ライカは〈剣神〉の才を見出した!
ダンゴさんの鍛治工房を出たあと、私たちはジョブの選定をするために教会に行くこととなった。
〈名無しの魔剣〉の名前については後回しだ。家に帰ってからじっくり考えたい。それをお父さんにバレないようこっそり伝えると『後世に残る名前として、かっこいいのを頼むぜ!』と〈名無しの魔剣〉は期待のこもった声を返してきた。
教会は〈スタッド〉の町の中心にある。中に入ると何人かの町民が長椅子に座って祈りを捧げており、祭壇には老齢の神父がいて穏やかな笑みを浮かべたまま聖書らしきものを読んでいた。
「こんにちは、神父様。〈ノホルン〉のロディです」
お父さんが軽い会釈と共に挨拶すると、神父は聖書(仮)を閉じて脇に抱える。
「ロディ殿。元気そうで何よりです。今日はどうされました?」
ゆっくりとした話し方には眠気を誘われそうになる。この声で長々と聖書の朗読なんてされたらたまらないな。
「娘のジョブの選定をお願いしたいのですが」
「娘の……ああ、そちらの女の子はライカさんでしたか。いやはや子供の成長は早いですなぁ。もうこんなに大きくなって」
「こんにちは!」
挨拶は大事。社会人の基本ですな。
「おかげさまですくすくと育ってます。この子は剣が好きでしてね、できれば〈剣士〉のジョブにつかせてあげたいのです」
「そればかりは適正を見ないとわかりませんな。奥の部屋へどうぞ」
神父さんの案内で移動した先には、縦に長いドーム状の部屋が待っていた。部屋の中心には台があり、ボーリング玉くらいの水晶玉が置かれている。
「ライカさん。これに触れて意識を集中してみてください。そうすることによって魔力が流れ込み、あなたに合ったジョブを調べられます」
「はい!」
私は身長が足りないのでお父さんに抱っこされながら両手を水晶玉に押し当て、頭の中で手のひらからエネルギー波を撃つ。たぶんこれで合ってるはずだ。わくわく。
水晶玉がぼうっと輝き、中に文字らしきものが浮かんだ。こちら側からだと反射と屈折で上手く読めない。代わりに、水晶玉を挟んで私の向かいにいる神父さんが目を凝らしてそれを読む。
神父さんの表情が急に変わった。
「こ、これは……! こんなことがあるのか……!」
「ど、どうしたんですか!?」
お父さんが不安げに尋ねた。
「失礼、まさかこのような結果になるとは思っておらず取り乱してしまいました」
神父さんは深呼吸を一度して、
「よくお聞きください。この子は剣の天才です。〈剣士〉として生きる以外に道はないと言ってもいいでしょう」
「なんですって!?」
「やったぁー!」
『さすがだぜ、ライカ! 俺の目に狂いはなかった!』
私にしか聞こえない叫び声をあげる〈名無しの魔剣〉に対して「あんた目ぇないでしょ」と無粋なツッコミを入れそうになったがかろうじて我慢した。
「ライカさんもしっかりと聞いてくださいね。ライカさんは剣士のジョブ以外に候補がありませんでした。つまり剣士に特化した才能の持ち主であるということです。普通はこんなことありえません。大抵は〈剣士〉の適正があっても〈槍士〉や〈斧士〉のジョブも候補に上がってくるのです」
「わかります。俺も子供の頃〈剣士〉か〈槍士〉で悩んで結局剣士にしましたから」
「お父さん。なんで〈剣士〉にしたの?」
「そりゃかっこいいからに決まってるだろ」
「わかる!」
さすが我が父!
盛り上がる私をよそに神父さんが軌道修正する。
「話を続けます。候補が多いということはそれだけ一つ一つのジョブ適正が低いということですので、ライカさんはまったくその逆になります。ジョブには五つの格がありますが、剣士の場合は下からただの〈剣士〉〈剣客〉〈剣豪〉〈剣聖〉──そして最高峰の〈剣王〉という格があります。これらをまとめて剣士と呼ぶこともあれば格に合わせた呼び方をすることもあります。剣士と名乗っていても実際は〈剣豪〉だったりするわけですね」
「ライカはどの格に相当するのですか?」
お父さんが聞きたいことを聞いてくれた。それが気になってたんだよ。剣の道を極めるために転生までした私に適正がなかったら誰も剣を使うことなんかできないはずだ。ゆえに剣への適正があるなんて当たり前だ。〈名無しの魔剣〉も剣聖以上だと言ってくれているし。
「それが……わからないのです」
わからない?
「わからない?」
私の心の声とお父さんの実際に発した声が重なった。
「単純に計り知れないという意味です。数十年この仕事をしてますが、候補が一つしかない子供なんて今まで見たことがありません。ゆえにこの子は剣の道でしか生きられないと言わせてもらったのです」
教会で適正を調べてもらい、その中から己が進むべき道を選ぶ。候補が複数あるのがこの世界においての常識らしい。
なるほど、だからジョブの〝鑑定〟ではなく〝選定〟なのか。正直ずっと引っかかっていたんだ。よくあるのは「あなたの才能は〇〇です。この先〇〇として生きていきなさい」っていう神のお告げチックな決めつけだもんな。選択の自由があるのはいいことだ。だけど私は最初から剣士以外の候補がないから例外というわけだ。
「かの〈剣王〉ですら剣士以外の候補が一つあったという話ですから、ライカさんは〈剣王〉をも超える存在……人の域を超えた神業の使い手、いわば〈剣神〉に至れるかもしれませんね」
「ライカにそこまでの才能が……」
「〈剣神〉……!」
それは間違いなく世界最強の称号であり、私が目指すべき極地だろう。
私は生前からずっと剣の道を歩みたいと思っていた。しかし、親に反対されてそれは叶わず、いつのまにか社会人になり、自由を得た頃にはもう道は閉ざされていた。どんなに地位が高かったとしても、どんなにたくさんのお金を持っていたとしても、進んでしまった時計の針を戻すことは誰にもできない。
けれど私は数奇な運命の導きによって死を迎え、この〈イグナイト〉に転生し、〝リカ〟を捨てて〝ライカ〟になった。ここにいる黒髪赤眼の私には神の域に至れるほどの剣の才能があるという。
これで何もするなっていうのは死ねと言ってるのと同じだ。
……うん、私はここに決意する。
〈ノホルン〉のライカは必ずや〈剣神〉に至ってみせると!!
死ぬほど努力して生前は夢見ることすら叶わなかった世界最強の剣士に成り上がってやる!!
「ライカは〈剣神〉になりたいのか?」
私の決意を確かめるかのようなタイミングでお父さんが聞いてきた。私は「絶対になる!」と力の限り叫ぶことでその道に進む許しを乞う。反対しようものなら〈ノホルン〉を捨てて旅立つ所存だ。
お父さんはそんな私を見て頭を優しく撫でてくれた。これは……オーケーってことでいいのかな?
「なりたい、ではなく、なる、か。ははっ! ライカはきっと剣の道を極めるために生まれてきたんだな」
そうだとも、私は剣の道を極めるために転生まれてきた。誰にも邪魔させない。どんな努力も惜しまない。私が剣を選んだように、剣も私を選んだのだ。それ以外の道など最初から存在しない!
「神父様、お忙しい中ありがとうございました。私はこの子を剣士として育てたいと思います」
「いいの!? やったぁー! お父さん大好き!」
「〈剣王〉すら超えると言われた才能を俺ごときが潰すわけにはいかないよ。帰ったらお母さんにも伝えよう」
「うん!!」
「ほっほっほ、こりゃあライカさんが大成するまで死ねませんな」
「長生きしてね、神父さん!」
「神がそれをお許しになるのであれば」
マジでありがとう、神父さん!
『〈剣王〉すら超えた〈剣神〉か……俺はとんでもない奴と出会ったのかもしれないな』
君にも絶対後悔はさせないよ、〈名無しの魔剣〉くん!
夕方、私たちは〈ノホルン〉に帰ってきた。
私はすぐお母さんに〈剣神〉について話した。お父さんの擁護もあって反対されることはなく、私は明日からお父さんに剣の稽古をつけてもらえることになった。
ジョブの選定を終えたことでステータスも変化していた。
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【名 前】ライカ
【年 齢】5歳
【ジョブ】見習い剣士
【熟練度】0/10
【レベル】1
【経験値】0/1000
【体 力】10
【魔 力】1
【攻撃力】1+1(+1)
【防御力】1
【知 力】1
【素早さ】1
【幸 運】1
【装 備】
〈名無しの魔剣〉
【スキル】
《なし》
【U・S】
《剣の申し子》
《無限収納》
《女神の試練》
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ジョブが〈見習い剣士〉に変わり、攻撃力が+1されていた。おそらくこれは熟練度を10体貯めることで〈見習い剣士〉から〈剣士〉に格上げされるということだろう。たぶん仮免みたいなものだ。ジョブによるステータスの加算も格上げによって増えると思われる。
こうして目に見える形で能力が増すというのは大変気分がいい。なんとなく身体中に力が満ちている気もする。〈剣神〉に至る頃にはどんなステータスになってるかな? 私は剣を一番に愛しているけど、その次くらいにゲームも好きなのだ。ゲーマーとしてワクワクしないはずがない! ふははははは!!
私は一日中ハイテンションを維持しながら夜を迎えた。
最高だ。本当にありがとう。私は本当に出会いに恵まれている。お父さんもお母さんも女神グラウディア様もみんなみんな大好きだ。
強くなるのは既定事項として、磨き上げた強さできっとみんなを幸せにしてみせる。
それが私にできる最大の恩返しだ。
明日から稽古をがんばろう。
〈名無しの魔剣〉につける最高の名前も考えなきゃね!