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26話 この旦那はイケメン設定です。


 そこは、とても男臭い場所だった。

 汗の匂いと酒の匂いが充満し、下品な男たちの笑い声が響いている。受付カウンターで愛想笑いを浮かべる女性職員に品のない口説き文句を吐いている輩もいた。


 そこそこ広くて清潔なはずなのに、狭くて汚く感じる。そんな建物の中で、ユーリウスは隣で平然としているアイルを思いっきり心配していた。


「本当にこんな場所に入って大丈夫なのか? 女の子にはキツイだろう?」

「だから、元冒険者していたんだから、冒険者ギルドくらい入ったことあるってば」


 その日、アイルはユーリウスと近くの冒険者ギルドに訪れていた。

 理由は簡単、天空城でのお留守番に飽きたのだ。


 ユーリウスはたびたび冒険者ギルドに訪れているという。


 理由の一つ目は、魔物退治の依頼を受けるため。お金に困っているわけでもない彼らだが、高難易度に対応できる冒険者が近くにいない場合、遠距離の移動もすぐにできるユーリウスらの出番となる。ギルド間は通信クリスタルが設置されているため、全国各地で情報が共有されるのだ。


 また、ユーリウスが冒険者ギルドを訪れる理由の二つ目がここにある。

 全国各地からの手紙や連絡事項を、ギルドに管理してもらっているのだ。

 なんせ、ユーリウスの治める領地は空の上。通常、馬などで運ばれる手紙や書状も、ドラゴンでなければ運ぶこともままならないわけで。一部黒電話なんて遺物があるエーデルガルト王城が例外なのだ。


 そのため、定期的に冒険者ギルドに訪れては、全国各地で自分宛の連絡がないかと応需してもらっているわけである。


 なので、何か連絡は来ていないか、あるいは討伐に困っている魔物はいないかと様子を見に行くというユーリウスに、単純な暇つぶしで同行したアイル。


「たまにはギルドの安酒を飲むのもオツだしね」

「こんな真っ昼間から飲ませないからな? ……まぁ、このあと商店でも回って、今晩の酒を見繕いたいなら付き合うが」


 一度は否定したものの、アイルのうるうる顔に、ユーリウスが呆気なく妥協案を出したときだった。


「ユーリウス様ぁ♡」


 ユーリウスが『♡』付きで名前を呼ばれるなんて初めて聞いたアイルである。

 見上げてみれば、彼自身も初体験だったのだろう。目をぱちくりさせていて。


 そして、彼を麗しく呼んだ令嬢の……そのまわりにいる一行の姿に、アイルは「うっ」と後ずさる。

 世界広しのはずなのに、どうして勇者一行と鉢合わせてしまうのだろうか。


 しかも、勇者クルトはアイルを見た直後、怪物伯に対して睨みを利かせていた。


「どうして、伯爵夫人になったアイルがこんな野蛮な所に?」

「……お嫁さんとデートして何が悪い」


 ――私はさらさらデートなんかのつもりはありませんでしたけど。


 だってアイル自身もいつも通りの普段着だし、ユーリウスも鎧を外したよく着ている服である。なので、しいて言うなら『デート』ではなく『日常品の買い出し』に近い行為なのだが。


 敵意を向ける男二人の間を縫って、修道服を可憐に着こなす聖女がユーリウスの腕を掴んだ。


「奇遇ですわ、ユーリウス様。こんな場所で出会えるなんて、まさに神の思し召しですわね!」

「あ、あぁ……アルメン嬢、で合ってたよな?」


 二人の会話に、思わず目を見開いたのはアイルだけではない。

 勇者クルトが尋ねていた。


「彼は、メルティの知り合いなのか?」

「はい、まだ家に居た頃……ユーリウス様とお見合いの話が挙がったことがございまして」


 ――噂の三十連敗のひとりか⁉


 天空城に来た初日に聞いた、ユーリウスの汚点。というか笑い話。

 たしかにメルティ嬢はかわいい。彼女の爵位をアイルは知らないが、立ち振る舞いからしてそんなとってつけたような貴族ではないのだろう。


 現に、目に涙を浮かべる様はとても絵になっていた。


「わたくし、ずっと後悔してましたの。せっかくユーリウス様から選ばれたというのに、一度もお会いすることなくお父様がお手紙のみでお断りしてしまって……その節は大変申し訳なかったですわ。父の代わりに、お詫びさせてくださいまし」

「気にしないでくれ。もう過ぎた話だ」


 彼女の綺麗すぎるお辞儀(カーテシー)に、たじろぐのはユーリウスだけではない。ギルド内にいた他の冒険者たちも酒を飲む手を止め、視線を向けてきている。


 だけどメルティは気に留めることなく、ユーリウスに縋りついた。


「それではわたくしの気が済みませんわ。どうか今度、改めてお食事でもご馳走させていただきたく!」

「いや、本当に……」


 チラホラと、ユーリウスはアイルに助けを求める様な視線を向けてくる。

 それを、アイルは腕を組みながら傍観していた。


 ――これは、一目惚れしたってやつなのかな?


 彼女の言葉を信じるなら、ユーリウスからのお見合いの話は父親との合意で一刀両断だった様子。なにせ不気味な『怪物伯』にこんなかわいい娘を嫁がせたい親もいなかろう。


 そして何の縁か、勇者パーティーに入ることになり……偶然『怪物伯』と会ってみたら、好みど真ん中といったところか。


 ――まぁ、たしかにカッコいいもんねー。


 アイルも初対面のとき、これが『怪物』かと驚いたものである。

 たしかに体格は少々人間離れした逞しさだが、相まって顔の造形の綺麗さがまさに芸術品。しかも銀髪に碧眼とか、ズルいくらいまである美しさだ。


 そんな美青年に一目惚れした令嬢の懸命な姿を見て。

 アイルは固唾を呑んでから、あっさりした様子で告げた。


「デートの一回くらいいいんじゃない? 別にまだ正式に籍を入れたわけでもないんだし」

「アイルどの⁉」


 アイルからの提案に、泣きそうなまでにショックを受けるユーリウス。

 対して、ぱあっと嬉しそうな顔がとてもかわいらしいメルティ嬢。

 そして、ずっとアイルと同じように傍観していた勇者クルトがニコニコと付け足した。


「それなら、オレとアイルも含めて四人で食事しないか――ダブルデートってやつだ」

『えっ?』


 アイルとユーリウスとメルティ嬢。

 三人が疑問符を返したのは語るまでもない。


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『800年悪女』公式サイト
「なろう」での『800年悪女』作品ページはこちら

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