表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/40

18話 祠の中の姑さま


「これ、ガチの本格的なやつ~~⁉」


 薄絹の湯浴み着のみ着たアイルは、ひとりで薄暗い(ほこら)を歩かされていた。


 リントの話によれば、天空島の外れにあるこの祠には祖竜『暁のドラゴン(モルゲンロート)』が眠っているという。フェルマン家の一員になる以上、祖竜さまのお許しを得る必要があるというのだ。


 ――つまり、姑に挨拶するようなものじゃない~⁉


 まぁ、正確な姑ならユーリウスの育ての親であるリントが相応しいのだろうが。


「結婚なんてするもんじゃないねー」


 伝統なり形式なり。ただただ面倒でしかない儀式である。

 それでも、なぜアイルが言われた通りにするのか――その理由はひとつしかない。


「まさか私が、姑と酒を飲みかわす日が来るとは……」


 その片手に持つボトルの中身はお神酒。酒である。

 中身は希少性の高い白ワインらしい。甘みが強く、アーモンドのような香りがするという。


 そんな酒が飲めるのならば、たとえ洞窟の中、ドラゴンの口の中。


 祠はそんな広いものではないらしい。

 すぐに奥の方からほんのりとした小さな明かりが迎えてくれた。


 魔力の光である。それを目視できるだけで、この場の魔力の多さが窺える。

 アイルだからこのような場でも平然としていられるものの……一般の人なら魔力酔いを起こしていてもおかしくない。


「なんせ二日酔いのエキスパートだからね」


 実際は聖女であるから、呼気から入る魔素の量を調節できるだけなのだが。

 残念ながら、祖竜『暁のドラゴン(モルゲンロート)』はツッコんでくれないらしい。


「はじめまして。私があなたのご子孫の元へお嫁に来た女だよ」


 だって、祖竜は壁一面の化石なのだから。

 挨拶も嫌みも返してくれない化石だけど、島ひとつ浮かした上で、さらにこれだけの魔力を未だ保持しているのだ。本当に創世の時代の伝説に他ならないのだろう。


「そんなご子息の嫁だなんて……本当にシャレにならないわ」


 アイルは愚痴を言いながらも、目の前の泉につま先を浸ける。


「つめたっ……」


 だけどリント曰く、この泉で身を清めながら、祖竜の化石にお神酒をかけ、自分も呑む。


 その一連の流れを無事にこなすことで、祖竜『暁のドラゴン(モルゲンロート)』に受け入れてもらえた試練になるという。


 ――多分あれだね。これだけ高濃度の魔力の耐性検査ということでしょう。


 そしておそらくこの魔力量が体質的に無理ならば、子孫を生むことができないか、あるいは命がけってことへの指標になるのではとアイルは憶測をつける。


「つまり、このあと二日酔いになれば、自然と結婚は解消されるんじゃ?」


 だからこそ、まだ婚姻未契約なのだろう。

 どうも彼らの性格からして、子孫を生む道具だけを欲しているわけではなさそうだから。


 アイルは小さく笑ってから、ボトルを化石へと傾ける。


「ねぇ、祖竜さま……本当に私なんかがお嫁にきてもいいのかな?」


 大切にされていることは、この一週間で身に沁みて理解していた。


 だから一応、アイルも甘くて芳醇なお酒を口にするけれど。

 杯をかわす相手が寡黙だからこそ、思わず本音が漏れてしまうのだ。


「こんな薄情な私が、誰かに愛されるなんて……」


 アイルがそっと化石に触れたときだった。

 途端、膝の力が抜けてしまう。だけどすぐに正気に戻ったので、すぐに体勢を立て直すアイルだけど……思わず、アイルは化石に皮肉をぶつけていた。


「こいつ……私を利用する気満々ってか?」

「お嫁さまー、だいじょーぶー?」


 そのとき、祠の入り口のほうからリントが声をかけてくる。


 ――ちょうどいいタイミングだね。


 アイルはいつもの調子で声を張り上げた。


「そろそろ冷たいからあがっていいかなー」

「もちろんだわよー」


 許可が出たので、アイルは早々に雪のように冷たい泉から上がる。

 そして去り際、動かぬ姑に対して中身の残るボトルを振った。


「また一緒にお酒飲もうね……私が覚えていたらさ」


 返事の代わりに、周りの魔力の光が淡くまたたく。




「おいし~~♡」

「今日は特別だからねー」


 城に戻ると、リントはすぐに温かい飲み物を用意してくれた。

 ホットワインである。お神酒の残りに、蜂蜜やシナモン、ショウガ、かんきつ類を足して作ってくれたらしい。蜂蜜のまろやかな甘みと、スパイスたちの刺激感が冷え切った身体に沁みわたる。


 暖炉も炊いてくれて、ロッキングチェアーに座ってそれを飲む至福の中。

 アイルはフーフーしながらつぶやくように尋ねた。


「ユーリウスたちって、どこに行ったんだっけ?」

「霊峰ね。霊峰アイフェル。そういや、お嫁さまの名前とそっくりだわねー」

「たしか、めちゃくちゃ寒いところだよね。あと(ふくろう)も生息しているんだっけ?」

「あら、お嫁さまは物知りねー」


 そんな雑談を少し離れたソファに座るリントとしながら。

 アイルは小さく笑って、仕方ないとばかりに肩を竦めた。


「このお酒、届けに行こうか」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

a
11月15日 小説1巻発売!
ど底辺令嬢に憑依した800年前の悪女はひっそり青春を楽しんでいる。①
 

fv7kfse5cq3z980bkxt72bsl284h_5m4_rs_13w_9uuy.jpg
『800年悪女』公式サイト
「なろう」での『800年悪女』作品ページはこちら

a
上記同日 11月15日 コミックス1巻発売!
100日後に死ぬ悪役令嬢は毎日がとても楽しい。①
 

fv7kfse5cq3z980bkxt72bsl284h_5m4_rs_13w_9uuy.jpg
『100あく』公式サイト
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ