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5話 お酒は世界を救うのだ


「あはは、今度はうちのあるじ、何したの?」

「……何もしてない、かな」


 実際、急に沈んだアイルが溺れたとでも思ったのだろう。ユーリウスはそれを助けてくれただけだ。そんな優しさをからかったのはアイルのほう、だが。


 ――このくらいの嫌がらせは可愛い……よね?


 そんなことより、アイルの目はリントの持つトレイに釘付けだった。


「その……リント、さん? そのお盆のものは?」

「あたしのことは『リントちゃん』って呼んでね♡」

「リントちゃん♡ そのお盆に載っているものはなぁに♡」


 この短時間で、アイルはリントの扱いを学んでいる。

 なので呼び方などあっさり受領して、じーっとそれを見ていると。


「お嫁さまがお好きだと聞きまして」


 と、そのトレイごとお湯の上に載せてくれた。

 細いシャンパングラスである。その中にはもちろん透明の液体が少量入っていた。そのお供にとして、小皿にちょこんとチーズが載せられている。


 思わずアイルは喉を鳴らす。


「い、いただいても?」

「もちろん♡」


 やったー、とアイルは今までで一番の笑顔を見せる。


 そしてシャンパングラスに口を付けると、ほのかな甘みが口の中に広がった。優しい味。だけどのど越しはキリッとしている。れっきとした酒である。


「これ、なんていうお酒? 白ワインかと思ったけど違うみたい……」

「お米で作ったライスワインという種類のお酒だわね。お風呂に入りながらだとねぇ、キリッと冷やしたこれが美味しいのよー。慣れてないかと思って今日はシャンパングラスで出したけど、本当はおちょこって小さい陶器のコップでクイッとね」

「なにそれ……めちゃくちゃそそられるんだけど……」


 途端に目を輝かせるアイル。

 それはもう、たくさんのスイーツやかわいい部屋なんかの比じゃないくらいに。


 だから気持ちよく頭がふわふわしてきたのもあいまって、アイルはご機嫌に尋ねるのだ。


「お米って、遠い東の島国のものじゃなかったけ?」

「あら~、さすが聖女さま。今どきのコにしたら博識だわねー。だけどだてにこの島は空を飛んでいないからね。行こうと思ったらけっこうすぐでさー」


 どうやら、他にもお味噌とか醤油っていう大豆を発酵させた調味料なども定期的に仕入れているらしい。しかも、おつまみのチーズも味噌というもので浸けたものだという。


 ピックで一つまみいただけば、なんて芳醇な塩味が広がることだろうか。チーズのもとからのまろやかさと相まって、これまたお酒が進むこと進むこと。


 ……と、グイグイ飲んでいると、シャンパングラスなんてあっという間に空になってしまう。アイルは欲望を隠さなかった。


「あのぉ~、おかわりは?」

「温泉の中で飲んでいるとあっという間に酔いが回るわよ~。だからまたあとでね。お夕飯と一緒に晩酌もオツでしょ?」


 なかなか話のわかるドラゴンである。

 リントに手を引かれ、アイルは温泉から出る。少し足を滑らせそうになり、そういや湯がぬるぬるしていたことにようやく気が付いたのだ。


「実はこの温泉で私を溶かそうって魂胆があったりとか?」

「だったらもっとお酒を飲ませて長湯させてるでしょーよ」


 あっさり否定されると、「たしかに」と頷いてしまうアイル。

 こどものように身体を拭かれながら聞いた話では、これも東の島国の文化で、肌の表面だけを少し溶かすことで美肌効果が発揮されるのだという。


「興味あるなら、今度垢だけ食べてくれる魚の足湯でも用意しましょうか?」

「なにそれ怖い」


 そんなことを話しながらも、すっかり打ち解けたアイルとリントである。


 これぞ、お酒の力。

 お酒は世界を救うのだ。


 ――それなのに、お酒が原因で身売りされるとはねぇ。

 ――お酒に誘われて求婚したのも私だけど。


 でも、どうせドラゴンに食べられるなら気持ちよく食べられたい。

 お酒を飲んで、楽しい気分で。

 眠っている間に食べられるのなら……それこそ本望ではなかろうか!


 などと、開き直っているとお着替えが終わっている。

 これまた上質な衣装だった。だけどドレスなどではない。袖口が太く、スカート丈も足首まで。パリッとした布地のガウンのようなもの……でいいのだろうか。それを下着の上から羽織らされては、お腹の部分でさらにしっかりした布帯を巻かれる。花柄の紺地に、花の色に合わせた薄黄色の帯の色合いがまた鮮やかである。


「湯上りといったら浴衣だわねー。ちょっと椅子に座って。髪をまとめるから」

「はーい」


 言われた通りにすれば、これまた飾りのついた一本の串で、アイルの濡れた桃色の髪をくるくるっとまとめてしまうではないか。


「それは……ドラゴンの魔法?」


 アイルが小首を傾げれば、一瞬目を丸くしたリントがケラケラと笑い出す。


「んなわけないじゃないのよー。今度お嫁さまにも教えてあげるわさー」


 そしてアイルは「さ、行きましょ」と背中を押された。

 脱衣場を出る。


 すると、なんと滑稽なタイミングなのだろう。

 そこに半裸の男がいた。怪物伯、ユーリウス=フェルマンだ。


 首元にタオルを巻いているからに、服が濡れて身体を拭きながら移動していたのだろう。

 日焼けした浅黒い張りのある肌。遠目からでもしっかりと見て取れる筋肉は、腕も肩も胸まわりもくっきり分かれている。儚さすら感じる銀髪の美貌と相反して、そのたくましい体つきに驚き、見惚れる女性は数多くいるだろう。まさに芸術といった美しさだ。


 だけど、その芸術の美貌を持つ伯爵のほうが顔を真っ赤にして動じていた。


「そ、う、ま、あ……」

「『そうだった。ついうっかりしてしまったが今日からアイル殿がいるんだった』じゃないだわさ! だから昔から言っていたでしょ、服を着て歩きなさいって、まだズボン履いていてよかったわよー。お嫁さまもごめんねー。今まで全裸で城内歩きまわっていたコだったから――て、どしたの?」


 ユーリウスをまるで母親のように叱ってから、リントがアイルを見上げる。

 アイルもユーリウスを見てポカンとしていたからだ。

 だから、リントはニヤニヤと口角をあげた。


「なになに? お嫁さまもあるじの身体気に入っちゃった? 筋肉はまぁ、人間の割にはついているものね?」

「いや、そーじゃなくて」


 アイルの即座の否定に、ユーリウスがしゅんとしたのは語るまでもない。

 だけどアイルはじーっとユーリウスの逞しい腕を見つめながら、ぼそりと呟いた。


「その腕のうろこ模様は……呪い?」


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