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ライカはお灸を据えられた!【後編】

セバス視点


思ったより長くなりました。

仕事つらい→現実逃避したい→執筆

の三段ジャンプで書き上げました。

嬉しいことだってたくさんあるのにどうして人は嫌なことばかり思い出したがるんでしょうね。

(でも、おかげで書けた!)

 まったく、なんなのですかあの子は!


 私は廊下を歩きながら溜め息をついた。生意気な小娘とはいえ自分より弱い者をいたぶるのはそう気持ちいいものではない。ましてやお嬢様が見ている前で、だ。我慢に我慢を重ねていたとはいえ感情を制御できなかったことが恥ずかしい。旦那様に見られていなかったことが幸いだ。


「見ていたぞぉ、セバス〜?」


「!?」


 そんなことを考えていたら曲がり角から揶揄うような笑みを浮かべた我が主が現れた。私は思わず声をあげそうになる。


「鉄の男と言われたおまえがあそこまで荒ぶるとはらしくないな」


「お、お恥ずかしい限りでございます」


 本当に恥ずかしい。年甲斐もなく顔から火が出そうだ。


「まぁ、気持ちはわかるぞ。かつては正義感ゆえに女神教と袂を分かつことになったおまえだ。仮にも貴族の従者となったライカの振る舞いに憤るのも無理はない」


 はっはっは! と我が主は笑いながら私の背を叩く。マリアンヌ様を亡くしてからお嬢様と和解するまでのあいだまったく見ることのできなかったこの豪快さこそが本来の彼だ。それがよりにもよってあの子のおかげで取り戻されるとは……今更ながら実に複雑な気分だった。


「だが一種の同族嫌悪かもしれんな? 自分の信じたものだけ見つめて突っ走るところなんか昔のおまえにそっくりだろう」


「旦那様、お戯れはそのあたりで……」


「はっはっは! 少し意地が悪かったか、すまんすまん。最近身体の調子がよくてな!」


「それは何よりでございます」


 お嬢様と和解してからの回復ぶりは医者が驚くほどだ。それだけマリアンヌ様の死が彼の心を蝕んでいたことが窺える。


「私はレティを育てるので忙しいし、騎士団長のほうはアルセラを指南しているようだ。セバスの思う通りにやって構わん。ライカのことは任せたぞ」


「…………」


「嫌か?」


「……いえ、かしこまりました」


 主君の命だ、了承するしかない。


 我が主とすれ違い、角を曲がったあと、私は再度溜め息をついた。




 あれから数日後。


 恐ろしいことにライカは随分と静かになった。あの子がやられっぱなしで終わるはずがない。いったい何を企んでいるのか……。平穏な日々が続いているというのに心労は募るばかりだった。


 その日、私は屋敷の倉庫で数人のメイドとともに食糧や衣類などの資材管理をしていた。書類をめくっていくと、ふと不自然な記述があることに気づく。


「ん? 大量の回復薬が運び込まれているようですね。騎士団宛の間違いではないですか?」


「ああ、それですね。なんでもお嬢様が発注されたそうですよ。さっき中庭に積んでおくよう指示されておりました」


「そうですか。念のため私が確認してきましょう。あとはお願いできますか?」


「かしこまりました」


 資材整理をメイドに任せて中庭に行く。この時点で嫌な予感がしていた。


 中庭には山積みされた木箱の頂点に座るお嬢様がいた。と言っても、木箱は三つだけなので崩れる心配はない。問題はその前にライカが立っていることだ。


 ライカは愛剣を腰に提げ、練習用の木剣を地面に突き立てた姿勢で目をつむっている。さながら決闘相手の到着を待つかのように。


「来ましたね、セバスさん」


 ぎらり、と好戦的な眼差しが私に向けられる。


「今度はきっちり準備してきました。お相手願います」


「……正気ですか?」


 木箱の中身は大量の回復薬だろう。それを用意した上で私に挑むということは、つまり──。


「無論、私が勝つまでやります。手抜きは許しません。殺さないでいてくれたらそれでいいです」


「いえ、それよりも一体どうやってこれほどの回復薬を? ……まさか、お嬢様にタカったのか?」


 だとしたらお仕置きでは済ませられない。二度とこんなことをしようと思えないほど徹底的に叩き伏せる必要がある。


「あ、それは大丈夫。レティには発注を頼んだだけですから」


 この子、またお嬢様のことを……。


 いや、今はいい。


「でしたらどこからこれだけの資金を?」


「そりゃ、今までもらった給料ですよ。貯まってた分ぜーんぶ使いました」


「……は?」


 いったい何度私を絶句させたら気が済むのだろう、この子は。言っていることが理解できず──いや、言葉自体は理解できるが、どうしてそんな結論に至るのかが理解できず固まってしまった。


「ば、馬鹿なことを。貴女くらいの子は友達と遊んだり好きな物を買ったりするためにお金を使うものです。こんな、こんな自殺紛いの訓練になどっ」


「いらない」


 ライカは恐ろしいほど透き通った声で言う。


「仲の良い友達も、綺麗な洋服も、美味しいおやつも、素敵な男の子とのデートも、可愛い赤ちゃんも、いらない」


 私は悟った。


 自暴自棄? 人格の故障?


 いいや、違う。


「私が欲しいのは一つだけ。誰よりも強い剣士になるという夢。それを叶えられるなら他は何も惜しくない」


 彼女にとって──剣に生涯を捧げることこそが正気なのだと。


「それでこそわたくしのライバルですわ!!」


 そして、彼女に影響されてか、お嬢様もその領域に片足を突っ込んでいるらしい。お嬢様自身がそれを望むならただの従者でしかない私に止める術はない。ならば、私は……。


「貴女には狂わされてばかりだ」


 良い方向にも、悪い方向にも、彼女は嵐のように場を掻き乱していく。


 なるほど、確かに。


 我が主よ、貴方の言う通りです。


 この狂気とも言える自分への正直さは、かつての私そのものだ。


 ──ならば、私は私なりに腹を括ろう。


「いいでしょう。このセバス、やるとなったら手は抜きません。やめるなら今のうちですよ?」


 そう言うと、ライカはとてつもなく嬉しそうに瞳を輝かせた。


「よろしくお願いします!!」


 そして地面から剣を抜き放ち、正眼に構えるのだった。




 子供の成長速度というものは時に大人の常識を凌駕する。


 その中でもライカのそれは群を抜いているだろう。


 結局、私との訓練は私の圧勝で終わった。通常業務があるので小一時間ほどしか猶予がなかったのだ。しかし、ライカはそんな短時間で私の動きを見切り始めた。


 聞けばライカはあまり魔物と戦ったことがなくレベル自体は低いままらしい。それでいてあの戦闘技術は天才という他ない。剣士としての天賦の才はマリアンヌ様すら超えているかもしれない。お嬢様がライカのライバルで居続けるというならば極めて困難な道を歩むことになるだろう。ライカはそれほどまでの傑物、いや怪物だ。


 何よりも強さへの執念が恐ろしい。勝利ではなく強さにこだわるから安易に卑怯な手を使おうとはせず、常に自分を最も高められる選択肢を選び続ける。そんなストイックさこそが彼女の真髄と言えるだろう。


 まだ成人もしていない子供が、だ。私としては子供にはできるだけ子供らしくあってほしい。強さのために全てをかなぐり捨てることなどあってはならないのだ。私はそうやって過ちを犯し、周囲から見限られ、孤立した。我が主に拾われていなければ一体どうなっていたことか。


 我が主には返しても返しきれない恩がある。我が主がライカが強くなることを望むなら、私は私のこだわりを捨てよう。こだわりを貫くには私はもう年老いすぎた。


 翌日、回復薬の効果もあってライカは昨日と変わらない様子で私を待っていた。早起きして仕事はこなしているようだからそこはもう何も言うまい。


「今日もよろしくお願いします! 今度こそ私が勝ちますから!」


 ああ、眩しいな。


 私も彼女のように笑って理想を追いかけられたらよかったのに。




 ライカはやはり天才だ。


 一日一時間足らずの訓練を続けること一ヶ月。


 わずか一ヶ月のあいだに彼女は私に適応し、今では互角に戦り合えるようになった。


「もらったぁ!!」


 そして、ついに敗北した。


 私の拳をギリギリで躱して放ったカウンターの斬撃が私の横っ面を叩く。


「ぐぅッ」


 久方ぶりの痛みに苦悶をこぼし、たたらを踏み、尻餅をついた。私の腰ほどまでしか背丈のないライカが勝ち誇った笑みで私を見下ろしている。不思議と嫌な感じはしなかった。


「私の、勝ち、です、ね──」


 成長途中の小さな身体に溜め込まれた疲労が限界を迎えたのだろう。勝利宣言するとともにライカは地に倒れ伏した。


「……見事」


 素直に称賛した。いっそ清々しかった。これが弟子の成長を喜ぶ師匠の感慨というものか。存外、悪くない。


 気絶したライカを医務室に運び、後始末を医者とメイドに任せて私は通常業務に戻る。仕事はいつもよりスムーズだった。今夜は酒でも飲むか。


 夕刻、ライカが目覚め、私を呼んでいるとメイドから伝えられた。次は何を要求されるのだろう。少しだけワクワクしている自分がいた。


 ライカは病室のベッドで上体を起こしてアルセラ嬢と談笑にふけっていた。アルセラ嬢は私に気づくと丁寧に一礼し、ライカに別れを告げて部屋を出ていった。


「それで、今度は何なのです?」


 ベッド脇の椅子に座りながら問う。


 ライカは深々と頭を下げた。


「まずは訓練に付き合ってくださってありがとうございました」


「殊勝なことで。また何か企んでいるのでは?」


「私のことなんだと思ってます?」


「どこまでも剣術が好きなクソガキですかね」


 ライカは目を丸くした。


「セバスさんって実はそこそこ口悪いですよね」


「私は元々スラムの出身ですから」


「え」


 今度は口をポカンと開けた。本当にコロコロと表情の変わる子だ。


「聞きます? つまらない昔話になりますが」


「是非! もしかしたら強くなるヒントがあるかもしれないし」


「では、少々付き合ってもらいましょうか」




 ──私は親の顔も知らない孤児で、物心ついた頃にはゴミ漁りと物乞いで日々の糧を得る生活をしていました。こんなにつらい思いをさせる神などロクなやつではない。いつか自分の力で成り上がってやる、と野心を燃やす少年時代でした。


 しかし、私はパンを盗んで店主に殴り殺されそうになったところを女神教の者に救われました。それからは心を入れ替え、女神を深く信仰するようになりました。


 女神の尖兵となるべく鍛錬を積み、〈槍豪〉のジョブにも就いたこともあり、私は教会の中でも上位の僧兵となりました。自分を救ってくれた女神教への恩義は規律を守ることへの強烈なこだわりになり、ついた渾名が鉄の男。鉄面皮で鉄槍を振るうばかりだったので皆私を恐れてそう呼びました。


 別に誇らしくはなかったです。規律が最優先の私にはそれが敬称だろうと蔑称だろうとどうでもよかったのです。


 鉄の男は隊長を務めるようになりました。規律を守る側から敷く側に立ったことで悪癖はさらに勢いを増しました。女神のしもべたる僧兵も人間です。鉄の男はやがて周囲から疎まれるようになりました。


 それでも女神を信じてさえいれば報われると、私は変わろうとしませんでした。


 その結果、任務を終えて帰路につこうとしたとき、後ろから仲間に貫かれました。


 死に体の私は無惨に打ち捨てられ、何が間違っていたのかもわからずただ困惑しながら急に降ってきた冷たい雨に晒されました。


 信じていたものに裏切られた挙句、死ぬ。


 私は自分の人生は何だったのかと絶望しながら終わりを待つしかありませんでした。


 そんなときです、我が主が現れたのは。


 我が主はマリアンヌ様と魔物退治に出かけた帰りでした。不遇な生い立ちを恨み、そこから掬い上げてくれた女神を盲信し、人よりも規律を優先した結果背中を刺された私はすでに人間不信に陥っていましたが、そんな私を我が主は一切躊躇うことなく拾ってくださいました。


 私は豪放磊落な我が主の人柄に惚れ込み、もう一度だけ希望を抱いてみることにしました。そうしてマリアンヌ様が命懸けでレティシエントお嬢様をお産みになり、喋れるようになったお嬢様に完全に絆され……それまでの経歴と名を捨て、ただの執事(セバス)として生き直すと決めたのです──。




「……セバスさんは尊厳を取り戻したかったんだね」


 私の話がひと段落したところでライカがつぶやいた。なるほど、そういう見方もあるのか。私は自分の正しさを証明することで自分に生きてもいいんだと言い聞かせたかったのかもしれない。それがおそらく彼女の語る尊厳という言葉の意味だ。


 けれど、


「自業自得で苦しんだだけですよ。結局私は自分のことしか考えてないのですから」


 我が主がライカと似ていると言ったのはそういう部分だ。ゆえに私は彼女を同族嫌悪した。彼女の振る舞いがやけに腹立たしかったのはその姿にかつての自分を重ねていたからに他ならない。そして、願わくば私に似たこの子には自分と同じ過ちを犯さないでほしかった。


 何から何まで自分の都合だ。いい大人が子供に八つ当たりして、みっともないったらありはしない。


「ま、その辺の話は人それぞれ捉え方があると思うけどさ」


 しかし、私の苦悩を蹴飛ばすように、ライカは好戦的な笑みを浮かべた。


「セバスさんの技の冴えは本物だよ。紛れもなく積み上げてきた人の強さだ」


「…………。……そうですね」


 私は呆気に取られたあと、うなだれつつ笑った。言われてみて、確かにそれだけは誇っていいはずだと自分でも思ったから。


 本当に恥ずかしい大人だ、私は。


 だが悪い気はしない。


 我が主もお嬢様もライカのこういうところに惹かれたのだろう。


「私の話はもういいでしょう。次は貴女の話を聞かせてください」


「え? いやだなぁ、そんなの決まってるじゃないですか」


 ──いつか私が、真に私を認められる日が来るとしたら。


「今度は槍も使ってください。私、もっともっと強くなりたいんで!」


「……ふ。まったく、貴女という子は……」


 それはきっと、彼女が夢を叶えたときだろう。

以上、セバス視点でした。

大人にだって八つ当たりしたいときがあるのです。

それをあっさり笑い飛ばしてくれることが救いになるときもあるのです。

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