ライカは新たな日常を手に入れた!
お久しぶりです。
一ヶ月ぶりですね。
ポケモンSVやら水星の魔女やらぼざろにハマって執筆を後回しにしてましたが、やっと書けました。
百合はいい。百合はいいぞ。でも露骨なエロは解釈違いです。深読みして底に溜まった尊さを手のひらで掬い上げるような、そんな侘び寂びのある作品を目指していきたい。
「……君の怒りはもっともだ。一度彼らを見殺しにした私が今更何を言っても心に響くことはあるまい」
「…………」
「だからこそ。協力は惜しまないつもりだ。それが私にできる唯一の償いだと考えている。君の目的を果たすため、どうかこの愚か者を利用してほしい」
「…………」
フォーン伯爵は懺悔するかのように言うが、アルセラは膝を抱えてそこに顔をうずめてしまった。返事する気配はまったくない。
「……どうしても私が許せないというなら、腕の一本くらいは差し出しても構わんぞ」
「お父様! それはさすがにやりすぎです!」
叫ぶレティ。私も同意見だ。くたびれたおっさんの片腕なんか斬り落としたところでなんの得にもならない。
「ほ、他に条件があるなら可能な限り呑もう」
娘に怒られ、私から白い目で見られたフォーン伯爵はそれでもと食い下がる。
しかし、やはりアルセラに反応はない。
……なんかおかしい。何かが、ズレている。
直感が囁いていた。これは──そう、本心をひた隠しにしていたレティに対して感じていたものと同じだ。
たぶん、アルセラが引っかかっているのは、計画に協力するとかしないとかではないんだ。
もっと重大で、もっと本質に迫るような、自分では覆しようのない何かに、アルセラは苦しんでいる……と思う。
それがなんなのかはわからない。わかるわけがない。だって他人だもの。
だったら、聞いちまえ。
切り込むのは剣士の本分だ。
「アルセラ、何を怖がっている?」
「……っ」
ほら、釣れた。伊達に他人の顔色うかがってきたわけじゃねえぞ。おかげでくだらない人生送ってくだらない死に方したんだからな。
「怖がるって、さすがに〈フォーン〉が保有する力を結集すれば魔物に遅れは取りませんわよ。そこは自信を以て言えますわ」
「私が言うのもなんだがこの町に住む戦士たちは質がいいからな。皆が一つになれば魔物など恐るるに足らんぞ」
「黙ってろ馬鹿親子。辺境の村からきた私に優勝を掻っ攫われたくせに」
「「んぐっ!?」」
ドヤ顔していた二人が私の指摘にがっくりとうなだれる。リアクションまでそっくりかよ。第一、〈フォーン〉の平均戦力なんて大したことは……。
って、どうでもいいわそんなこと。今はアルセラのほうが大事だ。
「言いたくないなら言わなくてもいい。でも、言っちゃったほうがきっとあなたのためになる。それに、親友として、私はあなたの力になりたい」
包み隠さず本音を言う。親友の話を持ち出したのは場を切り抜けるための打算だったけど、アルセラに対する想い自体は本物だ。アルセラが苦しんでいるなら助けてあげたいし、力が必要ならいくらでも貸すさ。親友ってそういうものなんだろう? よく知らんけど。実践経験を積めるならWin-Winだしね。
「…………」
よし、ほんのりと話を始めそうな雰囲気が出てきた。あとは待つのが正解か。馬鹿親子が余計なことを言わないよう、念のため『神威』で牽制しておく。すると、
「な、なんだかライカが怖いですわ」
「しばらく黙っておこう」
なんてヒソヒソ話をし始める。うむ、おとなしくしとけ。
「アルセラ」
「…………」
「ちゃんと、聞くから」
自分の訴えを聞いてもらえないのはつらいことだ。私はそれを嫌というほど知っている。だから、どんな内容であろうと笑ったりしない。
私の真剣さが伝わったのか、アルセラはわずかに面をあげた。
「……嫌なんです」
「何が嫌なの?」
問い詰めるような言い方はせず、あくまで優しく寄り添うように聞く。
「私だけ……じゃないですか。私だけが、両親から切り離されている。希望すら摘み取られて。今までそのためにがんばってきたのに! そんなの許せない……。私だって──私だってもっと愛されたかったのに!!」
子供なら当然の欲求。それゆえの悲鳴。聞くに耐えないが、一言一句聞き漏らすつもりはない。全部ブチ撒けろ。吐き切れば少なくとも今よりはマシになる。溜まった膿は出さないとダメなんだ。
「なのに、こんなふうに見せつけられて、まともでいられるわけないじゃないですか……!」
「全員斬り殺したら気が済む?」
「はっ、なんですかそれ。気が済むと言ったら手伝ってくれるんですか?」
「いいや。それはできない。だからあなたの怒りが収まるまで私が相手になるよ。何日でもブッ通しでやってやる」
「つまり憂さ晴らしに付き合うのがやっとってことでしょう? 何の解決にもなりませんよ。味方のフリして私を追い詰めて楽しいですか?」
「あなたの言う通り、私にできるのは憂さ晴らしに付き合うことだけだ。だからそれを徹底する。両親に送り出された私が憎たらしいというなら戦って殺せばいい。剣で死ぬなら本望だ。ま、アルセラ相手の持久戦でも勝つけどね」
これが今の彼女にかけるべき言葉でないことは承知している。その上で煽り散らすのが最低の行為であることも理解している。
でもな、私に母性を求めるのなんか、ナマケモノにウサイン・ボルトより速く走れって言ってるようなもんだぜ。性格が終わってるのなんて今更だ。やれることをやるしかねぇんだよ。
アルセラは中途半端に救いの手を差し伸べる私を横目で睨んでいた。私はそんなアルセラに対し、一切視線を逸らさなかった。その怒りと悲しみを受け止めることが私から彼女への最大の誠意。これでダメなら仕方ない。諦める。
──しかし、状況は思ったより悪くなかったらしい。
アルセラは小さく縮こまらせていた身体をほんの少し緩めた。
「……優しさがわかりにくいんですよ、ライカは」
「人情とかようわからんし」
「そうですね。人の気持ちを察して慰めるような感性は持ち合わせていません。これではきっと人間関係のトラブルが絶えないでしょう」
「そんときゃ剣で話をつけるさ」
「そういうところですよ。……はぁ、まったく」
嬉しそうにため息をついて、
「決めました。私、ライカのそばにいることにします。危なっかしくて見てられないのでこれは不可抗力です。いいですね?」
ここにいるための、理由を生み出した。
「頼むよ、親友」
「か、勘違いしないでくださいっ。これは故郷を取り戻す手伝いをしてもらう代わりなんです。決して嫉妬心よりライカへの好意が上回ったとかそーゆーわけでは……」
おーい、語るに落ちてるぞー。まぁ突っ込まないでおいてやるか。
「ライカ……貴女、なんというか……すごいですわね」
「これが若さか……」
たぶん若さは関係ないと思うよ、フォーン伯爵。
「んじゃ、アルセラは私と一緒に伯爵家で暮らすってことでいいよね?」
「わたくしもいますわ!!!!」
「はいはい。できれば学校も一緒に行きたいなー。伯爵様、どうにかならない?」
「王立学院は一般枠での入学も可能だぞ。貴族枠や推薦枠とは違う寮になってしまうが」
「却下。朝から晩まで一緒がいい」
「なっ!? も、もう、ライカったら……」
だってそのほうが一日中修行できるもんね。アルセラも楽しみにしてくれているようだし、これは絶対外せない。
「そうすると推薦枠をもう一つ打診しなくてはならないな。なんらかの実績があれば通ると思うが。貴族院に確認してみるのでしばらく待っていてくれ」
「それくらいなら。あ、そうそう。それともう一つ忘れちゃいけないことがあった」
「なんだ?」
「アルセラに本気で一発殴られてください。レティ、あんたもだ」
「「「うぇえっ!?」」」
アルセラ、レティ、フォーン伯爵が一様に目を白黒させた。
「いやいや、何驚いてるんですか。私たちはこれから一つ屋根の下で生活を共にするんですよ? ケジメはきっちりつけとかないと。いや、この場合はオトシマエかな?」
「ライカ殿!! いい加減に──」
「セバス」
セバスさんが私を諌めようとして、フォーン伯爵に止められた。この人はこの人でブレないな。
「ライカの言う通りだ。ヴァンキッシュ領を見捨てたことと不用意な発言でアルセラを追い詰めたことはまったく別の問題だ。遺恨を無くすための代償は払わねばなるまい」
「でも、真実を明かしてアルセラを傷つけたのはわたくしですわ。鉄拳制裁ならわたくしだけでも……」
「子供が犯した罪を背負うことも親の役目だ。それにライカには私たち親子の仲を取り持ってくれた借りがある。そのあたりもきっちり精算しておくべきだろう」
そこまでは言ってないんだけど、まあいいか。
「というわけでアルセラ。病み上がりでキツいかもだけど、さっさとケリつけちゃってよ」
「な、何から何までムチャクチャですね、あなたは……」
とか言いつつベッドから降りるアルセラ。やる気満々じゃん。
アルセラはまず、レティのほうへと行った。
「レティシエント様。すみません」
「お、お手柔らかに……いえ、こうなったら思いっきりやっちゃってくださいまし!」
潔く目を瞑って頬を差し出すレティ。うーん、傍目に見てても気が引けるな。一方、セバスさんからの視線が痛い。殺意マシマシレーザービームである。私がこうなるように仕向けたから当然っちゃ当然なんだけど。
「いきます」
「はいっ!」
アルセラは平手で腕を振りかぶった。グーパンじゃないだけマシか。気配を察したレティが身をこわばらせる。
そして、肌が肌を打つ張り裂けるような音が──。
ぺちっ。
「……?」
──鳴らなかった。
アルセラはレティの頬に手を添えたところで停止した。
「さ、さすがに女の子の顔は打てません」
「アルセラ……」
「それに、お医者様から聞きましたが、レティシエント様だっておつらい時間を過ごされてきたそうじゃないですか。だから今のでいいのです。これ以上すべきことはありません」
そう言ってレティに背を向けた。納得しきっていないことは肩の震えが証明している。けれど、アルセラは許すことを選んだらしい。
やはり心の強い子だ。普通の子供なら癇癪を起こしていてもおかしくないっていうのに。
「次は伯爵様ですね」
「うむ」
フォーン伯爵はアルセラが殴りやすいようにその場にしゃがんで頭の位置を下げ、娘と同様に目を瞑った。魔力による身体強化はしていない。完全な受け入れ態勢である。
そこへ──。
「せぃやぁぁぁあっ!!」
「ガハッ!?」
魔力による身体強化までバッチリの、容赦ないグーパンが入った。
「そっちは全力でいきますの!?」
レティが叫んだ。そりゃそうだろ。あんたは事実を告げただけだが、この人は支援要請に応じないという形で明確にアルセラの両親と故郷を見殺しにしたんだから。
「い、いいパンチだ。久々にこういう目に遭った」
「旦那様! ご無事ですか!」
口の端から垂れた血を手の甲で拭うフォーン伯爵。どこか清々しいのは、罰を受けることができたからだろうか。
「これで後腐れナシだ。いいね?」
「はい。機会をくれてありがとうございます」
私が確かめると、心なしかアルセラもスッキリした顔をしていた。
かくして、数日後。
私は晴れて王立学院への推薦状を手に入れ、入学までの一年間をフォーン伯爵家の従者という立場で過ごすことになった。
今後は剣の修行に加え、テーブルマナーなど貴族なら当たり前に身につけている常識を学ばなければいけない。これは前世でも未経験なので苦労しそうだ。
レティはしばらくのあいだ父親にべったりで見ていて鬱陶しいくらいだった。でも、それに気を良くしたフォーン伯爵に私がへし折った大剣の代わりを買い与えられていた。言うまでもなく高級品で特注品だ。くそっ、羨ましい!
ちなみに魔剣は探してみたけど手に入らなかったらしい。ほんとに品薄なんだな、魔剣だけ。
アルセラは私とは別の部屋を与えられ、最初こそお客様として扱われていたが、一ヶ月もしないうちに自ら志願してメイドとして働くようになった。曰く、居心地が悪かったらしい。
彼女のメイド服姿はとても似合っていた。ただただひたすらに可愛い。それを口にしたらアルセラは顔を真っ赤にしていたが、その反応すらも……ね。剣以外では唯一の日々の癒しだ。特に勉強中の!
なんやかんやあったけど、私たち三人はフォーン伯爵家で仲良く暮らし始めたのでした。
朝、私は支給された制服に袖を通しつつ、やがてくる未来に想いを馳せる。
この町ではアルセラとレティ、二人の天才剣士と出会うことができた。それ以外にも、有用な戦闘経験を積むことができた。
王立学院にはいったいどんな出会いが待っているのだろう。もっと多くの剣士と手合わせしてみたい。もっと多くの名剣に手にしたい。
そして、いつか《剣王》すらをも超えた《剣神》になる。
強くなって、強くなって、剣の道を極めるんだ!
「クロウ、変じゃない?」
『ちゃんと着こなせていると思うぞ。セバスに怒られまくった甲斐があるな』
「あの人、私には当たりが強いからなぁ」
闘技大会でレティを痛めつけたせいだろうね。だけど、いいんだ。そんなのが気にならないくらい、私は楽しんでいるしワクワクしている。勉強と仕事が終われば待望の修行タイム。アルセラとレティも私を待っている。
この状況がゲームなら、メッセージウィンドウにはこう表示されるんだろう。
──ライカは新たな日常を手に入れた! ってね。
これにて第二章完結です。
今後は〈フォーン〉での生活を数話書いたあとに王立学院編に入ろうと思います。




