ライカは王立学院を目指すことになった!
2022/8/31
前後のページで文章を整理しました。
すでに読んでくれた方は混乱してしまうと思います。
申し訳ありません。
今後も読んでいただけると嬉しいです。
「──はっ」
目が覚めたと同時、剣を構え直そうと身体を起こし、耐えがたい筋肉痛と頭痛に阻止される。立ち上がる気力を失った私はぼふんと背中側に倒れ込み、それで自分が自室のベッドで寝かされていたことに気づいた。
「起きたか、ライカ」
「お父さ……ってどうしたの、その顔」
ベッドの傍らにお父さんが座っていた。左右の頬が見るも無惨に腫れている。普通のビンタではこうはならない。
「『自分の娘に本気が斬りかかるなんて頭おかしいんですか!?』ってアンナに怒られてな。《付与》まで使ってグーで何度も殴られた」
「お母さん、怒ると怖いもんね……」
さすがに少し同情する。ちなみに《付与》は〈魔法使い手〉のスキルだ。
「正直死ぬかと思ったがアンナの言う通りライカの剣気にあてられて張り合っちまった俺が悪い。身体の具合はどうだ? どこか痛くないか?」
「筋肉痛と頭痛がする。今日はもう動きたくない」
「そうか……やはりな」
お父さんは一人でに納得したような顔を見せる。思い当たる節があるらしい。
「それは『気功剣技』を使った反動だ」
「『気功剣技』?」
転生するとき女神様がそんな単語を使っていたような気がする。
「ああ、人体に流れる魔力とは違うエネルギー、これを気と呼ぶんだが、それを使って肉体や剣を強化する技だ。俺の祖父さん……つまりおまえの曾祖父さんが編み出した」
お父さんは懐かしむように遠い目をする。きっとお父さんは曾祖父さんに鍛えてもらったんだろう。今は亡き師の姿を、娘である私の中に見たのだ。
「無意識だったんだろうな。でもめちゃくちゃびっくりしたぞ。教えてもないのに『金剛』を使い始めたんだから。それで本気になっちまった。本当にすまん」
「『金剛』って?」
「ライカが最後に使ってた防御技だよ。あれが『気功剣技』の奥義が一つ、防御の型『金剛』だ」
ふむ。さっきの戦いのラストで私は剣気を手元に集め、剣と自分を包み込んだ。剣気=気とすれば、あれによって偶然『金剛』が発動し、《鑑定眼・剣》の進化もあってお父さんの一撃をかろうじて耐えることができた。しかし、反撃に転じる余力は残っておらず敗北を喫した──……。
思い出した瞬間、涙と鼻水がとめどなく溢れてシーツを濡らした。
「ふ……ぐ、ぅう……!!」
「ど、どうしたライカ!? どこか痛むのか!?」
「ち、ぢがう……! まげだのがぐやじい……!!」
負けた。
負けたのか、私は。
知らなかった、負けるのがこんなに悔しいんだなんて!
「……いや、負けたのは俺のほうだよ、ライカ」
お父さんは背中を丸めてうつむいた。
「ライカには言ってなかったが、この世界はレベル至上主義だ。〈剣士〉でしかない俺などいくら剣の技量が高くてもクズのように扱われる」
話をちゃんと聞くために私は呼吸で気分を落ち着かせた。レベル至上主義か。ネット小説ではよくあることだ。
「ジョブの格が低いとレベル上限も早く来るから〈剣士〉の俺はこうして辺境の村の狩人になるしかなかった。祖父さんも同じ〈剣士〉だった。祖父さんはレベルで全ての立場が決まるこの世界の常識を良しとせず、レベル、ステータス、スキルに頼らない純粋な剣技を磨くことで成り上がろうとした。そうして生まれたのが『気功剣技』らしい」
そうか、それでお父さんのステータスには『気功剣技』という文字がなかったんだな。
「でもダメだった。『気功剣技』は祖父さんとその弟子しか習得できず世間からの評価を得られなかった。擬似スキルの域を超えない、スキルもどきの剣技。それが『気功剣技』の立ち位置だ。『気功剣技』の継承者はレベル至上主義の陰に埋もれてしまったんだ。祖父さんはいつもそのことを嘆いていたよ。俺も大人になってからようやくレベル至上主義の馬鹿らしさがわかった」
自分の努力が認められない悔しさは、努力することすら許されなかった私では計り知れない。努力しなければ挫折を味わうこともないのだから。お父さんと曾祖父さんはすごく苦しんできたんだと思う。
「レベルが上がるとステータスも上がる。ステータスの高い奴はステータスの低い奴よりも強い。だからレベルの高い奴は偉くてすごい。──単純でわかりやすい理屈だ。だから世界はレベル至上主義に染まっている。俺はライカにレベルの高さを誇りにするような剣士になってほしくないんだ」
「それで魔物狩りには行かせず純粋な剣の技量を磨くよう教えてくれてたんだね、お父さんは」
純粋な剣の技量とは、いわばプレイヤー自身の腕前だ。いかにレベルやステータスが高くても操作が下手だと負けてしまう場合があるのは少しでもゲームをやったことがあれば誰にでも理解できるだろう。
「ああ……さっきの試合みたいに純粋な剣の技量が優れていれば格上とも渡り合えるんだ。ライカはレベルの高さに溺れない真の剣士になるべきだ。それこそが〈剣王〉すらをも超えた〈剣神〉の姿だと俺は思う」
「うん、私もそう思う」
「わかってくれるか、ライカ」
「だって──レベルの高さで全てが決まっちゃうなんてつまらないもん」
剣が空を裂いたときの音。剣を綺麗に振り抜けたときの感覚。そういったものを無下に扱うのがレベル至上主義だというなら私は真っ向から反対する。私が愛する剣を馬鹿にするような輩は何人たりとも許さない。剣は剣であるというだけでも素晴らしいが、それを扱う技術も素晴らしく、決して無意味だったり無価値だったりするわけではないのだ。
「つまらない、か。……くく、あははははは! 嘆くでもなくつまらないときたか! おまえは本当に剣が好きなんだな!」
「あったりまえだよ。私はそのために転生まれてきたんだから」
「七歳でそこまで言えるならやっぱりおまえは〈剣神〉にだってなれる器だよ! ははは! は、はぁ──……」
お父さんはひとしきり笑ったあと、清々しい表情で私を見つめた。
「よし、決めたぞ。俺はライカを王立学院に入学させる!」
「はい?」
なんじゃそりゃ? と私は首を傾げた。
「王都にある世界一大きい学校だ。そこには世界中の子供が集まり、日々自分を鍛え上げている。卒業生は冒険者になったり王国騎士になったりして人類の発展に貢献するんだ」
なるほど、人類の戦力を育て上げる機関ってことか。
「王立学院は基本的に貴族しか入らないが、才能に恵まれた平民を取りこぼさないための特待制度がある。特待生になれれば学費は全額免除、寮生活にかかる費用も支給される上、冒険者ギルドへの登録も優遇される。小遣いが欲しければギルドでクエストを受けろってことだな」
なるほど、つまり超すごい奨学金ってとこか。
「その特待制度はどうやったら受けられるの? っていうかなんでそんなに詳しいの?」
「伯爵貴族が定期的に開く闘技大会で優勝すれば推薦状がもらえるぞ。そして一年間従者として貴族間のマナーを学ぶ。詳しいのは昔俺も特待制度を受けようとしたからだ。まあ結果はご覧の通りだが」
お父さんは自嘲気味に笑った。
「次の大会が開かれるのは四年後だ。王立学院に入れるのはその年に十二歳になる少年少女だけだからそこに焦点を定めておけばギリギリ間に合う」
青い瞳が期待を孕んで私の赤眼を覗き込む。
「ライカ、挑戦する気はあるか?」
意味なき問いだ。
「ここまで聞かされといて断ると思う?」
「はっはっは! いい顔で笑うじゃないか! 俺としたことがとんだ愚問だったな!」
傷とマメだらけの大きな手が差し出される。
傷とマメだらけの小さな手でそれを掴む。
「明日から猛特訓だ。『気功剣技』の全てをおまえに託す。どうか俺と祖父さんの夢を背負ってくれ」
「もちろんだよ。私は『気功剣技』を使って世界最強の〈剣神〉になってみせる! それが私の恩返しだ!」
剣の道を極めるという私の夢。
世に『気功剣技』を知らしめるというお父さんと曾祖父さんの夢。
二つの夢はここに重なり、私の行く末を照らす道標となったのだった。
「盛り上がっているところ悪いけど、どうしてそういう大切なことを私抜きで決めてしまうんです、ロディ?」
「「あ」」
そして、部屋の入口に我が家最強の女が仁王立ちし、笑顔のままブチギレていた。
拳に炎を《付与》し、百鬼夜行も裸足で逃げ出すような迫力でお父さんをフルボッコにしたお母さんは、一仕事終えたときのように「ふぅ」と額を拭った。
「たまには運動もいいわね」
夫をタコ殴りにして出てくるセリフがそれかよ。お母さんこっわ……。 百鬼夜行も裸足で逃げ出すわ。ボコボコにされたお父さんはぴくぴく痙攣している。漫画やアニメならモザイクがかかっていることだろう。おそらく三日はあのままだな。
「聞いてライカ。ロディったら昔からこうなんですよ。肝心なことは誰にも相談せずいつも一人で突っ走って失敗するの。まったく、何のための妻だと思ってるのかしら?」
「ナ、ナンデショウネ?」
怒りの矛先がこちらに向いたらたまらないのでつい返事がぎこちなくなる。
「話は私も聞いてました。この二年、ライカが必死に努力していたのも見てきました。ライカが王立学院に行くのには私も賛成です」
「ほ、ほんと?」
「あなたの才能はこの小さな村で燻らせておくものではないわ。ロディが諦めた夢を背負ってくれるのは私としても嬉しいですし。でもね、よく考えて。伯爵様のお屋敷で一年間、王立学院で三年間、合計で四年間は私たちと会えないのよ?」
親元を離れる心配か……。ぶっちゃけそういうのはないんだよな。一人暮らし歴もそこそこ長かったし。
「生活だって何から何まで保証してくれるわけではないでしょうし、ちゃんと自立した生活を送れるのかがお母さんは心配です。あなた周りが止めないとずーっと剣を振ってるんだから」
「う……それを言われると弱い」
筋金入りの剣術バカなもんで、気がつくと何も食べずに素振りだけして一日を終えることもある。親として看過できないのは当然だ。まあ前世の親は私が家を出ると言ったら「勝手にしろ、この恩知らずが!」とキレていたけどね!
「最低限の料理と掃除ができるようになること。技術としてでなく、日常的にこなせるようになること。これがお母さんの出す条件です。どう? できそう?」
「や、やるよ! そんなことで諦めるつもりなんてないんだから!」
「よろしい」
お母さんは満足げだった。
「ロディ、聞いてた? ライカにはこれから剣の稽古だけじゃなくて家のことも今まで以上にしっかりやってもらいますからね」
「はい」
物言わぬ肉塊と化したお父さんはなんとか声を絞り出していた。
「じゃあ、話はこれで決まりということで! お父さんは私が片付けておくからあなたは休んでなさい。明日から本格的に家の仕事をよろしくね」
「はい、わかりました」
「行くわよロディ。いつまで寝てるの。そこにいたらライカが休めないでしょ」
「…………」
口答えしたらさらに酷い目に遭うことがわかっているのか、お父さんは無言でお母さんに引き摺られていった。あれでも村一番のおしどり夫婦なんだよな。愛の形って様々だナァ(白目)。
『アンナがあんなに凶暴だったとは知らなかった。人間とは恐ろしいものだな、ライカ』
私の枕元という定位置にいるクロウから見てもビックリ仰天だったようだ。
「普段温厚な人ほど怒らせると怖いってよく言うよね」
『ロディも言っていたが、ステータスが全てではないのだろうな。ステータス的にはアンナがロディに勝てるはずがない』
「そういう話でもないと思うけど……。まあ人間にはいろいろあるんだよ」
魔剣には愛とか夫婦の力関係とかは無縁だもんね。わからなくてもしょうがない。
「ところでクロウ、お父さんが復帰したら魔物狩りに行けそうだよ」
『ようやくか』
「魔石、いっぱい稼ごうね」
『ああ。早くライカの力になりたい。それが俺の恩返しだ』
「私の真似した?」
『した。魔剣は使い手に似るらしいぞ』
ペットかよ。気を悪くするだろうから言わないけど。
「王立学院かぁ……。いったいどんな子がいるんだろう。私と同じくらい剣を愛してる子がいるといいな。一緒に鍛錬したい」
『どうだろうな? ライカの剣への執着は魔剣の俺からしても異常の一言に尽きる。そんなライカに匹敵するとなれば、おそらく一人いるかいないかといった具合になるだろう。出会えたらもはや奇跡だ』
「運命のライバル的な? 激アツじゃん」
『しかも魔剣使いだったら俺も敵愾心を抱くかもしれん。というか、その前に闘技大会とやらで優勝しなくてはならないのだろう? 自信はあるのか』
「それに関しては自信しかない。私はもう誰にも負けないよ。私に勝ったのは生涯でお父さんだけってことにしてやる」
『ほう、大きく出たな』
「だってすごく悔しかったんだもん。だから二度と負けたくない」
『ふっ、俺のマスターは実に素晴らしい』
褒めてくれるのは嬉しいけどさすがにスカしすぎじゃない? でもまあいいか。こういう変化を楽しむのも魔剣を育てる醍醐味の一つということで。
「ふわぁ……そろそろ眠くなっちゃった。ごめん、寝るね」
『ゆっくり休むといい、我が主よ』
クロウとの会話を打ち切り、私はシーツの中に潜り込んだ。睡魔はあっという間に意識をさらい、私を暗闇と安らぎの世界に落とす。
明日からまたがんばろう。
私はそう誓った。