本店から小一時間程度ヘルプを受けるというまた新たな体制が確立。
その間の僕はというと、割とひとりが性にあうことに気づく。
もともと大勢いる中でスポットライトが当たろうものなら自ら端へ引っ込んでしまう性格。誰か特定の人と気があう、あるいは逆の、見えざる派閥などができては余計な軋轢を生むよりよっぽどいい。
むしろ裏口からひとりで鍵を開けてシャッターを上げ、届いた商品を誰の指示も受けず検品、陳列。好きなようにレイアウトしても何も文句をいわれない気楽さ。売上は上がらないとしても、下がらないよう努力はしていたつもりだ。
それともうひとつ。結那に会うにはどうしたらよいかとずっと考えていたためだ。
かならず履歴書には連絡先が書いてあるはずだし、店長でなくても事務所の人にそれとなく聞いてみてもいいのではないかと考えたこともある。
けれど本人が承諾していない情報を勝手に得るのは気が引けたし、何より僕が変わらずここで働き続けてさえいれば、いつか会えるはずだと信じていた。
あえて辞めなかったのは、心の奥でずっとしこりとして引っかかったままだったから。どうしても踏ん切りをつけられず、気づいたら1年経っていたともいえる。
そして願いは突然叶う。
日中はウインドー越しの直射から冷房を入れるようになり、夕方の陽の長さも感じはじめたころ。
その日、閉店30分前となり客足は完全にストップ。長時間回遊していた人もひとりひとり減りはじめる。
僕は残り数人となった客の動きを見ながら閉店業務を逆算。まずは外に出ている幟を引っ込めようかとカウンターを抜ける。
その瞬間、どこからともなく声がかかった。
店内の客をおおよそ把握していたつもりだったので、いつのまにレジ前まで来ていたのかという驚き。さらには「やあ」と胸元に手を掲げて目をあわせるまでまったく気づかなかった。
1年ぶりに目にした結那は、ガラリと印象が変化。
制服とセットで焼きついていたビンテージデニムのボトムスではなく、夏を先取りしたいかにも女の子という膝下スカート。髪型も少し伸びたショートボブ。何より黒髪になっているのに一番ビックリした。
僕が長らく願い続けていた再会の喜びは想像以上で、まるでドラマのような、ときが止まった感覚を存分に味わった。
何から話せばよいかと混乱する頭の中、僕はようやくひとこと絞り出す。
「こ、近藤さん……?」
「久しぶり」
結那はまたしても、過去に見せたことのない表情を向ける。大きく口を開けて屈託なく笑うのではなく、白い歯をわずかに覗かせた大人びた微笑み。
「何か……落ち着いたね」
僕の言葉に目を細め、
「だって、落ち着いたもん」
結那は唇を尖らせていってから、ハハハと笑う。僕はようやく安心。
あまりの想定外の事態がよからぬ緊張をもたらしていたと気づく。
ここ1年に起きた店の変化、共通の趣味である音楽関係の話をいくつかした後、僕は自然さを装って切り出す。
「もう少しで仕事が終わるから、晩ご飯でもどう?」
結那は最初からそのつもりだったというように、すぐに笑顔でうなずいてくれた。
疲労に満ちた顔で粛々と終えるいつもと違い、何ともいえないワクワクした気持ちで店を閉める。
その後、以前何度か行った近くのファミレスで食事を終えてから2人で自転車を転がして帰った。僕だけでなく結那も話したげであったため、互いにそうした。1年前と同じ距離にもかかわらず、あっという間に橋のたもとへ着いた。
僕は1年かけてすっかりできあがっていた気持ちを面と向かって伝えた。
やはりわかっていたとばかりうつむいてから、
「いいよ……こんな私でよければ」
最悪は断られる、もしくは「考えさせて」と想定していた中での思わぬ返事。
結那のそっけない性格による順当ともいえる即答は少し拍子抜けしつつ、僕はあまりのうれしさからつい抱きしめてしまった。
経験のなさから苦しいといわれたのはご愛嬌。あの夜手をふって別れてから、帰り道の中ですぐに文字を入力。家に着くまで自転車に乗ることはなかった。
7月に誕生日を迎えた結那にピアスをプレゼントし、翌日カラオケの際につけてきてくれた。
去年の夏は、まるで世界が僕らのために回っていると思えるくらい楽しく充実した時間を過ごした。
これまで10カ月、僕たちは順調に交際を重ねてきた、はずだった。
A.ポケット内のものを確認している、または女を遠くから見ている場合
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B.カオリとひととおり会話をしている場合
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