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黒の剣姫 〜異世界転生したので世界最強を目指します〜  作者: 阿東ぼん
第一章 故郷〈ノホルン〉での修行編
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ライカは『気功剣技』の奥義をマスターした!

 それから数日は家事を中心に学び、お父さんが人の形を取り戻してからは毎日狩りに出かけるようになった。


〈ノホルン〉周辺にお父さんより強い魔物はおらず、私も狩りに関しては特に苦労することはなく特筆すべきこともなかった。


 強いて言うならスライムを片っ端から倒して出現頻度を激減させたり、ゴブリンの集落に単身突撃して壊滅させたり、コボルトの群れを蹂躙し尽くして群れのリーダーになりかけたり、まあそんなことがあったくらいだ。


 弱い魔物はそれだけ得られるものも少なく、経験値、熟練度、魔石稼ぎはある程度のところで打ち止めになった。


 経験値と熟練度はまったく稼げないわけではないのだけれど、私にはユニークスキル《女神の試練》とクロウの《魂喰い》による必要経験値100倍のハンデがある。〈ノホルン〉周辺での稼ぎはあまりに効率が悪いのであまり身が入らなかったのだ。


 魔石稼ぎに関してはクロウの格が〈魔物級〉から〈魔獣級〉に上がった直後からまるっきり停止した。魔石は魔物を倒すとドロップし、クロウを近づけると光になって吸収されるのだが、〈魔獣級〉になってからは何の反応もなくなってしまった。おそらく魔剣よりも高い格の魔石でないといけないんだと思う。


 私にしろクロウにしろ、最初の村でレベルカンストを目指す! みたいなことはできないようだ。


 ちなみにクロウについている必要経験値が10倍になる効果だが、経験値を貯めたあとにクロウを装備から外しても意味がなかった。外した際に取得した経験値が1/10になってしまうのだ。ズルしてレベルアップはできないってことね。


 狩りの他には『気功剣技』の鍛錬を行い、ステータスには反映されない強さを磨いた。体内の気を意識するところから始まり、それをコントロールして常に身体中に巡らせるのが極意だ。そうしなければ『気功剣技』の負荷に身体と剣が耐えられない。体内の気は全身から発せられる剣気と違って《鑑定眼・剣》では読み取れないから最初のうちはえらく苦労した。


 スキルに頼りすぎるとこういうことが起こり得るという良い教訓になったな。修行の一環として《鑑定眼・剣》の多用は控えよう。このスキルは強すぎる。強敵専用だ。


 狩り、鍛錬、家事、時々村の手伝い。


 私の生活は主にこの四つとなった。


 慌ただしくも充実した日々は瞬きの間に過ぎていく。


 誕生日を迎えるたびに私はまだ見ぬライバルたちへの想いを募らせていく。


 時に楽しく、時に厳しく。


 親子の時間を大切にしながら生きること、四年。


 私は十一歳になり──ついに狙っていた闘技大会が開催される年を迎えた。




「じゃあ、ライカ。修行の総仕上げといこう」


「はい」


「がんばってね、二人とも」


 四年前よりも白髪の増えたお父さんが雄大に木剣を構える。相変わらず綺麗なままのお母さんが少し離れたところで私たちを見守る。


 明日、私は近隣の伯爵貴族が統治する〈フォーン〉の町に行く。そこで闘技大会に参加し、優勝をもぎ取って王立学院への推薦状をもらう。入学までの一年間は伯爵家の従者として過ごす。


 すでに決まっているというわけではないけど、絶対にその未来を叶えてみせる。


「今更基礎を確認しても意味は薄い。それよりも『気功剣技』の奥義を打ち合おう」


「『烈火』に対して『流水』、『疾風』に対して『金剛』を合わせるんだね」


「そうだ。そして俺がついに習得できなかった最終奥義『無空』は『金剛』と『烈火』の合わせ技である『灼岩』で受ける。遠慮はするなよ」


「お父さん強いからね。信じてる」


「俺より強くなったくせによく言うよ」


 こうして打ち合うのもこれが最後だ。私はシャツにズボン、腰にクロウといういつもの格好を見下ろし、そこから伸びた手足の長さにこれまでの歳月を想う。


 修行漬けの毎日だった。そして、両親にひたすら愛してもらう毎日だった。


 これが最後──そう思うと泣きそうだ。


 けれど、堪えた。


 雑念を頭から振り払い、私は静かに木剣を構える。


「いきます」


 先攻は私から。いつもの流れ。お父さんに肉薄する。


 息を止める。人は瞬発的に力を発揮するとき無呼吸状態となる。意図的にそうすることで全身の筋肉を躍動させ、激しく燃え盛る火炎の如き連続斬りを放つ。


 ゆえにこの技を『烈火』と呼ぶ。


 一振り一振りが急所を狙った会心の一撃と思えばいい。それを息が途切れるまで最大効率かつ延々と繰り出し続けるのが『烈火』の真髄だ。一度当たれば二度目、三度目と攻撃が連なるため相手は防御に徹することを余儀なくされる。一方的なのを嫌って反撃に転じようものなら即座に全身を滅多斬りにされる。


 この技から逃れるには相手の無呼吸状態が終わるのを待つしかない。技の特性上、人体の急所を完璧に理解してないと連撃の合間に隙ができるという欠点があるが、そんなものは今までの修行で履修済みだ。


 鍛え上げた体幹と剣捌きによる攻撃速度は明らかに私のステータスを上回っている。傍観者のお母さんからすると私の身体は分身しているように見えるだろう。


 無慈悲な剣戟を浴びせ続けるこの『烈火』に対し、後攻のお父さんはゆったりと息を吐く。人はリラックスした状態になるとき息を吐いて脱力する。無駄な力を抜き、迫りくる連続攻撃を穏やかに流れる川水の如く受け流す。


 ゆえにこの技を『流水』と呼ぶ。


 私の木剣はお父さんのそれによって軌道をずらされ、新たに振り直すも加速する前に止められ、だんだんと次の一手に繋ぐことができなくなってしまう。時間が経つごとに後手に回らされ、いつしか攻守交代となり私が『流水』を、お父さんが『烈火』を使い始める。


 穏やかだった川の流れはやがて氾濫して敵を飲み込む。守りから攻めへのスムーズな移行。これが『流水』の真髄だ。


『烈火』と『流水』は対の技。表と裏の関係だ。両者の技量が拮抗している場合、外から止めてもらわないといつまでも決着がつかない。傍目には私たちが凄まじい速さを維持したまま滅茶苦茶な動きで打ち合っているように見えるだろう。


「そこまで!」


 お母さんの掛け声で、私とお父さんは互いを弾くようにして距離を空けた。


「見事だ、ライカ」


「そっちこそ」


 やっぱりお父さんはすごいや。四年前と違ってステータスの差をかなり埋めたのに全然突破できる気がしなかった。私が本気でお父さんの『流水』を破ろうと思ったら《鑑定眼・剣》の未来視および高速思考という反則技(チート)を使わないといけない。


「次は『疾風』と『金剛』だ。さぁ、来い!」


「ぶち抜く!」


 言葉とは裏腹に私は一気に脱力した。息は自然に。そして、風に吹かれて宙を舞うタンポポの綿毛のようにゆらゆらと揺れ動く。


 決してふざけているわけではない。この独特な動きが肝心なのだ。


 ゆっくりとした不規則な動きを相手の意識に刷り込むことで次の攻撃をより速いと錯覚させる。さらに、息継ぎのタイミングを狙うことで咄嗟の反応を遅らせる。


 最高でも時速100キロしか出ないと思わせておきながら突然160キロの豪速球を紛れさせたらどんな名バッターでも打ちにくいと感じるはずだ。

 

 速度のギャップと呼吸の間隙。二重の仕掛けによって相手を撹乱したところで疾風の如く踏み込んで斬る。


 これこそが真髄であり、ゆえにこの技を『疾風』と呼ぶ。


 この技の習得には一番苦労した。何せ戦いの最中に相手の意識と呼吸を読まなければならないのである。レベルとステータスでゴリ押すだけの馬鹿剣士には絶対に真似できない。言ってしまえば単純に隙を突くというだけなのだが、『疾風』はその究極形と言える。


「させるか!」


 一見ただふらついているように見える『疾風』。しかしこの技の真価を知るお父さんに一切の油断はない。全身と剣を気で包み込み、来たるべき衝撃に備えている。


 ──ここだ!


 生き物は呼吸なくして生きられない。いかなる強者であろうとその摂理からは逃れられず、付け入る隙は必ず存在する。


 お父さんがほんのわずかに気を緩めた瞬間、私は風になった。一秒未満で間合いを詰め、右肩から斜めに振り下ろす。袈裟斬りだ。研ぎ澄まされた一振りは音を鳴らすなどという無作法な真似をしない。


「ぐぅ!?」


 私の放った無音の一振りをお父さんが受け止めた。しかし、威力を殺し切れず大きくよろける。


 これが真剣勝負なら追撃の一手で詰みだ。つまり私の勝ちである。


「くそっ! 今度は俺からだ!」


「いつでもどうぞ」


 攻守逆転。お父さんがゆらゆらと揺れ動く。私は全身と剣を気で包み込む。


 息を吸い、練り上げた気を五体に充実させ、剣すらをも硬化させる剣身一体の防御技。使用者の肉体はまさに金属の如き硬さを得る。


 ゆえにこの技を『金剛』と呼ぶ。


 四年前、不完全ながらも偶然私が発動した『気功剣技』だ。


 あの頃と違い、私はこの技の真髄に辿り着いている。


 この技の特性は防御力の上昇そのものよりも発動時に起こる飛躍的な強靭度の上昇にある。打ち込まれる寸前に発動することで逆に相手の体勢を崩すことができるのだ。これが『金剛』の真髄であり、いわゆるパリィである。


 ぶっちゃけ未来視と高速思考を持つ私にとっては『金剛』が一番使いやすいしコスパもいい。パリィの感覚が楽しくて魔物相手に一日中遊んでいた時期があるほどだ。おかげで技のクオリティは『金剛』が最も高くなった。「得意技はなんですか?」と聞かれたら、私は迷わず「『金剛』です」と答えるだろう。


「ふッ!」


 お父さんが疾駆した。移動だけで衝撃波が発生する。選んだ剣は私から見て左下から右上に抜ける軌道。


 しかし、私は余裕を持って『金剛』を発動した。完璧なタイミングでのパリィにより、お父さんは私の『疾風』を受け損ねたとき以上に大きくよろけてそのまま膝を突く。


「はぁ……はぁ……参ったな……」


 お父さんは笑顔を貼りつけているが、額に冷や汗を浮かべていた。


「『烈火』と『流水』は互角。『疾風』と『金剛』は俺以上。その上『無空』まで使えるときた。免許皆伝だ。もう俺では……おまえには敵わない」


「悔しそうだね」


「そりゃあな。これでも剣士の端くれだ。でもそれ以上に嬉しいよ。可愛い一人娘が自分を超えてくれたんだから」


「お父さんはずっと私のライバルだよ。これから先もずっとね」


「……! ──ああ、次は負けないからな」


 私は手を差し出し、お父さんが立ち上がるのを手伝った。


「おっと」


「お父さん!」


「ロディ!」


 ざ、ぐらりとふらつきまた倒れそうになる。私は咄嗟に肩を貸して支えると、直後にお母さんが寄り添う。お父さんの膝はがくがくと震えていた。


「『疾風』の反動が思っていたより大きいようだ。すまんが『無空』は受けられそうにない」


「いいよ。それだけ私の技がすごかったってことだし」


『無空』は魔物にでも試し打ちすればいいや。


「言ってくれるじゃないか」


「未来の〈剣神〉なので」


「はは、これは闘技大会に出る他の子供たちが可哀想だぞ。少なくとも〈剣豪〉クラスじゃないと話になるまい」


「へぇ、それなら〈剣聖〉や〈剣王〉にも通用するようにしないとね」


「その通りだ。おまえの技はまだ発展の余地がある。俺や祖父さんでは至れなかった領域を目指せ、ライカ」


「すごかったわ、ライカ。お母さん感動しちゃった!」


「二人とも……本当にありがとう」


『凄まじい剣技だったぞ、ライカ』


 クロウもありがとね。両親に見えないようこっそり背中側に手を回してピースした。


 その後、私は家族揃ってエイダおばあちゃんをはじめとする村の人たちに挨拶して回った。みんな私の門出を祝い、涙を流して惜しんでくれた。私が闘技大会で負けて帰ってくると思っている人は一人もいなかった。


 夜、私たち家族は最後の食卓を囲む。明日の出発は早朝。〈スタッド〉まで徒歩で行き、それから〈フォーン〉行きの馬車に乗る。ゆっくりしていられるのは今のうちだけだ。たくさんの思い出話に花を咲かせた。




 そうしていよいよ旅立ちの日を迎える。


〈スタッド〉までは同行してくれるお父さんと家を出て村の出入口に行くと、そこには私を見送るために村人全員が顔を揃えていた。


「みんな……」


 やばい、泣きそうだ。


 感極まるってこういうことだったのか。


 涙ぐむ私を、お母さんが優しく抱きしめてくれる。


「ライカ。どこに行っても、どんなに強くなってもあなたは私の可愛い娘よ。つらくなったらいつでも帰ってらっしゃい。身体に気をつけてね。変な男の人についていっちゃだめよ」


「お母さん……」


 私はお母さんの背中を抱き返し、その肩に涙を擦り付けた。


 私の大好きな母さん。


 料理が上手でいつもニコニコしていたお母さん。


 赤ん坊だった私をあやしてくれた女性の身体は、今ではすごく小さく感じる。もうちょっと背が伸びれば私のほうが大きくなると初めて気づいた。


「ありがとうお母さん。大好き」


「私もよ。愛してるわ、ライカ」


 剣ばかり振っていた私に手を焼いたこともあっただろう。


 女の子らしくしてほしいと願ったこともあっただろう。


 それでもお母さんは大きな温もりと愛で私を包み込んでくれた。私はこの感謝の気持ちを一生忘れない。共に過ごしてきた歳月を想い、零れ落ちる涙の量が増えた。


「あのときの子がもうこんなに大きく育つとは……。時の流れというのは早いものじゃな」


「エイダおばあちゃんっ」


 腰の曲がった小さな老婆にも私は抱きつく。


 私の先生で、私の名付け親のエイダおばあちゃん。本を借りたり色んなことを教わったりと村人の中で一番お世話になった。彼女もまた両親同様、私の恩人だ。


「ほほ、知っとるか? おまえさんにライカという名前をつけたのはワシなんじゃよ」


「うん。稲妻のように激しくって意味の〝ライ〟と花のように優しく、あるいは火のように温かくって意味の〝カ〟を合わせたんだよね」


「おや、知っとったか。おまえさんは名前の通り強く優しい子じゃ。決して悪の誘惑に負けてはいけないよ。だが、必要とあらば存分にその力を使いなさい。力は正しいことのために使うものじゃ」


「わかりました。私はもっと強くなって、みんなを幸せにするために戦います」


「自分の幸せも蔑ろにしてはいかんぞ?」


「ええ、もちろん」


 先生として話されるとどうしても敬語になっちゃうな。子供らしくないと訝しまれたのはいい思い出だ。


「ライカちゃん、風邪引くんじゃないよ!」

「都会に行ったら美味いもんいーっぱい食いな!」

「婿さん見つけたら一旦帰ってこい! 変なヤツだったらワシがぶっ飛ばしちゃる!」

「元気でね!」

「毎晩ちゃんと歯ァ磨けよ!」


「他のみんなも本当にありがとう! 私がんばるから!」


 たくさんの激励にとびっきりの笑顔を返したあと、私は目元を乱暴に拭った。


 そろそろ出発の時間だ。泣くのはもうおしまい。


「行こう、お父さん。〈スタッド〉までお願いね」


「ああ、送らせもらうぞ。父親特権だ」


 愛する人たちに見送られ、私は〈ノホルン〉を後にした。


 温かい村だった。


 この村に転生できて本当によかったと思う。


 いつか私の名声を遠い地からこの村に届かせてみせる。


〈ノホルン〉の村を〝〈剣神〉が生まれた聖地〟にしてやるんだ。


【簡易メモ】


『気功剣技』の四つの奥義。


『烈火』──連続で会心の一撃を繰り出す技。

『流水』──攻撃を受け流し反撃に転じる技。

『疾風』──相手を惑わせ隙を突く技。

『金剛』──ガードに繋がるパリィ技。

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