ライカはアルセラと親友になった!
刹那の内に事は終わった。
その間に行われた一つ一つを列挙することはできない。
限界を超えた身体強化から繰り出す『無空』に自我が追いつかなかったからだ。
それでも技は完遂できた。
意識がなくとも、修行漬けにしてきたこの身体は、次にどうすればいいかを勝手に判断して動いた。
これこそ私の集大成。
一朝一夕では影を踏むことすら許さぬ、修練の賜物。
私とレティシエントの決定的な差だ。
ただ、途方もない疲労感、全身が張り裂けそうな痛みは互いが感じていることだろう。
「私……ってことでいいよね」
すれ違い、私たちの立ち位置は入れ替わった。
確かな手応えを以て振り返る。
すると、レティシエントは。
「ええ。貴女の勝ちですわ」
中ほどから真っ二つに折れた大剣を、からんと落として、そう言った。
私の勝ちだ。
私の全力全開が、レティシエントの全身全霊を打ち破った。
私の勝ちだ……。
私の、勝ちだ!
「っし……!!」
思わず拳を握り締める。背筋をなぞる快感に打ち震え、腹の底から叫びたくなる。
真剣勝負で初めて勝った。四年間積み上げてきたモノで相手を完全に上回った。成長の実感と勝利の余韻でどうにかなってしまいそうだ。
けれど、気を抜いてはいけない。レティシエントが最初から《覇王剣技》を使っていたなら、結果は逆転だっただろう。
私が勝てた要因は大きく分けて三つ。
事前に体力・気力を大きく削っていたこと。
レティシエントが《覇王剣技》に慣れてなかったこと。
大剣の耐久性が低かったこと。
付け加えるなら『無空』や身体強化の練度の低さもある。
反省点は挙げればキリがない。
まともに戦っていたら勝てない相手だった。
それが私の出した最終結論。
「まだまだだな……」
もっともっと強くならなきゃ。剣の道を極めるために。
「レティ!」
私がひとりぼっちの反省会をしている一方で、力尽きて倒れ伏したレティシエントのもとにフォーン伯爵が走っていた。セバスさんがそのあとに続き、騎士団長さんは一斉に動き出そうとする部下を抑えていたがやはり駆け寄りたがっているように見えた。
「無事か!? 痛いところは!? 具合は悪くないか!?」
「お嬢様! しっかりしてくだされ! お嬢様ぁあっ!」
「うるさいですわ。耳元で叫ばないで」
「す、すまん」
「し、失礼しました」
気怠そうに怒られて凹む中年たち。
「それで、お身体のほうは大丈夫なのですか?」
「大丈夫なものですか。もう指一本動かせませんし、話してないと気絶しますわ。それよりライカを呼んでくださる? 伝えたいことがありますの」
「は、はぁ。──ライカ殿、お嬢様がお呼びです。来ていただけませんか」
「はいはい、なんで」
クロウを鞘に納め、レティシエントのほうへと歩く。
「しょ……ぉ──?」
うわ、死ぬほど身体が重い。この感じは……貧血か? それも結構ひどいや。そういや限界を超えた身体強化でかなりの血を出したもんな。なるほど、さっきの状態にはこういうデメリットがあったのか。現時点では自滅覚悟の切り札として使うしかないか……。
私はそんなことを考えながら彼女の傍らまで移動した。
「あら、お顔が真っ青でしてよ」
「お互い様だろ。さっさと用件を言え」
何を言うつもりか知らないけど早く終わらせてくれ。こっちもぶっ倒れそうなんだから。
「……ねぇ、ライカ」
「なに」
「剣を思いっきり振るのってこんなに気持ちよかったのね」
「────!」
「わたくし初めて知りましたわ。ありがとう。だから、これ、か、らも……」
「…………」
ちょっと予想外だったけど、今の言葉は聞けてよかった。こうして踏ん張っている甲斐があった。
ああ、まったく。その望みは私からしても願ったり叶ったりだよ。
「おやすみ、レティシエント」
そうして少女は眠りについた。父親の腕に抱かれて、満足そうに、安らかに。
あどけない寝顔が、彼女が11歳の子供であることを思い出させる。終わってみると案外センチメンタルになるもので、そうするだけの理由があったとはいえ、こんなに小さな子供をこの手で痛めつけたのかといたたまれない気持ちになった。
「ライカ。私からも礼を言わせてくれ」
私が感慨に耽っていると、それを掻き消すようにフォーン伯爵が言った。レティシエントの髪を愛おしげに撫でながら。
「君がいなければレティは私がかけた呪縛に囚われたままだった。試合も間違いなく君の勝ちだ。王立学院への推薦状も書くし、ヴァンキッシュ領の件についてもアルセラ嬢に謝ろう。はは、こうして並べてみると君の完勝だな。恐れ入るよ」
「……親子揃って相当無理していたんですね」
レティシエントもそうだが、毒気が抜けてからのギャップがひどい。はっきり言って気持ち悪い。あの尊大で傲慢なガルバディア・フォーンはどこに行ったんだ。
「それだけ悲しかったのだよ、マリアンヌの死が。だがこのままではレティさえも失いかねないことに気づいた。君のおかげだ。本当にありがとう」
「ドウイタシマシテ」
すごくいい笑顔でございますネ。
「セバス、おまえには苦労をかけたな。私に代わってレティを見ていてくれたこと、一人の親として感謝する」
「もったいないお言葉です、旦那様」
セバスさんは震え声で応えた。
「騎士団長もよくレティの修行相手を務めてくれた。私だけではもっと悲惨なことになっていたかもしれん。他の騎士たちも大儀であった。昔からレティが落ち込んだときは根気強く励ましてくれたな。そなたたちの働きは全て把握しているぞ」
「……恐悦至極」
騎士団長さんが代表して頭を下げる。というかさらっとスゴいこと言ったなフォーン伯爵。
「さぁ、紆余曲折あったがこれで全試合が終了した。次は表彰式だ。皆で優勝者を讃えようではないか」
フォーン伯爵が放送席に向かって手を振ると、それを合図にキィンとハウリングのような音が響いた。同時に、私の耳には観客のざわつきが届く。集中力が切れた瞬間だった。
そういえばこの試合は衆人環視の前で行われていたんだな。すっかり忘れていたよ。
「セバス、レティを頼むぞ。ライカ、私と共に中央へ」
フォーン伯爵が手招きしてくる。だが、私の身体は動かない。
「ライカ?」
そろそろ限界だ。
暗転、浮遊感、そして意識は途切れ。
その間際に、やっぱりまだまだだな、と私は心の中で独白するのだった。
おやすみ。起きたらまた剣を振ろう。
おはよう。起きたので剣を振ろう。
覚醒直後、いつもの場所へと手を伸ばす。しかし、そこには在るはずのモノがなく、布の柔らかさとベッドの縁の硬さが返ってきた。私は不安に駆られて飛び起きようとする。
──しかし、
「う゛っ」
急激なめまいと全身の痛みに阻止され、起こしかけた上体はあえなく撃沈。ベッドに逆戻りした。
「づぁああぁ……」
そして、湯船に浸かったオッサンみたいに呻く。身体中がバキバキだった。横になるだけですごく気分が楽になる。
「……起きてすぐ剣を求めるとはさすがですな」
お、このくぐもった声は。
「騎士団長さん?」
「……剣ならばこちらに」
甲冑姿がその場で屈み、ベッドの下からクロウを取り出した。なるほど、置くスペースがないから立てかけていたのか。納得しつつ、私はそれを素早く受け取る。
「ありがとう!」
おかえりマイソード! ほんとは素振りでもしたいところだけど動けないから今だけ抱き枕ね!
いやー、安心するなぁ。もう身体の一部みたいなものだから常に携帯してないと落ち着かないよ。スマホ中毒ならぬソード中毒だね、完全に。
「……領主様の命によりお嬢様共々運ばせていただきましたが、医者が言うには貧血だそうです。少なくとも今日一日は安静にしているように、と」
やっぱりそうか。生理のときみたいな感じだったもんな。
「はーい。おとなしくしてまーす」
「……とてもお嬢様を倒した方とは思えませんな」
「試合は終わったし、もう気を張る必要もありませんから」
結果的には万々歳。気分もスッキリ爽快だ。
「で、あれからどうなったんです?」
気絶するまでの経緯ははっきりと覚えている。ここが治療室であることも、左のベッドにレティシエントが寝ていることも、右のベッドにいるアルセラがチラチラこちらを見ていることも把握している。わからないのは表彰式のことだけだ。
「……表彰式は3位決定戦を不戦勝で勝ち上がったミルフィーユ殿のみで行われました。今は領主様が此度のトラブルについて説明している頃と思われます」
あちゃあ、晒し上げみたいになってんな、ミルフィーユちゃん。不憫なヤツめ。
「なんか色々とご迷惑をおかけしました」
「……仕事ですから」
そっけない返事だ。良くも悪くも気にしてないってことかね。大事なお嬢様をあれだけ痛めつけたんだから二、三発殴られる覚悟はしてたんだけど。
「……では、私はこれで」
「あー、はい、お疲れ様です」
騎士団長さんはぺこりと頭を下げたのち、甲冑をがしゃがしゃ言わせながら治療室を出て行った。
「さて」
まだ眩暈はおさまらないがだいぶ頭が冴えてきた。
アルセラの様子を確かめよう。
「起きてるんでしょ? こっち向きなよ」
「…………」
アルセラは私のほうを向き、シーツから顔の上半分だけを出した。小動物チックで可愛いな?
「……ありがとうございます、ライカ」
うへぇ、またお礼言われるのかぁ。
嫌ではない。嫌ではないけど、全部自分のためにやったことだからむず痒い。ヒーローや正義の味方になったつもりはないんだ。下心に純粋な感謝をあてがわないでくれたまえ。
「ライカが勝ったと聞いて胸がスッとしました。正直、フォーン伯爵がヴァンキッシュ領を見捨てていたことにはすごく腹が立ってましたから。それをわざわざあのタイミングで言いにきたレティシエント様に対しても……」
「うん、あれはあの親子が悪いよ。ブチギレて当然さ」
「ライカには別の思惑があったとしても、私の代わりに怒ってくれてことがすごく嬉しかった。だから、ありがとう、です。ライカってかっこいいですね。なんかヘンな気持ちになります」
「んぉ? それってどういう……」
「わかりません。対人関係については疎いので。でも、嫌な感じではないです」
そう言うとアルセラはシーツの下に潜り、白い布の山と化した。
……え、マジ? ルート入った? いやいや待て待て、そもそも女同士だぞ? そんなに私への好感度って高かったの? いったいどうすればいいんだ……。助けて女神様!
「…………」
「…………」
祈りも虚しく気まずい沈黙が流れる。
な、なんかしゃべったほうがいいよね? アルセラが傷つくのだけは避けたいな。どうしたものか。うーん……。
「ご、ごめんなさい。急にこんなこと言われても困りますよね。忘れてください」
「あ、いや」
しまった、時間をかけすぎた。白い布の山は恥じ入るように縮こまった。くそぅ、なんで現実にはスタートボタンがないんだ! ケチらないで一時停止くらいさせろよな!
ってか、もう、ええい、ばかばかしい! 大体こんなことになるなんて思ってなかったし、ただでさえ剣のことしか頭にない恋愛経験皆無の喪女なんだから気の利いたコメントなんてできるわけないだろ! こうなったらとにかく素直になるっきゃない!
「私は、アルセラと離れたくないよ?」
白い布の山がびくりと跳ねた。
「そ、それってどういう……」
さっきの私みたいに聞いてくる。誤解を恐れずこのまま包み隠さず伝えるぜ!
「だってまだアルセラとヤってないもん」
無論、戦闘的な意味でね! 剣気を浴びせりゃ理解してくれるだろ、たぶん!
「なんだったらずっと一緒にいたいと思ってる。私とアルセラとレティシエントの三人でさ、年がら年中修行しまくりたい」
「レティシエント様もですか……」
シーツの上からでもわかるくらい露骨に落ち込むアルセラ。
「拗ねるなよ。あの子も私たちと同じくらい強いんだから」
「それは……認めますけど……」
ふむ、これだけじゃ腑に落ちないか。
んじゃ、
「でも顔はアルセラのほうが可愛くて好きだよ」
「!!?!?!?」
すげぇ動き。動揺しすぎて作画崩壊って感じだった。
この手応え、あと一手で詰みにできるか?
「だからさ、私たち、親友ってことでどう? 私としてはこの言い方がしっくりくるんだけど」
「し、親友……! 最も親しい友という意味の、あの親友ですか!?」
「そうそう、それそれ」
「夢みたいです! 友達が一人もできたことのない私にいきなり親友ができるなんて……!」
「私も自分から誰かを親友と呼んだのは初めてだよ」
前世でも友達0人だったし。
アルセラがシーツから顔を出した。頭だけ赤とピンクで塗ったてるてる坊主みたいだ。効果がありすぎて砂漠が水没しそうだな?
「ライカは私を喜ばせるのが上手です。さすが私の……親友ですっ」
「おうとも。親友だからね!」
よし、パーフェクトコミュニケーション! アルセラを傷つけずに済んだ!
一時はどうなることかとヒヤヒヤしたけど、かくして私は親友(?)をゲット! これにて一件落着! べべん!
「ちょっと! 勝手に決めちゃうなんてずるいですわ! ライカの親友ならわたくしのほうがふさわしくってよ!」
と思ったらルートがもう一本生えてきた。
起きるのが早いよ。こっちも疲れてるんだから休ませてよ。ねぇ、レティシエント?
 




