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3話 諦めの悪い男(怪物伯side)

 ピンクで大洪水な部屋の概念に、アイルは疑問を覚える。

 本来、私室とは安らぐための部屋なのではなかろうか。


「気が触れそうになるのは、私だけかな?」


 唖然とするアイルに答えたのはヴルムこと執事っこだった。


「あるじが『女性ならこういうのが好きだろう』とおっしゃいまして」

「チェンジで!」


 アイルが即座に要望を出すものの、ヴルムは申し訳なさそうに視線を落とす。


「他に人の住める部屋がございませんので、今日のところは」


 ――むしろ他にどんな部屋があるの?


 別に今のところ、食堂も通路も普通に丁寧な石造りの古風な城である。絨毯などもアンティークだろうが手入れが行き届いているし、誰に見せても恥ずかしくない内装だ。


 怪物とドラゴンの住処の実態が気になりつつも、ここで無駄に抵抗して今すぐバクりと食べられたら困るアイルである。


 仕方なしにピンク満載の部屋に足を踏み入れれば、「それではご夕食の際にお呼びいたします」とリントとヴルムが頭をさげてくる。ちなみにリントはずっと笑いを堪えている様子だった。


「はあ……」


 ようやく一人になり、アイルはため息をつく。


 ――どうせ餌にするのなら、一思いに殺してくれ。


 そう思わないでもないけど、言葉だけ聞けば、まるで自分を歓迎しているようではないか。

 誰もスイーツパラダイスや、ピンク全開の部屋なんて望んでいないけれど。


「どっと疲れたなぁ」


 アイルはベッドに横たわってみる。こんなにスプリングの効いたベッドなんて初めてだ。お日さまの香りと……花の香りに枕を探ってみれば、どうやらラベンダーのポプリが仕込んであるらしい。目さえ瞑れば至れり尽くせりである。


 ――こんなふかふかなベッドは記憶にないなぁ……。


 先ほど目覚めたばかりとはいえ、薬で眠らされていたのだ。それの前は籠城しようとまでしていた。身体の疲労感は尋常じゃない。


「これから私……どうなるんだろう……」


 アイルの脳裏にそんな不安がよぎるものの。

 今はただ、心地よい眠りに身を任せることにする。


  ◆


「女性は甘い物が好きなんじゃなかったのか……?」


 どこで聞いたか覚えていない。だけど女性は甘い物と可愛い物を好む生物だと思っていた。


「しかし……『好きではない』とは言っていたけど『嫌い』だとは言っていなかったよな」


 ユーリウス=フェルマン。彼は諦めの悪い男である。


 此度の縁談はユーリウスにとって念願の、奇跡のような機会だったのだ。

 フェルマン家の血を唯一継ぐ者として、後継者づくり、ならびに結婚は必要不可欠。


 だから、ユーリウスは若い頃からがんばった。

 お見合いを重ねること三十回。たいていは『怪物伯』という異名のせいで調書で断られる。

 ようやく面会までこじつけたとしても、彼の(いか)つい風貌に逃げ帰られる。血の滲む努力をして天空島まで招いたとしても、城の金品財宝にしか目になかったため、リントとヴルムに追い払われる令嬢もいた。


「だけど、俺は諦めんぞ!」


 ユーリウスには夢がある。

 その夢のために、彼は今まで一人とドラゴン二匹で生きてきたのだ。


「いつかお嫁さんと一緒に楽しくスイーツを食べるんだ!」


 先は、何日も前からワクワクと準備していた手作りスイーツを頭から否定されてしまって、思わず逃げてきてしまったが……そんな失態は二度と犯さない!


 その決意を新たに、彼はアイルの調書を撫でる。


「ぜったいに俺が幸せにしてやるからな」


 だって、この調書には可哀想なことしか書いていないのだ。


 聖女、アイル。十九歳。家名なし。

 孤児として教会が運営する孤児院にて育つ。その後、高い魔力を見出されて聖女としての教育を開始。その()()()()も相まって、十五歳から三年間、世界最強ギルドパーティーと名高い『白鷲のエクスカリバー』に在籍し魔物討伐に協力する。しかし実力不足が否めずに脱退。教会に戻ってくるやいなや、深酒という蛮行を繰り返す。


 ――ただパーティーから追放されたのが悲しかったんじゃないのか?


 彼女の特殊能力とやらについては何も書かれていないが、どうせ治癒能力の増大とかだろう。女の子なのに魔物討伐に駆り出されるなんて、怖かったに違いない。しかも三年も頑張ったのに強制的に脱退させられ、そのショックで酒に逃げていただけなのではなかろうか。


 ユーリウスは固く決意する。


「俺が全力でチヤホヤしてやらなければ」


 酒なんて忘れられるくらい、甘い物とかわいい物で彼女の世界をいっぱいにして。いつか、彼女が毎日幸せそうに笑ってくれたなら……一緒にスイーツを食べて、なんなら一緒に作ったりもして、お互い『あーたん♡』『ユーリ♡』と愛称で呼び合える仲になれたら、いつか家族も増えるかな、なんて。


 ――がんばれ、俺。


 ちょっと自分の趣味を否定されたくらいで、逃げてなるものか。


「そうと決まれば」


 ユーリウスの行動は早い。

 さっそく夕飯の準備を始めよう。メニューはもう考えてある。天空島だからこそ食べられる馳走を、これでもかと堪能してもらうのだ。昼食もとっていないから、腹を空かせているに違いない。


 そんなやる気に満ちているのに、扉がノックされる。


 ――ま、まさか、アイル殿⁉


 用件は……俺が泣いて出て行ったから、罪悪感でも覚えさせてしまったか? 

 それとも……お腹が空いたからやっぱりさっきのスイーツが食べたいとか?  

 あるいは……部屋でひとりが寂しいから、お喋りの相手になってくれとか⁉


「なに気持ち悪い顔してるのよー」


 しかし現実は残酷である。ただリントが入ってきただけだった。

 ユーリウスは落胆を隠さず相手をする。


「なんだ、夕食の準備はこれからしようとしたところだが?」

「それはいいんだけど……お嫁さまが」

「アイル殿が‼」


 前のめりに彼女からの要望に全力で応えようとするユーリウスに対して、リントは眉をしかめながら口にした。


「身体を拭く『水』がほしいと言ってきているんだけど」

「水? せめて湯ではなく?」


 なるほど、風呂に入りたいと。それならそうと言ってくれれば、うちには自慢の大浴場がある。もちろん清掃もばっちりしてあるので、好きなだけ利用してくれて構わない。


 それを一緒に掃除や備品の仕入れをしたリントがわからないはずがないのだ。


「何をどう聞いても、ひたすら『冷水』でいいとおっしゃられてさ~」


 頑なに桶の水で身体を清めると言って聞かず、ユーリウスまで話が回ってきたらしい。


 ――なぜだ?


 まったくもって理解できない。不思議である。

 だけど、それが『女性』というものならば。


 ――諦めるわけにはいかないなぁ⁉


 そのやる気も表に出したら怖いだろう。『怪物伯』は粛々と席を立つ。


「俺が行こう」


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