ライカの持つ〈名無しの魔剣〉は〈魔剣グロウリー〉に進化した!
朝、目が覚めると何やらとんでもないことをやらかした気がして衝動的に〈名無しの魔剣〉を鞘から引き抜いた。
すると、なんということでしょう。
赤茶色の錆だらけだった刀身は見事な漆黒に染め上げられ、鍔の中心には真紅の宝玉が埋め込まれているではありませんか!
え、ナニこれどういうこと? なんで〈名無しの魔剣〉がこんなふうに変化してるの? 私寝ぼけてるのか?
ほっぺをつねってみたらちゃんと痛かった。ついでに予想していた通りの筋肉痛に襲われ、その痛みでバランスを崩してベッドから転げ落ちた。〈名無しの魔剣〉が顔のすぐ横に落ちた。あっぶねぇ!!
うごごごご……と呻きつつベッドに這い上がり、私は再び〈名無しの魔剣〉を手に取る。新たな姿を得た〈名無しの魔剣〉は黒髪赤眼の私に合わせたかのようなデザインだ。全体の長さが私の体格でも扱いやすそうな短さになっており、柄の太さも一回り小さくなっている。
それにしてもこの宝玉らしきものが綺麗だ。見ていて元気が出るような赤色をしている。触れるとほのかに温かく、まるで心臓のようだ。
『おはよう、マスター。まさか寝言で名前を決められるとは思わなかったぞ』
「……マジっすか?」
『マジだ。昨日の夜、急に身体が変化し始めたから俺も焦ったぞ。おかげで随分とイカした見た目になった』
「うわー、ごめん……そんなつもりはなかったんだけど……」
『魔剣の名付けは本人が納得した上でないと適用されないから大丈夫だ。大方夢の中で満足のいく名前が出たんだろ。そして俺は〈名無しの魔剣〉から〈魔剣グロウリー〉に進化したってわけだ』
〈魔剣グロウリー〉。
確かにその名前には覚えがある。成長し続けることで最強という栄光に至る魔剣、という意味だったはずだ。
『名付け親になったことであんたは俺の正式なマスターとなった。これからはマスターと呼ばせてもらうがいいか?』
「普通にライカでいいよ。マスターって柄でもないし」
『マスターがそう言うなら従おう。じゃあライカ、これからよろしくな。この〈魔剣グロウリー〉をあんたの手で最強に育て上げてくれ』
「なんか昨日までとキャラ違わない?」
『魔剣とはそういうものだ。使い手を選ぶからこそ適正がないと扱えない。今後俺が他の者の手に渡ることがあっても俺の使い手はライカが譲らない限りライカだけだよ』
名前をつけたことで明確な主従関係が生まれたと考えていいのだろうか。私は相棒として一緒に戦ってほしいんだけどな。
「まあ、とりあえずよろしくね〈魔剣グロウリー〉。言いにくいからグロウ……いや、クロウでいい?」
黒いからクロウ。鴉みたいな色だからクロウだ。
「もちろんだとも。ライカの好きに呼んでくれ。ちなみに真名を隠すことで他者の《鑑定》から逃れる効果があるぞ。《鑑定》は本来、対象の名前を正しく把握してないと使えないスキルだからな』
初見で名前どころか能力まで見抜ける私の《鑑定眼・剣》はチートってわけですかい。いつか魔剣使いと戦うことがあったらかなりのアドバンテージを得られそうだ。
「あ、ステータスって変化してるのかな?」
『見てみるといい。きっと驚くぞ』
私は手中にあるクロウに向かって《鑑定眼・剣》を発動した。
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【名 前】ライカ
【年 齢】5歳
【ジョブ】見習い剣士
【熟練度】0/10
【レベル】1
【経験値】0/1000
【体 力】10
【魔 力】1
【攻撃力】1+1(+3)
【防御力】1
【知 力】1
【素早さ】1
【幸 運】1
【装 備】
〈魔剣グロウリー〉《魂喰いLV1》
【スキル】
《なし》
【U・S】
《剣の申し子》
《無限収納》
《女神の試練》
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「おお! 攻撃力が増えてる!」
括弧内の数値が装備による加算値だ。〈名無しの魔剣〉時代は+1だった攻撃力が〈魔剣グロウリー〉になった今は+3になっている。基礎ステータス、ジョブによる加算値も加えると現時点での攻撃力は合計5。基礎ステータスの五倍だ! これは強い!
『名前をつけられたことで魔剣として覚醒し攻撃力がアップしたのだ。だが、一番注目してほしいのは《魂喰い》スキルだ』
「LV1って書いてあるね」
『説明するより鑑定してもらったほうが早いと思う』
私は《魂喰いLV1》に焦点を当てて《鑑定眼・剣》を発動した。
────────
《魂喰いLV1》
①装備者の必要経験値を10倍にする。
②喰らった魔石の数に応じて攻撃力を加算する。
③この装備に成長限界はない。
────────
「おお……つまり魔石さえあれば無限に成長できるってこと?」
『おうとも。それが〈魔剣グロウリー〉の能力だ。今はまだ〈魔物級〉だが今後〈魔獣級〉〈魔族級〉〈魔王級〉〈魔神級〉と格が上がっていけばスキルレベルも上がり、さらなる能力の解放が見込めるぞ。どんな能力になるかは俺にもわからんが』
「やっばー……めっちゃ強いじゃん!」
『ライカが俺を見つけ、そして名付けてくれたおかげだ。ありがとう』
やっぱりなんか前より礼儀正しくなってる。〈名無し〉から〈魔物級〉に格上げされたからかな? 〈魔神級〉になったら一人称が〝我〟になったりして。うんうん、格に相応しい話し方とかってあるよね。これはなんとしても育ててあげないと!
「魔物狩りが許されるのは当分先になると思うけど我慢してね」
『おうとも!』
これならお父さんにクロウのことを話してもいいかなと思ったけど、どうせならとびっきり驚かせたいよね。私はクロウの正体を隠し、ある程度魔剣として成長してから紹介すると決めた。一振りで巨大な魔物を斬り伏せてしまえるくらいの強さが目安かな。そのためにはもちろん私自身の努力も必要だ。
「よーし、これからもっと頑張るぞぉおうっ!?」
天井に向かって勢いよく両腕を突き出すと、不意に激痛が身体を貫いた。そうだった、筋肉痛だったんだ私。
『今日は大人しく勉強でもしといたほうがいいと思うぞ』
「そうしようかなー。あはは……」
というわけで今日の稽古はお休みである。
お父さんに筋肉痛のことを伝えると「そりゃそうだ」と大笑いしていた。お母さんは「強くなりたいのならしっかり食べるんですよ」といつもよりご飯を多くしてくれた。
早く毎日剣を振れる身体になりたいものだ。食事、鍛錬、休養の三要素が強い身体を作ることはなんとなく知っている。これからは闇雲に鍛えるのではなく、スケジュール調整や食事管理にも気を使うべきだろう。
朝食後、私はこの村の近辺に現れる魔物についた調べ直すべく村一番の物知りであるエイダおばあちゃんのところに向かった。
「おはよう、エイダおばあちゃん! 本見せて!」
「おはよう。よくきたね。好きなだけ読んでいくといい」
エイダおばあちゃんの家には本がたくさんあり、いつでも読みにきていいと許可をもらっている。剣を得る前の私にとっては数少ない娯楽の一つでしかなかったが、今は知識の宝物庫に見えた。
確か子供向けの魔物図鑑があったはずだ。エイダおばあちゃんに見守られながら目当ての物を探し出し、椅子とテーブルを借りてお昼頃まで読み耽る。
そのあいだ腰に携えたクロウは私の邪魔にならないよう一言も声を発しなかった。別に話しかけてくれてもいいんだぞ? せっかく剣と会話できるんだもん、嫌な気持ちが湧くはずもない。
エイダおばあちゃんにお礼を言って家に帰り、昼食をおなかいっぱい食べながら調べた内容について頭の中で整理する。
ここ〈ノホルン〉の村の周りに棲む魔物は以下の三種類。
スライム。ゴブリン。コボルト。
この中で最も倒しやすいのはスライムだ。図鑑によると、大きさはバレーボールくらいで、移動速度は歩くことを覚えたばかりの赤ん坊くらい。そこいらを探せばすぐ見つかるくらいの出現頻度で、攻撃方法は全身を使った体当たり。群れを作るような知能がないから魔物狩りの練習にはうってつけらしい。なお、攻撃の瞬間だけはそうでないときとの速度差もあってすごく速く感じるのだとか。威力はバレーボールのスパイクくらいなのかな?
対してゴブリンとコボルトは群れで現れることが多いらしく戦いに不慣れなうちは逃げたほうがいいと書いてあった。戦闘経験皆無な私としてもひとまず交戦は避けたい。魔物狩りに慣れてきたらスライムよりは経験値効率がいいだろうから狩って狩って狩り尽くそう。絶滅させてやるぜ!
ちなみにステータスまでは記載されてなかった。そこは子供向けだから仕方ないね。私の《鑑定眼・剣》では調べられないだろうし今度〈スタッド〉の町に行ったらお父さんに良い図鑑を買ってもらおう。代金は出世払いでお願いします。
午後は家でお母さんの手伝いをして過ごした。この夫婦は本当に私によくしてくれるので親孝行はまったく苦にならない。あまりの手際のよさにお母さんは驚いていたが、これでも一人暮らし歴は長いほうなのだ。簡単な家事ならお手の物だ。
翌日は筋肉痛が治まってきたので午前中だけ稽古をつけてもらい、午後はエイダおばあちゃんのところで勉強した。
翌々日は筋肉痛がすっかり回復していたのでつい一日中剣を振ってしまった。集中力は保つのだが、身体はやはりついてこれず再び筋肉痛地獄である。
さらに次の日、私は寝込みながらスケジュールについて真剣に考えた。ちゃんと休養日を設けないとダメだ。かえって効率が悪くなる。
熟考した結果、このようなローテンションに決まった。
午前・素振り 午後・勉強
午前・走り込み 午後・素振り
休日
剣の技量を磨きつつ基礎体力を鍛え、勉強と休日で身体を休ませることを目的としたスケジュールだ。
とりあえずはこれで行こうと思う。
一ヶ月後。
実際にやってみるといい感じであることがわかり、このスケジュールを正式に採用した。空いた時間ではお母さんや村人の仕事を積極的に手伝った。
その甲斐あってか私の評判は良く、だんだんと力仕事も任せてもらえるようになり、水汲みや畑仕事なんかは鍛錬にもちょうどよかった。これなら狩りに連れて行ってもらえる日がくるのもそう遠くはないだろう。真面目にがんばっていればお父さんはきっとわかってくれるはずだ。
そんな努力と感謝に満ちた毎日を繰り返し──
私は七歳の誕生日を迎えるのだった。